男じゃない 女じゃない 仏じゃない第20回

 親父が逮捕された日の給食は、私の大好きなドライカレーだった。
 私が中学三年生の秋、飲酒運転及び車の当て逃げの罪で、親父は警察に捕まった。
 ちょうど昼休みが始まった頃、校内放送で呼び出された私は、校長室のフカフカのソファーに座らされていた。
「君のお父さんが警察に捕まったことが地方ニュースで流れた。ご家族も心配しているだろうし、今日はもう帰りなさい。クラスの雰囲気もあるので、二、三日は休めばいい」
 優しい口調だが、有無を言わさぬ雰囲気で校長はそう言った。ここまで厄介者扱いをされると、ついつい反抗的な態度を取りたくなってしまう。
「五時間目は体育で、六時間目は美術なんです。どっちも好きな授業なんで帰りません。明日の給食は、僕の大好きなサバの味噌煮なんで、明日も学校に来ます」と返事をすると、「......分かった。辛いことがあったらいつでも相談しなさい」と、吐き捨てるように校長は言った。
 その日の体育はドッジボールだった。身体を思いっきり動かして、校長室での嫌なことを忘れようと思ったのだが、どういうわけか、全力でボールを投げることができない。ボールが変な所に当たって、相手に怪我でもさせたら、「やっぱり犯罪者の子供は、危険なことをするなぁ」なんて後ろ指をさされるんじゃないか。そんなことを思うと身体が金縛りにあったように動かなかった。
 六時間目の美術は粘土細工の授業。やみくもに粘土をこねているだけなのに、とても心が落ち着いた。人里離れた山奥でひとりぼっちで粘土をこねて生きていく。犯罪者の子供である私には、そんな人生がお似合いかもしれないなと、己を自嘲(じちょう)した。
 その日の授業を終え帰路につくと、我が家に親戚一同が大挙して集まっていた。葬式や逮捕やら、うちに何かしらの不幸が起きた時しか、こいつらは顔を出さない。親族の中から犯罪者が出たことについて口々に文句を言うバカ野郎ども。何を今さら騒ぎ立てることがある。俺の爺ちゃんも前科者だろうが。一度目なら分かるが、二度目のことでガタガタ騒ぐんじゃない。そう思いながらも、「親父がすいませんでした」と親戚一人一人に頭を下げて回った。「元気出してね」と励まされるたび、湧き上がってくる吐き気を我慢するのが大変だった。中途半端な優しさは本当に身体に悪い。生ぬるい温度のプールに首まで浸かっているような気持ち悪さ。キンキンに冷えた麦茶を飲んで、早く布団に横になりたい。
 麦茶を求めて台所に行く前に、離れで寝ている祖父の様子を確認する。心臓病とその合併症により余命半年を宣告され、「どうせ死ぬなら自分の家で死にたい」と、我が家に戻ってきた祖父。もう自分の足で歩く力もなく、移動は車椅子、食事は流動食のみといった状態だった。心臓がほとんど動いておらず、身体の中で酸素を作ることができない祖父は、映画『スター・ウォーズ』のR2-D2によく似たデザインの近未来風酸素吸入器を使って、鼻にさしたチューブから酸素を吸引していた。
 部屋の中に入ると、祖父は私に向かって「ごめんな......おまえのお父さんがごめんな......育て方を間違えたわ」と、か細い声で謝罪した。本当に辛いのは爺ちゃんの方なのに。自分の息子が犯罪者になったのを見届けて死んでいくなんて、そんな人生の幕引きがあるか。その息子を叱る力すら、今の祖父には残されていないのだ。どんなに無念なことだろう。
 祖父も父も前科者。我が家の「男」で、綺麗な体をした「男」はもう私しかいない。こんな時に甘えさせてくれる母親も、力を合わせる兄弟もいない。まだ中学三年生なのに、いささか人生が辛すぎやしないか。そんなことを考えているうちに、私は声を上げて泣いていた。泣き顔を見られるのは恥ずかしいが、ちゃんと泣いている姿を見せる方が、祖父を安心させてあげられる気がしたのだ。
 ひとしきり泣いたあと、素知らぬ顔で応接間に戻ると、親族の中で一番底意地の悪い乾物(かんぶつ)屋の叔父さんが、「もう、お前がしっかりせんとこの家終わりやで」と嫌みを言ってきた。
「二度あることは三度あると思うんで、その時はすいません」と、鼻と鼻がぶつかるぐらいの距離まで顔を近づけて威嚇(いかく)すると、舌打ちをしながら叔父さんは立ち去っていった。
 親戚が帰った後、静寂に包まれた家の中で、せっせと部屋の片づけをしている祖母の背中に「俺、高校行かずに働いたほうがいいかな」と言うと、祖母は振り返りざま、私の頬を平手打ちして怒った。生まれて初めて私に手を上げた祖母は顔をクシャクシャにして泣き崩れ、「こんなんで負けてたまるかよ! お前も負けるなよ!」と叫んだ。ババアにいきなりビンタされるし、そのビンタは全然痛くねえし、痛くないけど泣けてくるし、もう散々だった。自分の旦那と息子が犯罪者になった祖母の心中を察すれば、私だけ簡単に泣くわけにもいかないのだが、私はまた大声で泣いた。
 生き地獄のような一日。
 それからはどんなに辛いことがあっても、あの日に比べたらマシだと思い、今まで踏ん張って生きてきた。
 そんなあの日のことを、親父は何も知らないのだ。

