もぐら新章 波濤第八回

第2章(続き)


 小波蔵公民館には、真昌の父、安里真栄(しんえい)を始め、南部地域で農業を営む者が三十名ほど集まっていた。並べられたパイプ椅子に座れない者は、後ろに立ち、誰もが腕組みをしている。
 対面には長テーブルが置かれている。そこには、地元選出の県議会議員、古城由之(こじょうよしゆき)と秘書の新里英美理(にいさとえみり)が座っていた。
「おい、由之! エージナ島を開発するって話はどうなってんだ!」
 安里の隣にいるヒゲもじゃの男が、下の名を呼び捨てにして古城を睨んだ。
 彼は、浦崎栄信(うらさきえいしん)という男で、今回の抗議運動の中心人物だ。歳は五十歳、開発が噂されている真栄里に先祖代々の畑を持っていて、エージナ島の御嶽とも馴染みが深い。
 肌は黒く灼け、背は高くないものの、腕は腿のように太い。濃い眉毛の下にある大きな目は、怒気をまとうと見る者を震えさせるほど鋭い。自然と共に生きてきた強さが、全身に滲んでいる。
「決定事項ではないようです」
 古城が答える。
「ようですとはなんだ、ようですとは!」
 後ろの方からも怒声が飛ぶ。
 古城由之は、幼少の頃、東京から糸満市に引っ越してきた。集まっている農家の中には、古城を子供の頃から知る者も多い。
 いわば、身内のようなもの。それだけに、古城に浴びせられる語勢も激しくなる。
「みなさん、落ち着いて下さい。現況をお話ししますので」
 古城は言い、英美理を見やった。
 英美理は頷き、テーブルに置いたマイクを取って、口元に近づけた。左手に資料を持ち、目を落とす。
「事務所で調べましたところ、エージナ島周辺の開発を促進したいという意見は、県議会の観光推進協議会の小会合で、県議の一部から出ただけのようです。議事録を確認しますと、中部や北部の開発が進む中、南部もこのままでいいのかという話だったようですが、その後、目立った進展はありません」
「おいおい、おかしいじゃねえか。内地から来た業者が買収を持ちかけたり、こっそり測量やってんのは知ってんだぞ。どういうことだ? ちゃんと答えろ、由之!」
 怒鳴り声が響く。
 しかし、古城も秘書の英美理も、顔色一つ変えない。
「にーにー、カンベンしてくれよ」
 古城は浦崎を見て、親しげに言った。
「僕も調べてるし、もし事態が動いてるなら止めなきゃと思ってる」
「じゃあ、さっさと怪しい連中を調べろ!」
「ちょっと待って。内地の業者さんが、南部開発を目的に来ている人とは限らないんだよ。物件は民泊(みんぱく)として利用しようとしている人もいるし、測量は民泊業者に限らず、内地の観光業者がバスで乗り付けた時の動線を確かめていることもある。それは、開発ではなく、観光事業の一環で、拒否するものじゃない」
「そういう名目で調べてんだろ。こっちは騙されねえぞ!」
 浦崎が声を張る。周りは「そうだ、そうだ」と浦崎の言葉を押した。
 と、古城が背筋を伸ばし、浦崎を睨み返した。
「僕も喜屋武の人間です! ここからみなさんに送り出してもらった人間です! そんな僕を信じられないと言うんですか!」
 古城は浦崎を見据えたまま、目を逸らさない。
 会場がシンとなった。古城と浦崎は互いに睨み合ったままだ。が、先に浦崎の視線が揺れた。
 安里はじっと古城と浦崎の様子を見ていた。
 そして、頭の片隅で、竜司を思い出していた。
 竜司は、普段は優しい目をしていながら、違和感を覚えると、目の前の人物や周囲の様子をじっと見つめる癖があった。
 もうずいぶんと昔のことになるが、安里の畑のサトウキビをすべて買いたいという内地の業者が現われた時、竜司に同席してもらったことがある。
 本土の業者だが、サトウキビの加工品を特産にして売り出したいとの話で、安里が聞く限り、悪い話でもなかった。
 が、交渉が大詰めを迎えた時、竜司は安里に断われと言った。
 安里は驚いた。
 その業者は、事業展開や利益だけでなく、それに伴うリスクもきちんと説明する誠実な者だった。
 しかし、竜司は頑として断われと言い続ける。
 安里は竜司に従い、その話は断わった。
 半年後、その業者と専属契約をした仲間の農家が、代金を踏み倒されたという報せが舞い込んだ。
