男じゃない 女じゃない 仏じゃない第8回

「呪いではありません。病気です」
 派手なアロハシャツを身にまとった小太りの男が私にそう告げた。
「木の精霊の呪い......」と言いかけたこちらの言葉を遮り、子供を叱る親のような口調で私に話しかける男。
「呪いなど存在しません。現実から目をそらさないで! これはれっきとした病気なんです。ちゃんと治さないと!」
「......」
 この世に産声をあげて三十幾年。借金を抱えた家に生まれ落ち、幼少期に母親に捨てられ、学校で一番の美女に「君って顔ダニが多そうな顔してるね」と言われ、六年間同棲した彼女をDJに寝取られても、人の道に外れることなくまっとうに生きてきた私は今、アロハシャツを着た男に説教されている。
「おそらく脂漏性湿疹の一種かと思われます。脂っこい食事はできるだけ控えてください。あとビタミン剤と塗り薬出しておきますね」と言って、アロハシャツの男はカルテにペンを走らせる。そう、おおよそ信じられないが、このアロハはれっきとした医者であり、凄腕の皮膚科としてその名を轟かす名医なのだ。
「患者の皆さんに楽しい空間を提供したい」という理念のもと、病院内はハワイを意識した雰囲気で統一されている。BGMは小気味の良いハワイアンミュージック、スタッフ全員がアロハシャツを着用、院内のインテリアは南国風で揃えるといったこだわり具合だ。その完成度の高さは、私が足繁く通っているイメクラ風俗店の痴漢電車プレイと同じレベルと言っても過言ではない。この病院が大繁盛しているのも納得である。しかし、暇つぶしに足を運んでみた皮膚科がアロハの先生とは、いつもながら変な引きがある。

 二十五歳の頃から、耳の中に白い皮のような謎の物質がたくさん溜まるようになった。耳糞とはまったく違うもので、指で軽く触っただけでポロポロと簡単に剥がれ落ちる。しっかりと掃除をすれば綺麗にはなるが、ものの半日でまた元通りになってしまう。特にかゆみなどはないが、一日に何回も耳掃除をしないといけないのが面倒だった。いちいち説明をするのも億劫だったし、この病気を気持ち悪がられないかという不安で、彼女にも友達にも話したことはなかった。
 医者は、日頃の不摂生が病気の原因だと言ったが、私には一つだけ心当たりがあった。それが子どもの時に受けた木の精霊の呪いだ。
 小学生の時、家の裏庭で遊んでいた私は、昼間なのに蛍のように光る不思議な虫を見つけた。てんとう虫のような形をしたその虫は、空を飛んでいるというよりも、地面すれすれの高さをUFOのようにふわふわと宙に浮かんでいた。発せられる光は徐々に輝きを増し、やがて目がくらむほどの眩しさになった。
 幼少期から、厳格な父親に口酸っぱく言われていたことがある。
「男なら戦え。幽霊だろうか宇宙人だろうが逃げるな」
 今がその時だ。私は光る虫と戦う覚悟を決めた。
 小石を投げつけて攻撃するも、不思議な光に跳ね返されて効き目がない。ならばと、木の棒で突いてみたが、まったく手応えを感じない。こうなったら最終手段だ。非常識には非常識をぶつけるのみ。私はズボンを下ろし、自分の小便をお見舞いすることにした。美しいアーチを描き、光る虫を直撃する小便光線。虫の発する光がやや弱まった気がした瞬間、「ドカンッ!」という爆発音とともに、私の体に電撃が走った。薄れゆく意識の中で見たものは、自分の体がつま先から徐々に枯れ木になっていく恐ろしい光景だった。「パリッ! パリッ!」と嫌な音を立てながら生気を失っていく自分の体。喉元の辺りまで枯れ木になったところで、目の前が真っ暗になった。
 次に意識が戻った時、私は台所で晩御飯を食べていた。家族が言うには、私はちゃんと自分の足で帰宅し、いつものようにTVを観て笑っていたそうだが、そんな記憶はいっさいなかった。もしかしたら、あの虫は木の精霊だったんじゃないか。小便をかけてしまった私は、精霊の逆鱗に触れて体を枯れ木に変えられた。あの時に何かしらの呪いも受けたかもしれない。そう思った途端、背筋がゾゾゾと寒くなったのを今でもはっきりと思い出す。
 幼き日の過ちが原因で、大病を患ったり、交通事故のような災難に巻き込まれるかもしれない。そんな得も言われぬ不安を抱えて生きてきた。そんな私の耳に謎の皮が溜まり始めたのは二十歳の頃だった。まさか、精霊の呪いとは、私が成人した時に発症するものだったのか。ほかにも身に覚えがある。二十歳の夜、私は草むらで立ちションをした。よもや、あの草むらの中に光る虫がいたんじゃないか。ふたたび精霊に小便をひっかけて、呪いが最新版にアップデートされたんじゃないか。このまま耳から枯れて死んでいく運命なのか。不安に思った私は、木の精霊について正直に告白したのだが、アロハシャツを着た皮膚科に見事に一蹴されてしまった。

