2020 12/08
経済社会の学び方

第17回 社会研究とリベラル・デモクラシー②――競争の利点はどこにあるのか

■社会生活の基本構造を古い書物からも学ぶ

 マーシャルの『経済学原理』(Principles of Economics、初版 1890年)は、アダム・スミスの『国富論』(初版 1776年)と並ぶ経済学の最も重要な著作であると言われる。ケインズが『一般理論』(1936年)において、ケンブリッジ大学時代の師マーシャルの新古典派的な前提、すなわち「供給は需要を創出する」(総需要の不足ということは起こらない)という命題に根本的な疑義を投げかけ、総需要の不足で失業が存続するまま均衡が続く場合があると論じたため、ケインズはマーシャルの経済学のすべてを乗り越えたとみなされることがある。しかしケインズはマーシャルの全てを否定したわけではない。基本的な価値論の領域では、ケインズは依然としてマーシャルの経済学の基盤に立っている。したがってマーシャルを軽視することはできない。

 経済社会の問題解決の研究に進もうとする者へのマーシャルのアドバイス、“Cool heads but warm hearts”の意味を考えてみたい。それは当時の経済学が抱えていた問題について、彼がどのようなスタンスを取っていたのかを知ることでもある。彼の『経済学原理』の「第1篇 予備的考察」は、社会問題に取り組む人たちの「心構え」として今でも貴重な示唆を含んでいる。

 自然科学では、その理論の歴史を「知性史」として研究する場合を除くと、現代の研究者が100年あるいは200年以上前に書かれた自然科学分野の著作を繙くことはまれであろう。実際、大学の図書館委員会で、自然科学系の先生から「図書館の必要性は極めて低くなった。最新の学術誌(ジャーナル)をいつでもすぐ読めるような体制こそが必要だ」という発言があったと聞いて、驚いた記憶がある。

 古代から大きく変わることのない人間のこころや行動を研究する学問分野では、古い書物を学ぶことが不可欠になるケースはまれではない。人文学では2000年以上前の思想、歴史、文学を学ぶことなしに、人間性(humanitas)について「新しい発見」をしたように思いこむことは、軽薄の誹りを免れない。人間社会の研究においても、これまでどのような問題が(対象)、どのように(方法)論じられてきたのかを知ることは極めて重要なのだ。

■宗教的心情に並ぶ、経済的動機の重要性

 マーシャルは、経済だけが人間社会を動かしてきたのではないことに先ず注意を向ける。人間は金銭的な損得勘定で動くこともあれば、名誉のため、自分の信じる理念のために行動することもある。その点を簡潔にこの大著の冒頭でマーシャルは指摘する。「第1編 予備的考察」は、経済学だけではなく、政治学や社会学の分野に関心を持つ人にも必要な「気づき」を与えてくれる。要約的に示しておこう(以下の「」で示す引用は、東洋経済新報社から出版された馬場啓之助訳『マーシャル経済学原理』による)。

1)マーシャルは、「経済学は日常生活を営んでいる人間に関する研究であり、福祉の物質的要件の獲得と使用に関連する側面を取り扱う」、としている。

 この「日常生活を営む」という点が重要だ。非常時や危機の際の社会問題には、経済学はそれほど重要な知恵や判断材料を提供することは出来ない。

 ただしマーシャルは、経済学は「富の研究ではあるが、人間の研究の一部でもある」と規定している。というのは、

2)「人間の性格は、宗教的信念の影響を除くと、他のどのような影響よりも日常の仕事とそれによって獲得される物質的収入によって形成されてきたところが大きい」とし、「経済的な力は宗教的なそれとともに世界の歴史を形成してきた二つの主要な要因であった」と見ている。

 確かに歴史を振り返ると、政治が、宗教によって支配された時代は長きにわたった。経済生活が、人々の関心として突出するようになったのは、近代以降のことである。古代の都市国家、専制国家、中世の都市経済、重商主義、18世紀フランスにおける産業統制のいずれをとって見ても、「経済システム」と「社会システム」は混在している。オーストリア=ハンガリー帝国出身の経済史家、K. ポランニー(1886-1964)が指摘したように、これらの社会における人々の行動の誘因の源泉は、多種多様であり、慣習や伝統、公共的義務と個人的約束事、宗教的戒律や政治的忠誠、法的義務と行政規則など、その例をあげると際限はない。これらの社会にももちろん市場は存在したし、利潤を追い求める商人もいた。しかし個々の市場は孤立しており、商人の利潤追求動機は、僧侶の敬神や職人の誇り同様、ひとつの「特有の動機」にすぎなかった。利潤動機が「普遍的なもの」とみなされるようになったのは、19世紀の第二・四半世紀以降のことであったとポランニーは捉えている。