 時間は今に戻り、トリケラさんの店へと向かう道すがら、私の前を歩く親父の背中を見つめながら、あの日のことをぼんやりと思い出していた。あの頃の私はこんな日が来ることを想像できただろうか。私と親父が仲良くオカマバーに遊びに行く日が来るなんて。天国の祖父もやれやれといった感じで笑っているに違いない。

 赤、青、黄色に輝く眩しい電飾をまとったオカマバーを前にして、「なんや、お祭りみたいやなぁ」と気の抜けたことを親父が口にする。夜遊びをまったくしない親父にとっては、眩しいものすべてがお祭りに見えるのかもしれない。
 中に入ることを躊躇(ちゅうちょ)している親父の背中を押して、店内へと歩を進める。入口に立つ三人のオカマが「いらっじゃいまぜ~」という濁った声の三重奏で私たちを出迎える。開店したばかりで、まだ客がまばらな店内に、店長の計らいで無事にお店に復帰したトリケラさんの姿があった。いつものようにカウンターで偉そうにふんぞり返っていやがる。こちらを見たトリケラさんが、両手を上げて「私はここよ♪」と自分の場所を知らせてくる。
 親父はどうしているかといえば、慣れないオカマバーの雰囲気にすっかりおびえてしまい、二人三脚のペアぐらいの近い距離で、私に寄り添っていた。そんな親父に気付いたトリケラさんは「うわ~! 親子で来やがった! ヒュ~~!」と、カウンターに置いてあるタンバリンを高らかに打ち鳴らした。

「お父さん、お久しぶりです。東京まで遠路はるばるよくお越しくださいました」と、旅館の女将(おかみ)のように礼儀正しく挨拶するトリケラさん。それに合わせて「出来の悪い息子がいつもお世話になってすみません」と親父も深々と頭を下げる。なんだか学生時代の三者面談のような雰囲気だ。
「一杯目は何にします?」というトリケラさんの言葉に、私は梅酒のソーダ割りを、親父は鍛高譚(たんたかたん)の緑茶割りを頼んだ。しばらく一緒に飲まないうちに、親父は焼酎を飲むようになったみたいだ。
「じゃあ、今夜はお父さんにかんぱ~い!」というトリケラさんの音頭で、宴が幕を開ける。朝からずっと親父と一緒だったことで、少しストレスが溜まっていた私は梅酒を一気に飲み干した。どうやらそれは親父も同じだったらしく、かなりのハイペースで一杯目を空にしていた。私たちはすぐに二杯目を頼み、三人で乾杯を重ねていく。
 観察眼の鋭いトリケラさんが「お前、お父さんとグラス合わせてないじゃん」と突っ込みを入れる。
「ああ、親父とはグラス合わせないんだよ。親父が怒るから」
「え? お父さん、なんでダメなんですか?」
「それはあれです。まだこいつがワシと乾杯するのにふさわしい男じゃないから断っとるんですよ」
「ああ、そういう理由か。じゃあ、お前は一生お父さんとはグラス合わせられないね」
「うるせえ、でもさ、よく考えたら、この人は前科者だよ。なんで前科者が乾杯する相手をのことでグチグチ言うんだよ」
「うわ、ひどい。人権侵害だ。お父さん、こんな息子を持って可哀想ですね。今夜勘当しましょう」
「ほんまに大変ですわ。ワシもちゃんと罪を償ったのに......」
「罪は償ったかもしれんけど、当て逃げ事故起こしたことがある奴が、4WDに乗ってるのは感心しないな。しかも事故起こす前よりゴツい車に乗ってるやん」
「え......なんで?」
 私には内緒にしていたはずの愛車のことを突っ込まれた親父は、一瞬絶句したあと、「まさか!」という顔でトリケラさんの顔を見た。親父の視線に気づいたトリケラさんは、「お父様、ごめんなさい......、実家の車のこと教えちゃいました」と謝ったあと、「あぁもうお前らめんどくせえ! もう一度乾杯して全部手打ちにするわよ!」と、野太い地声で乾杯の音頭を取った。相変わらずグラスを付けようとしない私と親父の手を握ったトリケラさんは、「おんどりゃあ!」と強引に二人のグラスを「カチン」とぶつけた。あっけにとられる私たちを尻目に、「お父さんと息子の初めての乾杯、確かにオカマが取り仕切らせていただきました~♪ Fu~♪」と、喜びの舞を踊るトリケラさん。あまりの力業(ちからわざ)に思わず笑ってしまう。ちらりと横目で様子をうかがうと、親父も楽しそうに笑っていた。
 二人の間に「オカマ」という潤滑油が入ってくれたことで、私と親父は普段よりも砕けた感じで言葉を交わすことができた。「もうすぐショータイムが始まるから、先にトイレ行ってきてくださいな」と促された親父が席を立つ。二人きりになったチャンスを逃さず、私はトリケラさんにあるお願いをした。
「ごめん。次さ、俺、ちょっと長めにトイレに行くからさ。その間に親父に、今何か欲しいものあるかどうか聞いといてくれない? 今度の誕生日にそれをプレゼントしようと思ってるんだ」
「やだよ、大事なことはちゃんと自分の口で聞けよ」
「できるならそうするけどさ、俺がそういう質問してもちゃんと答えてくれないんだよね」
「自分の親の好きなものぐらい、聞かなくて分かりそうなもんだけどね」
「俺、あの人が嫌いなものはたくさん知ってるんだけどなぁ、好きなものは知らないんだよ。アマレスとカラオケが好きなのは分かってるけどね」
「それとなく聞いとくわ」
「あ、あとさ、もう一個お願いがあるんだ」