 ペンを止めたアロハ先生が思い出したように言う。
「あと、左耳の耳たぶにあるピアスの穴。もう完全に閉じちゃってるみたいですけど、たまに痛くなったりしませんか?」
「ああ、そういえば空いてましたね。大丈夫です」
「それならよかった。あなた、昔はピアスをしてたんですね」
「大学生の時ですね。若気の至りです。でも、これは自分で空けた穴じゃないんですよ」
「そうなんですか?」
「僕が寝ている間に、イタズラ好きの友達が勝手に空けちゃったんですよね。朝起きたら耳から血が出てるし、ピアスは付いてるしで大笑いしました」
「......」
「あと、穴にばい菌が入ってピンポン玉ぐらいの大きさに腫れあがったんですよ。すごい痛かったんですけど、もっと大きくなったら人面瘡(じんめんそう)にならないかなって思って、何ヵ月か育ててみたんです」
「......」
「真理子って名前付けて、マジックで顔を描いて、毎日話しかけてかわいがったんですけどねぇ。無理でした」
「......そうですか」
「真理子って名前は、当時好きだった永井真理子から取ったんですよ」
「......あなたはきっと呪われても大丈夫な人だと思いますよ」
 アロハ先生はそう言ってニッコリと笑った。釣られて私もニッコリと笑った。
 月二ぐらいでこの皮膚科に顔を出すことにしよう。
 私はまた心を開いて話をできる人を見つけてしまった。

「住職、いくら出したらやってくれるんですか」
「お金の話ではないんですよ。分かってください」
 参拝客もまばらになったお昼三時過ぎの境内で、私と住職は軽い言い合いをしていた。
「残念ですよ。僕と住職の仲ならやってくれると思ってたのに」
「普通のお経ならやらせていただきますよ。でもあなたの耳にお経をあげるのは......」
「わがままを言ってるのは分かっています。だからその分の謝礼は出しますからお願いします」
「お金をもらってやるのもそれはそれで変な気もするんですよね......」
「助けてください。僕の耳は呪われてるかもしれないんです」
「ほぼ確実に呪われてないと思いますがね......」
「......」
「......」
「住職、こういう小さな善行を積み重ねていくとパチンコも勝てると思いますよ」
「必ず勝てるのなら喜んでやりますけどね」
「......」
「......」
「住職、僕ね、風俗で女の子とかくれんぼしたり、すごろくしたりHじゃないサービスしてもらうのが好きなんですよ」
「存じ上げておりますよ」
「喜んでしてくれる子もいれば、そんなことしないって言う子もいるんです」
「はい」
「僕はこの前ね、一緒にかくれんぼしてもらうためにオプション料金で一万円払ってるんですよ」
「おそろしいことです」
「そんな僕ですよ。この辺りで折り合いを付けていただけないと、最終的に何円出すか分かりませんよ」
「......」
「僕は自分が怖いです。事態がこれ以上ややこしくなる前にお願いします」
「......ほとんど恐喝に近いと思いますが、かしこまりました」
「ありがとうございます」
 遠くからウグイスの鳴き声が聞こえる初春の候、私の横で適当にお経を唱える坊主が一人。今だけは住職を独り占め。素人の私でも分かるぐらいの適当で短めなお経が面白い。住職の優しい心が身に染みる。読経を終えた住職は、やれやれといった様子で笑いながら言った。
「わたくし、貴方のことは絶対に忘れないと思います」
 別れた彼女に言って欲しかった台詞をまさか坊主に言われるとは思わなかった。