 マーシャルは、経済的動機も宗教的な誘因と同じく重要だとして次のように言う。

3)「軍事的、あるいは芸術的な精神の高揚が一時的に支配することがあっても、宗教的力と経済的力を凌ぐことはなかった。しかし宗教的な力、理念や感情によって人間は動くものだという認識は重要だ」とマーシャルは指摘する。

 マーシャルの認識は、経済学は、日常生活の物質的側面に限られた研究であること、しかし物質的な条件は人間の精神に大きな影響を及ぼすという点で、軽視してはならないことに注意を促している。

■貧困問題との対峙

 こうした経済問題の位置づけは、マーシャルと学究活動の時期がほぼ重なるドイツの社会学者、マックス・ウェーバーの「宗教と経済行為」の学問的視点とも重なり合う。社会学と経済学を対象とするウェーバーの浩瀚な著作も、晩年には、宗教社会学、あるいは比較宗教社会学と称される分野へと収斂して行った。

 現実には、宗教と経済の関係は二つの方向性を持っている。宗教的な動機から勤勉な労働に勤しむ過程で徐々に宗教心が薄まっていけば、営利活動への強い関心が経済競争を(フランク・ナイト〔1885-1972〕の「競争の倫理」に関する論考が指摘するように)あたかもスポーツやゲームのようにみなす社会風土を生みだす可能性がある。いまひとつは、逆のケースとして、ダニエル・デフォー(1660-1731)が『ロビンソン・クルーソー』で描いたように、離島で孤立する主人公が、合理的・計画的な生活の中で遭遇した数々の苦難の中から、信仰に目覚めるというプロセスもあろう。

 いずれのコースを辿るにせよ、信仰生活と経済生活は分断された「別の部屋」で営まれるものではない。両者は、時の移ろいとともに相補的に、あるいは対立しつつ相互に影響を及ぼし合いながら進行していくものだとする認識は、ウェーバーの場合、マーシャルよりもさらにダイナミックに捉えられている。

 ケインズは『ロシア管見』(1925年)の中で、宗教として、そして宗教としてのみ社会主義は意義を持つという立場をとっている。ケインズによればレーニズムは、数世紀にわたってヨーロッパ人の霊魂の中の異なった小部屋を占領してきた宗教とビジネスという二物を結合したものであるという。ウェーバーも、『社会主義』論の中で、『共産党宣言』が予言的文書であることを指摘している。もちろん、ここでいう予言とは、社会の私経済的な、俗にいう資本主義的な組織の没落の予言であり、過渡的な社会がプロレタリアートの独裁によって置きかえられる、ということを指す。この予言には、人の人に対するあらゆる支配を終わらせない限り、プロレタリアートはみずからを隷属から解き放つことはできないという最後の希望(と信仰)が秘められているからだ。

 ただしマーシャルは、宗教的な動機は時に激しいことを認めつつ、それによって生まれる行動が生活全般に行き渡ることはないと考えている。「生計の資を得るための活動は、人間の知力が最高の働きをしている時間の大半の間、彼の心を占めている。その間に、人間の性格はその仕事において用いる技量と、それに付随して起こる感情、仕事仲間、雇用主との関係などによって形成されるところが大きい」(馬場啓之助訳)と見るのだ。

 このように論じた後、マーシャルは、貧困が人間の品位の低下をもたらすゆえ、十分な教育も受けられないまま、過重に働かされ、安静も閑暇の時も持てないままその力を十分に発揮できない状態を黙過してよいものではないと訴える。貧困の諸原因の研究は、多数の人々の退化の諸原因を解明する道になると考え、マーシャルは、貧困と無知が漸次消滅する道を探ることこそ、経済学の主要な目標であるとする。マーシャルの経済学の基底には、産業社会が生み出した諸問題、特に貧困問題と対峙するという「改革への情熱」があるのだ。

■競争を過度に重視してはならない

 さらにマーシャルは、もうひとつ、われわれが現代社会について学ぶ場合の重要な留意点を指摘している。産業社会を「競争」の激しさで特徴付けることから起こる、研究上のバイアスである。マーシャルは、「競争」は二次的、あるいは偶然的な結果に過ぎないと捉える。彼は、人々や企業が競争的になる前に、「独立独歩」、「自分の道を自分で独立に選び」、「選択と判断にあたって慎重であるが、同時に果断でもある」という点が、現代の産業社会に生きる人々の競争的な姿勢を生み出していると見ている。

