もぐら新章 波濤第一八回

第2章(続き)


12

 仲屋はバットを持ったまま、目出し帽を脱ぐのも忘れ、真っ暗な畑の中を走っていた。
 夜の畑は怖い。どこにハブがいるかもしれない。しかし、今、仲屋が恐れているのは、浦崎だった。
 捕まれば、確実に殺される。
 南部の人間が怖いことは知っていた。が、ヤクザ時代も実際に対峙したことはない。
 まさか、これほどまでに恐ろしいとは想像もしていなかった。
 畑を抜け、道路に出る。暗い道路を、周りを警戒しつつ、糸満市内へ向け歩く。
 と、車が近づいてきた。
 仲屋は脇の茂みに飛び込んだ。
 車が停まり、男が降りてくる。
「社長」
 声が聞こえた。
 桑原の声だ。
 仲屋は茂みから出た。
「よかった」
 桑原が笑みを覗かせた。
「何やってんだ、こんなところで」
 仲屋は桑原に近づいた。
「社長の身に何かあっちゃいけないと思って、内緒で部下に様子を見させていたんです。そうしたら、浦崎が暴れているという一報が入って、急いで来ました」
 桑原が言う。
 だが、仲屋は訝っていた。
 いくら、部下に見張らせていたとはいえ、一報を受けて前島から飛んできたにしては早すぎる。
「熱田と豊崎は?」
「ご心配なく。収容して、病院へ連れて行っています。壊された車も処分しています。社長も早く、ここから離れましょう」
 桑原は、仲屋が手にしていたバットのグリップを握った。
 仲屋は流れの中で自然にバットを手渡した。
 運転席にいた部下が降りてきて、後部ドアを開ける。仲屋は乗り込もうと近づいた。
 と、いきなり、頭部に衝撃を感じた。たまらず、片膝を落とす。
「何......」
 顔を上げ、振り向く。
 その顔面にバットがめり込んだ。鼻頭がひしゃげ、前歯が砕け、口と鼻から血が噴き出す。
 仲屋はたまらず、車のボディーを背に座り込んだ。
「何するんだ!」
 目出し帽の中に、口に溜まった血をまき散らし、怒鳴る。
「何じゃねえよ」
 桑原は仲屋の腹部に爪先を蹴り入れた。
 仲屋は呻き、腹を押さえて前屈みになる。吐き出した胃液が目出し帽を濡らした。
 車が動いた。少し離れたところで停まる。
「脅す相手にやられてちゃ、意味がねえ。やっぱ、使えねえな。盃をもらえねえヤツは」
「なんだと......」
 仲屋は震えながら顔を上げ、睨んだ。
「まあ、チンピラにはチンピラの使い道はある」
 桑原は肩を蹴飛ばした。仲屋が仰向けに転がる。
「てめえも......チンピラだろうが」
「悪いな。俺は波島の親父から盃をもらってる。本物だ」
 にやりとする。
 仲屋の目が引きつった。
「だから、こんなこともできる」
 桑原はバットを振り上げた。
「じゃあな、社長」
「ま......待て......」
 仲屋は逃げようとしたが、恐怖と後頭部を殴られたことによる痺れで体の自由が利かない。
 バットが闇を切って降りてくる。
「待って......ま......!」
 バットは仲屋の顔面にめり込んだ。目出し帽から血がしぶいた。
 桑原は涼しい顔で、二度、三度とバットを振り下ろした。
 呻きを漏らし、痙攣していた仲屋は、やがて声を出さなくなり、動かなくなった。
 目出し帽の下にあるはずの顔の形が奇妙に歪んでいた。
 桑原が乗ってきた車とは別に、もう一台の車がヘッドライトを落とし、近づいてきた。
 桑原たちの車の前で停まり、男が降りてくる。手袋をした手には曲がったバットが握られていた。
 桑原に駆け寄る。
「浦崎が車を破壊したバットがこれです」
「そいつで殴れ」
 仲屋を見やる。
 男は曲がったバットで息絶えた仲屋の顔を殴り始めた。打たれるたびに、仲屋の体が弾む。
 もう一人の男が桑原に歩み寄った。
「熱田は殺しました。ですが、豊崎の姿がありません」
「何やってんだ。しっかり見張ってろと言っただろうが!」
 桑原は平手打ちを食らわせた。
「すみません」
 男が頭を下げる。
「捜して殺せ。サツに駆けこまれたら面倒だ」
「わかりました」
 男が車に戻る。
「おい、もういいぞ」
 桑原は仲屋を殴打している男に声をかけた。
 男は血の付いたバットを茂みに放った。自分が乗ってきた車に走る。
 桑原は仲屋を冷ややかな目で一瞥し、自分が振るったバットを持ったまま、後部座席に乗り込んでドアを閉めた。
 二台の車がゆっくりと現場を離れていく。
 雲間から覗く月明かりが、屍(しかばね)と化した仲屋を照らした。

もぐら新章 波濤

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。ひょんなことから、暴力団組織・座間味組が手がける犯罪に巻き込まれ、かつて父・竜司とともに数々の難事件にあたってきた仲間たちとともに事件解決に乗り出した竜星は、度重なる危機の中で亡き父から受け継いだ「最強の血」を覚醒させる。(『もぐら新章 血脈』2018年3月刊)

座間味組を解散に追い込んで一年余、高校三年生の竜星は平穏な日々を送っていた。ところがそこに、かつて座間味組の武闘派グループを率いていた最凶の男・綱村啓道が刑務所から出所しようとしていた……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が100万部を突破しブレイクした。他の著書に、「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「カミカゼ 警視庁公安0課」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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