Interview著者インタビュー

 医療の世界に「セカンドオピニオン」という言葉がある。自分のかかっている病気に関して、主治医以外の医師の意見を聴くことだ。第二の意見を聴くことで治療法の選択肢が増えたり、今の診断に問題がないことを確認できる利点があるらしい。まもなく四十歳になるが、風俗でもらった性病以外では病気にかかったことがない至って健康体の私。体に関しては問題ないが、とかく心はままならぬ。それでもなんとか毎日を生きているのは、医者には治せぬ病気を治療してくれる二人の賢人の存在が大きい。私たちの出会いは七年前まで遡る。
 二〇一一年の春、六年間同棲した彼女にこっぴどくフラれた私は、人のぬくもりを求めて、あてどなく街をさまよっていた。馴染みの飲み屋や喫茶店に足を運んでも寂しさが埋まることはなく、やがて、街行く人々に手当たりしだいに声をかけるヤバイ奴になった。信号待ちをしている人、犬の散歩をしている人、パトロール中の警察官、宗教勧誘のおばちゃん、高架下に住むホームレスの方々など、それはもう見境なく声をかけた。春を過ぎ夏になっても症状は悪化の一途をたどるばかり。どこも悪くないのに病院に通っては、医者と世間話に花を咲かせ、服を買うつもりもないのにユニクロに行き、乱雑に置かれた服を畳み直しては、自分がユニクロの一員になったような安心感で寂しさを紛らわせていた。
 一連の様子を見ていた職場の社長が「これはダメかもわからんね」と、私を連れて行ったのが紹介制のオカマバーだった。一流料理店ならまだしも、こういった類の店で一見さんお断りはあまり聞いたことがない。だが、店内には高級感漂うラグジュアリーな雰囲気はいっさいなし。接客もいい意味でアバウトで、出てくるお酒と料理も及第点ぐらいといった雑な感じが逆に心地良い。気持ちよく酔っぱらっていると、ショータイム開始を告げるけたたましいブザーの音が聞こえた。その音を合図に、現代に蘇った恐竜という形容が相応しい筋骨隆々のオカマたちが次々とステージに飛び出してきた。色鮮やかなドレスを身にまとい一糸乱れぬラインダンスを踊る彼女たち。なんて素敵な悪夢なんだろう。その中でもひと際激しい踊りで観客の目を釘付けにするオカマがいた。トリケラトプスによく似た愛くるしい顔のオカマ、彼女こそ私の人生を長年にわたって救うことになる賢人の一人である。
 「神社か寺に行け」。
 週三ペースでオカマバーに通い詰める常連客になった頃、トリケラトプスによく似た年齢不詳のオカマに言われた言葉だ。特別な信仰心がなくても、神聖な場所に参拝する習慣をつけておくと人生が良い方向に進むと彼女は言う。ただ、どんな場所でもいいわけではなく、手入れが行き届いていない汚い所や、自分の家系上行ってはいけない所への参拝は避けるべきだという。ちなみにそのオカマは源氏の血筋を引いており、平家を祀った神社には行くことができないらしい。恐るべきは、オカマの世界にも根付く源氏と平家の因縁である。
 家の近所にうってつけのお寺があった。病気平癒の仏様を祀った由緒正しそうなお寺。入口では綺麗な提灯を掲げた立派な山門が参拝客を出迎える。近隣住民だけでなく、わざわざ遠方からお参りに来る人も多いようで、境内には常に参拝客の姿が見受けられる。私は毎朝お参りに通うことにした。特別な信仰もないし、そこまで神仏を信じているわけではないが、何かに祈るという行為は身が引き締まる思いがしたし、オカマとの約束を守って生きている毎日がなにより愉快だった。
 二週間ほど足を運んだある日、境内を掃除していた元バレーボール選手の川合俊一によく似た顔のお坊さんに声をかけられた。
「ここ最近毎日お参りに来て頂いておりますよね? けっこうなことでございます」
「いえいえ! ただ暇だからです。自分はそんなに信心深い人間ではないんです」
「それなのに毎日ですか?」
「毎日お寺に参るって......、仲の良いオカマと約束をしてまして......」
「......オカマの方との約束?」
「ちなみに私はオカマではありません」
「......」
「......」
「......そうですか。なんにせよ約束を守るのはよいことですね」
「ありがとうございます」
「実はあなたのことは以前からよく見ておりました」
「え、僕、そんなに目立ちますか?」
「あそこに湧き水ございますよね。ご自由にお飲みくださいと書いてある湧き水です。あれでもけっこう歴史のある水なんです」
「はい」
「あの水をあなたほどたくさん飲む人はいないんです」
「......ごめんなさい」
 これが坊主との出会いだった。その日から参拝を終えた後に二人で与太話をする毎日がはじまった。坊主の年齢は四十二歳、オカマと双璧をなす賢人として私を支えてくれることになる。
 