 つまり人々が競争的になることは確かであるが、それは二次的な現象のひとつであって、あらゆる種類の「共同と結合」に向かうこともあり、この「共同と結合」は、各人が慎重に考慮した結果、最適の行動だと判断する場合に生まれる。

 他面、マーシャルは、現代社会では競争に関して、ときにその反社会的な側面を誇張することが多い点にも注意を向ける。スポーツやゲームの世界で八百長や不正が起こるように、経済競争も行き過ぎると様々な(隠された)ルール違反が起こることがある。スポーツの世界では、賞金額が大きく、順位別の賞金の格差が大きくなるほど、不正が発生しやすいという実証研究もある。

 しかしもし競争が停止されれば、社会的厚生水準を著しく低下させるほどに、活力と自発性を人々から奪い去ることを十分に知る必要がある。競争の規制は、特権的な生産者を生み出し、有能なものが自ら新しい境遇を切り拓く自由を奪ってしまうとも言うのだ。

 こうした競争の正負両面を念頭に置きながら、経済学のスタンダードな教科書を改めて振り返っておく必要がある。経済学で経済社会の基本文法を学ぶとき、まず「完全競争」を仮定し、徐々にその仮定を緩めるという形を取ることが多いため、どうしても完全競争が現実社会に広がれば全体の経済厚生の水準が最も高くなると考えてしまう。その完全競争の仮定とは何を含意しているのかを、今一度立ち止まって考えてみる必要がある。

■「摩擦のない世界」を想定する?

 ミクロ経済学で想定されている完全競争とは、次のような性質を持ったものと要約できる。すなわち、各財について多数の売手と買手がおり、個々の主体の行動が価格に与える効果が無視できるほど小さい。そして資源の移動が自由。市場における価格情報が完全かつ平等に各経済主体に与えられている世界である。この前提は、中学や高校の力学の初歩で、「摩擦のないケース」を想定して力の均衡を学ぶことに似ている。

 こうした言わば摩擦のないような経済世界で、消費者が効用を最大化し、生産者が利潤を最大化し、かつ市場における需給のバランスを同時に満たすような配分と価格の組が、完全競争均衡(ワルラス均衡)と呼ばれるものである。厚生経済学の第一定理は、この完全競争均衡が、各財の存在量、生産技術、消費者の選好を所与とする限り、「どの個人の厚生(welfare)レベルも低下させてはならないという条件のもとでは、もはや改善の余地がない状態」、すなわち「パレート最適」であることを示す。

 だが、アダム・スミスの念頭にあったのは「国家の干渉やカルテルなどの謀議のない競争が実現している経済」であって、必ずしも「市場価格に関する情報の完全性のもとでの競争が実現している経済」ではなかった。さらにスミスは後の古典派のように、抽象的な「独立した合理的経済人」を行動の前提とすることはなかったし、競争経済が最大の厚生を保証するという意味で「最適」だと主張したわけでもない。

 競争の利点を、この「完全性」に求めることは、一般的な競争全体(たとえば独占的競争をもふくめて)のもつ経済的・社会的意味を見逃すことになる。社会集団が不可避的に持つ特質のひとつは「摩擦」にあるから、「摩擦」が全く無い世界に社会問題は存在しない。力学の場合の類比を用いて「摩擦」の無い社会での完全競争から構成された論理をそのまま現実世界に適用することは出来ない。

 現実世界を、完全競争という理論の世界に近づけようというのは、すでに本連載の第7回で説明した「プロクルーステース(Procrustes)の寝台」にも等しい考え方であって、現実の競争の利点や有効性を「多くの人々が激しく競争する」という状態に求めるようになる。こうした見方は、競争のための競争という、目的と手段の倒錯を招くような「競争万能」の社会風土を生み出しかねない。

■発見の装置としての競争 — ハイエクの重要な指摘

 では競争の利点はどこにあると考えられるのか。この点に関してF.A. ハイエク(1899-1992)はひとつの明快な答を用意した。ハイエクによると、競争は、誰が一番すぐれているか、誰が一番上手にこなすかということを予め知ることができない場合に有効な、「発見のための装置である」という。すなわち、競争によってはじめて、最もすぐれた方法が発見されると考えるのだ。知識や技能が不完全な経済社会では、現実にどの生産方法がある条件下で費用が最小であるかが前もってわかっているケースはほとんどない。むしろ競争の過程を通して、はじめて最良の生産技術が徐々に発見されて行くと捉える。