 年明けのオカマバー。客も少ないがフロアに出ているオカマも少ない。年始はオカマも休む人が多いのかなとトリケラさんに訊ねたところ、「年末年始で連絡が取れなくなるオカマが多いの」と教えてくれた。
「オカマの年越しはけっこう大変なのよ。オカマって気楽そうに見えて毎日気張ってるからさ。年末年始の雰囲気で気を緩め過ぎちゃうと立て直せない子もいるの」
「......そうなんだね」
「だから、私みたいにちゃんと年を越せてるオカマは筋金入りのオカマなのよ。うふ」
「いつかトリケラさんも立て直せなくなる日が来るのかな」
「あら、一丁前に心配してくれてるの? ありがと。あと二、三年は大丈夫」
「よかったよ」
「暗い話はこれぐらいにして、何か別の話をしてよ」
「何かあったかな。あ、耳の病気の話なら」
「病気? いいじゃん、私、他人の病気の話って大好き」
 一通り、私の話を聞いたトリケラさんはとても意地悪な笑顔を浮かべた。
「ねぇ、その病気のことって別れた彼女さんは知ってたの?」
「いや、言ってない。彼女も自分の病気で大変だったからさ。余計な心配はかけないようにって思ってさ」
「それは建前でしょ。本当は話すのが怖かったんじゃない?」
「うん、それもあるよ。彼女にバレないように、しっかり耳掃除してから家に帰ってたね」
「でもきっと......」
「全部バレてたと思う」
「当たり前よ。好きな男のことよ。女を舐めちゃダメ。男がバレてないと思ってることは全部バレてると思った方がいいわよ」
「言っときゃよかったなって今は反省してる」
「愛する人の病気は自分の病気でもあるんだからね」
「......うん」
「次、いい人見つけたら、病気のことすぐに言いなさい。いいわね?」
「はい」
「ね、今も耳に皮たまってるの?」
「......え、うん」
「ちょっと見せなさいよ」
「やだよ」
「私で予行演習しときなさいって。ほら、てめえの汚い所全部見せなさいよ」
「......」
 子供のような無邪気な顔でトリケラさんが私の耳を覗き込んでいる。
「いいわ、ゾクゾクしちゃう。たまには耳の穴もいいわね。写真撮ってもいい? どれだけ汚いか見せてあげたい」
「性格悪すぎるだろ」
「やばい、軽くイっちゃいそう。少しだけ皮取ってもいい?」
「嫌だって言っても取るでしょう」
「私の性格分かってきたじゃない、えいっ! うわっ、汚ね!」
「......なんだか自分のチンコ見られるよりも恥ずかしいな」
「顔真っ赤にしちゃってかわいい~、あ、これがピアス穴ね。もう閉じちゃってる~。ほれほれ、ぐりぐり」
「ちょっと、あんまり触んないでよ」
「やばい、経験がない人のアナルぐらい固いじゃん。ね、穴空けていい? 耳アナル再開発していい?」
「好きにすればいいさ......」

 別れた彼女にどうしても伝えられなかった耳の病気と呪いの話。
 六年間も一緒に暮らしたのに、伝えることができなかった内緒の話。
 アロハシャツを着た医者、パチンコ狂いの坊主、性格の悪いオカマ。
 今日だけで、この三人にその話をすることができた。
 これからは、もう少しだけ他人を信じて生きてみよう
 もし、トリケラさんが綺麗にピアス穴を空けてくれたら、またピアスをつけるつもりだ。
 「似合わない」って、正直に言ってくれる人が、私には少なくとも三人はいる。

男じゃない 女じゃない 仏じゃない

Synopsisあらすじ

6年間同棲した彼女と別れ、仕事も辞めた著者。孤独な日々の中で出会ったのは、由緒あるお寺のお坊さんと、オカマバー勤務の筋骨隆々なオカマだった。歩む道は違えど信頼できる2人に、著者は人生相談を持ちかける……。仏の教えとオカマの人生経験。2人のアドバイスに振り回される著者は、本当に悩みを解決できるのか!? 『死にたい夜にかぎって』著者による元気をくれるエッセイ。

Profile著者紹介

つめ・きりお

1979年生まれ。2014年『夫のちんぽが入らない』のこだま氏とユニットを組み、同人誌即売会・文学フリマに参加。2018年、webサイト「日刊SPA!」で驚異的なPVを誇った連載をまとめたエッセイ『死にたい夜にかぎって』でデビュー。自身の恋愛と苦い人生経験をポジティブに綴った本作はネットを中心に話題沸騰。以来、書店イベントから夏フェスまで多種多様なイベントに出演し、注目を集める。

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