 失恋の痛手も幾分かマシになってきたその年の秋。胸の奥につっかえていた彼女への思いを坊主とオカマに打ち明けた。同棲中の素敵な思い出。心の病を患いながらも懸命に尽くしてくれた彼女への感謝。浮気という過ち。お互いの夢。二人を苦しめ続けた借金。まだ少しだけ残っている未練。家族や友達にも話せないことを包み隠さず話した。人生の先輩である賢人は、全てを受け止めてくれた上でこんなアドバイスをくれた。
 
 坊主は答えた。
「まずは六年間、ご苦労さまでございました」
「ありがとうございます」
「持って生まれた運命や器の大きさなどで総数は違うのですが、人の出会いはすべて差し引きゼロになっております。足し算引き算です」
「差し引きゼロですか」
「一人と別れたら一人と出会う、必ずそうなるんですよ」
「なるほど」
「彼女と別れた後に素敵な出会いはありませんでしたか?」
「......素敵なオカマとお坊さんに会いました」
「......」
「計算が合わないですね」
「合いませんね」
「はい」
「一人と別れて二人と出会った。得してるからいいじゃないですか」
「はい、ラッキーです」
「最近、あなたはうちの湧き水をあまり飲まなくなりましたよね」
「言われてみればそうです」
「あの時のあなたは心の隙間を埋めるかのように水を飲んでいたのだと思います。でも今はそうではない。その隙間が埋まったのです」
「はい」
「心の隙間を埋めてくれるのは人なのです。人との繋がりを大切にしてくださいね」
「分かりました」
 水を飲まなくなった理由は単純に飲み過ぎて飽きてしまっただけなのだが、私の寂しさを埋めてくれたのは確かにこの坊主とオカマなのだ。心から感謝している。

 オカマは答えた。
「オカマに深刻な話はしないでよね。これで最後にしてね」
「......すみません」
「生きてりゃ誰だって色々あるんだから元気出しなさいね」
「ありがとうございます」
「とってつけたような言葉で悪いけど辛いのはあなただけじゃないのよ。オカマにも色々な人がいてね。本当の姿を隠して昼間はちゃんと働いてる人もいるの」
「......」
「夜はオカマ、昼は部長って感じで仕事をしてる。父親として家族を養っているオカマだっている」
「はい」
「男と女、二人分の人生を背負って生きるのって大変よ。身体はどんどん年老いていくしね。誰にも相談すらできない。でもね、お店では弱音は吐かないの。だって楽しく飲みたいじゃない」
「自分みたいな若僧には何も言えないです」
「......あのね、あんまり知られていない話だけど、クリスマスに自殺するオカマってすごく多いの」
「そうなんですか?」
「耐えられないの。家族とか恋人達が楽しい日なんてね。そんな日は死にたくなるの」
「......今まで死にたくなったことあるんですか?」
「当たり前じゃない」
「......死なないで欲しいな」
「生意気言ってさ。それならあんたもクリスマスまではしっかり生きてみなさいよ。私が死んでるかどうか確かめに来なさい」
「そうします。クリスマスまでは何があっても生きます」
「......その意気ね。約束よ」
「オカマとの約束は絶対に守りますから」 

 同じ年のクリスマス。久しぶりに一人で迎える聖夜。オカマバーが開店するまでの時間を駅前のパチンコ屋で潰す。店内に入った瞬間、よく見知った顔が目に飛び込んできた。寺の坊主だ。私と話している時のおだやかな様子はまったくない。顔を真っ赤にしてパチンコ台を睨みつけている。笑いを堪えながら、そっと背後に近づき背中を叩く。
「メリークリスマス」
「......」
 こちらを見るなり呆然自失となり何も答えることのできない坊主。私は坊主の横の台に座って笑顔でパチンコを打ちはじめた。もし勝ったらその金でケンタッキーでも食おう。
 
「いらっじゃいまぜ~ん♪」 
 日が落ちても昼間のように明るい繁華街に野太い声が響く。サンタの衣装に身を包んだ真っ赤なオカマ達のお出ましだ。その中心に私のお気に入りのオカマはいた。生きていた。
「......生きてんじゃないすか」
「当たり前でしょ。クリスマスにオカマが死ぬとか嘘に決まってんじゃない! バカじゃないの」
「......生きててよかった」
「殺しても死なないのがオカマよ」
「ははは」
「ふふふ」
「でもありがとうございます。メリークリスマス」
「は~い! メリーグリズマズ~♪」

 六年間私の横に連れ添ってくれた彼女がいないクリスマスはやはり寂しいものだ。でもオカマと坊主に「メリークリスマス」と言うことができた私はなかなかの幸せ者じゃないか。私のそばには二人の賢人がいる。一人はオカマ、もう一人は寺の坊主。これから先何が起きてもきっと大丈夫。たとえ悩みを解決できなくても「まぁいいか」と笑える結末に導いてくれるはずだから。

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