 すなわち、競争は科学の実験のような性格を帯びた「発見のための手続き」なのである。真の経済問題は、幾億幾千万という人々の頭の中に散らばって存在する知識や技能、あるいはそれらを獲得する機会を、いかに効率よく利用するかという点に存する。社会の中に存在するこれら知識や技能は、単一の主体(例えば中央経済計画当局)がその全体を把握・所有しているわけではない。そうした知識や技術をどう利用するかは、競争を通してはじめて明らかになってくる。すべての知識や技能がはじめから中央集権的に単一の計画主体に与えられているとみなすことは事実になじまない。財の質や人々の選好、あるいは効率のよい生産技術は、競争プロセスを通して発見されていくとハイエクは指摘した。

 こうしてハイエクは、競争機構をひとつの「発見のための装置」としてとらえ、それを市場論の中心に置いた。この競争論は、価格理論が冒頭から想定する「完全競争」の世界とは本質的に異なっている。経済理論で想定する完全競争は、ハイエクが考えた競争過程が終焉し、すべての知識・情報が万人に明らかにされた仮想的状態を描く社会生理学だと考えられる。

 マーシャルは、競争という言葉が、時に非難めいた意味で使われることについて、「競争は建設的であることも破壊的であることもあり得る」と指摘する。さらに、「たとえ建設的であったとしても、競争は協同よりも有益さにおいて劣っている」と言う。

 すでに述べたように、現代のビジネスの基本的な特徴は競争より、産業と企業の自由、独立自尊および先見の明にあるとし、経済環境が人々の活力と自発性の維持にとって十分か否かを吟味することの重要性を強調する。「競争の規制」が有害になるのは、有能なものが自ら新しい境遇を切り拓こうとするときに一部の特権的な生産者が「反社会的」な競争を抑制するとの「大義名分」のもとに、こうした有能な人間の自由を妨害する場合なのだ。

■競争という言葉には「協力」という意味が含まれる

 ちなみに、英語のcompetitionを日本語で「競争」と訳した福沢諭吉は、その訳語をめぐる幕府役人とのやり取りについて『福翁自伝』で触れている。頑固な攘夷論の徳川幕府に愛想をつかし、その頑固さの一例を挙げる件(くだり)で、次のように語っている。

 福沢が何かの話のついでにお勘定方(幕府の大蔵省)の有力者に、自分が読んでいた『チェンバーズ経済書』(著者はジョン・ヒル・バートン)のことを話すと、大変興味を示し、目次だけでも(訳したもの)を見たいとのこと。二十条ばかりの目次の中のcompetitionという言葉には、いろいろ考えた末に「競争」という言葉を充て、その勘定方に見せたところ、「イヤここに争(あらそい)という字がある、ドウもこれが穏やかでない、ドンナことであるか」と役人が尋ねるので、商人などが価格で互いに競い合う例などを挙げて説明する。すると、「なるほど、そうか、西欧の流儀はキツイものだね」「何分ドウモ争いという文字が穏やかならぬ。これではドウモ御老中方へ御覧に入れることが出来ない」と言うので、福沢は競争の文字を真っ黒に消して渡したという。

 しかし「競争」は幕府高官が恐れたような、競い争うという意味だけではない。英語のcompeteの語源をThe Oxford Dictionary of English Etymologyで調べると、vie, strive with another とある。このvie という動詞は、「優劣を競う、競争する、張り合う」という意味である。続くwithはイタリックで示されている。19世紀まではあまり使われなかったとして、Scoticism(スコットランド風)あるいはAmericanism(アメリカびいき)の烙印を押すときに使用された言葉と説明されている。元のラテン語のcompetereは、strive for (something) together with another とあるので、「一緒に何かを求める」ということになる。

 フランス語では「競争」は、competition、concurrenceが使われるが、「競争試験」に当たる言葉にコンクール(concours)がある。ところがconcoursには、協力、賛助というもう一つの重要な意味がある。動詞形のconcourirで、conは「一緒に」、courirは「走る」であるから、「一緒に走る、競う」という意味になる。「協力する、貢献する」という意味が生まれるのは、競うことと協力することは、同じルール(土俵)の中で「競い合う」という点では、「協力」が必要なのだという含意があるのだろう。

 マーシャルが、産業社会を見る場合、競争だけではなく「共同と結合」の重要性を説いたことに繋がる重要な点だ。

(以下、次回。参考文献は、新書刊行時にまとめて表示いたします)

猪木武徳(いのき・たけのり)

1945年、滋賀県生まれ。大阪大学名誉教授。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学大学院博士課程修了。大阪大学経済学部教授、国際日本文化研究センター所長、青山学院大学大学院特任教授などを歴任。主な著書に、『経済思想』(岩波書店)、『自由と秩序』(中公文庫)、『戦後世界経済史』(中公新書)、『経済学に何ができるか』(中公新書)など。