 竜司が県警の知人を通じてその業者をひそかに調べさせていたこともあって、被害は最小限に留まり、仲間の農家も廃業せずに済んだが、安里にはわからないことがあった。
 なぜ、竜司が相手の素性を見抜いたかということだ。
 安里は訊いてみた。
 すると、竜司は言った。
『嘘をつく者は、相手から視線を逸らさない』
 さらに、こうも言った。
『嘘をつく者は、一つの表情を作ろうとする』
 その業者は、安里をまっすぐ見つめ、熱心に自分たちの事業計画を説明していた。終始、笑顔でもあった。
 しかし、竜司に言われてみると、確かに不自然ではあった。
 交渉事を進める際、相手の出方によっては不快になったり、悩んだりする。そうした時に顔には感情が出てしまうものだ。
 が、業者は時折真顔にはなるものの、安里を不快にさせる表情は決して見せなかった。むしろ、安里が否定的な言葉を漏らした時は満面の笑みを浮かべ、まっすぐ安里を見つめて視線を逸らさず熱心に話した。
 竜司に言わせると、それこそが、相手が何かを隠している証拠だという。
 人が直視に耐えられるのは五秒程度だという。それ以上見つめられると、その視線に圧迫感を覚え、目を逸らすのが普通だそうだ。
 争っている時に目を逸らさず睨みつけるのは、相手を威嚇するため。威嚇が目的でなく直視を続けるのは、相手に無意識の圧をかけるためだという。
 そして、詐欺師はよくそうした手口を使うとも付け加えた。
 他にもいろいろと教えてもらったが、詳しくは覚えていない。ただ、目に関する話だけはよく覚えていた。
「古城君」
 安里が口を開いた。
 古城と浦崎の間に漂っていた張り詰めた空気が弛む。浦崎はホッとした様子で視線を落とした。
 古城は浦崎に向けていた目線は下げず、そのまま安里に向けてきた。
 安里をまっすぐ見つめてくる。安里は見返した。
 先ほどまで挑むように浦崎を睨んでいた古城の目は穏やかだった。口角も少し上がっている。
 安里は小さく頷いた。
「古城君、すまんがもう一度、小波蔵近辺をうろちょろしている業者を調べてくれんか。君の言うとおり、観光業者なら問題はないが、万が一、南部開発を見込んでの先行調査に来ている者たちなら、君が知らないところで話が動いている証拠でもある。それは見過ごせないからね」
「わかりました」
 古城は笑みを見せた。
 安里は目の端に英美理の顔も捉えていた。彼女もやや微笑んでいるような真顔で、安里をじっと見つめている。
「よろしく頼む。栄信さん、それでいいですね?」
「まあ、真栄が言うなら......」
 古城は渋々承知した。
「古城君、二週間で調べは付くね?」
 安里が訊く。
「はい、早急に」
「では、二週間後、また集まることにしよう」
「わかりました。その予定でスケジュールを調整します。新里君」
 古城が英美理に目を向けた。
「承知しました」
 英美理は安里を見て、微笑んだ。
 安里は頷きつつ、思っていた。
 こいつら、嘘をついている──。

もぐら新章 波濤

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。ひょんなことから、暴力団組織・座間味組が手がける犯罪に巻き込まれ、かつて父・竜司とともに数々の難事件にあたってきた仲間たちとともに事件解決に乗り出した竜星は、度重なる危機の中で亡き父から受け継いだ「最強の血」を覚醒させる。(『もぐら新章 血脈』2018年3月刊)

座間味組を解散に追い込んで一年余、高校三年生の竜星は平穏な日々を送っていた。ところがそこに、かつて座間味組の武闘派グループを率いていた最凶の男・綱村啓道が刑務所から出所しようとしていた……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が100万部を突破しブレイクした。他の著書に、「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「カミカゼ 警視庁公安0課」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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