 腹を壊した小芝居をして、十五分ほどトイレに籠もったあと、席に戻ると、トリケラさんの姿がなかった。親父の話では、ショーの準備をするために控室に行ったという。突如訪れた二人きりの時間に手持無沙汰になった私たちは、ほぼ同時にタバコを取り出した。その瞬間、私はサッと親父のタバコに火をつける。一瞬驚いた顔をしつつも、満足そうに頷きながら、親父は美味しそうに煙を吐いた。子供の頃、玩具を買う余裕がなかった親父は、百円ライターを玩具として我が子に与えた。祖父、祖母、親父と、うちの家族はみな喫煙者だったので、私は遊びの一環で家族のタバコに火をつけて回っていた。その時のクセがまだ残っているのだ。
「うちに遊びに来た時から分かってたけど、いいオカマさんやな」
「うん、最高のオカマだし、最高の人間だと思う」
「なんか困ったことあったらあの人にちゃんと頼るんやで」
「分かってるよ」
「おまえ、別にオカマになってもいいぞ」
「なる、ならないで簡単に語るのはオカマに失礼だよ」
「......確かにそうかもしれんな」
 親子でオカマについて語っていると、場内が暗転して、オカマたちのダンスショーが始まった。アルミホイルをぐるぐる巻きにしたような銀一色の服に身を包み、オカマたちが一糸乱れぬラインダンスを踊り出す。天井のミラーボールが回り出し、場内は九十年代のディスコのようなきらびやかな雰囲気になる。その様子を見ていた親父は「お祭りみたいやな」とぼやいたあとで「でもキレイやな」と言った。

 お店をあとにする時、トリケラさんから親父の好きなものをこっそりと教えてもらった。
「お父さん、好きなものを聞かれて頭抱えてたわよ。『難しい質問だなぁ』って。五分ぐらい悩んだあとに言ったわ。『白米かなぁ』って。面白いお父さんだね。大事にしなよ」
「はは、白米か。こりゃ困ったな。あ、もう一個のお願いは?」
「それはバッチリ。私の魅力で誘惑しといたからね」
「よかった。ありがとう」

 宿泊先のビジネスホテルまで送る途中、親父がちょっと恥ずかしそうに話し出す。
「明日の朝イチの飛行機で帰るから、今回は時間がないんやけど......」
「うん」
「気が向いたら、また東京来るから、その時はお前が世話になってるお寺の住職に会わせてくれや」
「......分かった」
「あのオカマさんが言うんやから、きっと良いお坊さんなんやろなぁ」
「なんだよ。俺がそう言った時は相手にしてくれなかったのに」
「お前のような若造よりも、人生経験豊富なオカマさんの言うことの方が信じられるわ」
「ああ。それは確かにそうだね」
 星がひとつも見えない夜空を見上げながら思う。どうやら親父もオカマの虜(とりこ)になってしまったようだ。親も子もオカマに言われて坊主に会いに行く。やっぱり親子なんだなぁと実感した。
 親父が捕まったあの日の夜を超えて、今、私と親父は同じ道を一緒に歩いている。そしてその道にはオカマと坊主がいてくれる。人生ってなんとかなるようにできている。

男じゃない 女じゃない 仏じゃない

Synopsisあらすじ

6年間同棲した彼女と別れ、仕事も辞めた著者。孤独な日々の中で出会ったのは、由緒あるお寺のお坊さんと、オカマバー勤務の筋骨隆々なオカマだった。歩む道は違えど信頼できる2人に、著者は人生相談を持ちかける……。仏の教えとオカマの人生経験。2人のアドバイスに振り回される著者は、本当に悩みを解決できるのか!? 『死にたい夜にかぎって』著者による元気をくれるエッセイ。

Profile著者紹介

つめ・きりお

1979年生まれ。2014年『夫のちんぽが入らない』のこだま氏とユニットを組み、同人誌即売会・文学フリマに参加。2018年、webサイト「日刊SPA!」で驚異的なPVを誇った連載をまとめたエッセイ『死にたい夜にかぎって』でデビュー。自身の恋愛と苦い人生経験をポジティブに綴った本作はネットを中心に話題沸騰。以来、書店イベントから夏フェスまで多種多様なイベントに出演し、注目を集める。

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