原研哉「日本が世界にデビューして150年。僕たちはそろそろ、自分たちの風土を見つめ直すべき時ではないか」

来る2023年、中公文庫は創刊50周年を迎えます。その記念プレ企画として、本連載では「50歳からのおすすめ本」を著名人の方に伺っていきます。「人生100年時代」において、50歳は折り返し地点。中公文庫も、次の50年へ――。50歳からの新たなスタートを支え、生き方のヒントをくれる一冊とは? 第14回は、デザイナーの原研哉さんに伺います。

原研哉(はら・けんや)
1958年生まれ。グラフィックデザイナー。日本デザインセンター代表取締役社長。武蔵野美術大学教授。2002年より無印良品のアートディレクター。松屋銀座、森ビル、蔦屋書店、GINZA SIX、MIKIMOTO、ヤマト運輸のVIデザインなど、幅広い領域で活動。19年7月に個人の視点から日本の選りすぐりスポットを紹介するwebサイト「低空飛行」を立ち上げ、観光分野に新たなアプローチを試みている。著書に『デザインのデザイン』『白』『日本のデザイン』『白百』など多数。近刊に『低空飛行』。

日本人ですら日本のことがわからない時代に

和辻哲郎の『風土』が、ずっと心の片隅にある。古色を帯びた箱入りのハードカバーは書棚に収まった背表紙だけで「ここに大事なことが書いてある」とその存在を無言で示し続けている。大学時代に読んだ記憶があり、深く感銘を受けた覚えがあるのだが、今取り出してみると、その文体の硬さに驚く。昭和初期に出版された本であるから無理もないが、本当に自分はこれを読んだのかとも思う。所々に引かれた線は明らかに自分のものであるから、確かに読んだ。そして今も僕はその影響の中にあるのだが。

梅棹忠夫の『文明の生態史観』という本も同じ頃に読んだものだと思う。いずれも、筆者が海外に出て、その地の自然や風土がそこに暮らしてきた人間の感受性といかに不可分なものであるかを察知したことから生じた思索である。哲学や科学の領域をやや踏み越えた感覚的な思考の広がりを感じる本である。

僕たちはそろそろ、自分たちの風土を見つめ直すべき時ではないか。和辻哲郎の時代に、既に世界の往来は容易になり、文化は混ざり合っていくように感じられたらしく、読み返すとそのようなことが書かれている。今日、世界の往来は、当時とは比較にならないほど激しくなり、日本人ですら日本のことがわからなくなりはじめている。

日本が世界にデビューして150年。明治維新からの75年は西洋列強に肩を並べようと富国強兵に勤しみ、勢い余って自身を見失い、大陸へと進出し、戦争に破れて主立った都市は焦土と化した。次の75年は工業立国へと邁進し、エレクトロニクスとハードウエアの融合に歩調を合わせて驚異的な経済成長を果たしたが、データ解析と人工知能が生み出す産業に乗り遅れ、次の産業ヴィジョンを持てないまま停滞している。そういう状況であればこそ、僕らはもう一度、自分たちそのものをなしている「風土」を見つめた方がいいのではないか。それは単に日本固有の文化を反芻するというようなものではない。先人たちが、インドや中国の風土をどう眺め、どう感じ、相対的に自分たちをどう把握してきたかを辿り直した方がいいように思うのだ。

50歳はひとわたり世界や社会を体験した年齢である。日本という国も、成熟に向かって新たなヴィジョンを持たなくてはならない時期に差し掛かっている。そんな日本が、今捉え直すべきは自分たちの足元ではないか。そういう意味で上記の2冊を挙げてみた。

2ページに3度は吹き出す青春の書

一方、書棚に高校時代からの悪友、原田宗典の『元祖スバラ式世界』という文庫本があった。久々に取り出して読むと、驚くべき面白さである。岡山から出てきて、東京を右往左往していた頃の自分たちが実に見事に活写されていて、2ページに3度は吹き出してしまう。この作家の筆の力には高校時代から感心していたが、僕が多少とも文章を書くようになったのは、この友人の影響にほかならないのである。しかつめらしい文章を書く自分を揶揄する目的か、この悪友は時折漫画本などを送ってくるのであるが、何より元気をくれるのが原田宗典本人のエッセイなのである。

あらゆるものにつまずき、七転八倒を繰り返しつつ、多発する失敗を「まあいいか」とやり過ごしながら日々を送っていた時代があった。日々を生きる活力のもとは、そんな時代の、たぎるような、一体どこから生まれてくるのかわからないやみくもな意欲や自信、そして覇気のようなものである。

青春などという言葉は恥ずかしいが、50歳を超えて必要なものはまぎれもなく青春である。そんな青春を補給する意味で、原田宗典のエッセイは、50歳からの読書の一冊に加えておきたいと思うのである。


風土書影.jpg

『風土――人間学的考察』和辻哲郎著
(写真は現在入手しやすい岩波文庫版 1997年5月)

風土の三類型として、東アジアの「モンスーン」型、西アジアの「沙漠」型、ヨーロッパの「牧場」型を設定し、日本をはじめ世界各地域の民族・文化・社会の特質を浮彫りにした比較文化論。


文明の生態史観(カバー替え 小).jpg

『文明の生態史観』梅棹忠夫著
(中公文庫 1998年1月改版)

日本の近代化は西洋化したのではなく、西欧と全く無関係に「平行進化」を遂げたのだとし、アジア対ヨーロッパという慣習的に捉えられてきた世界史に新視点を導入した比較文明論。


元祖スバラ式世界.jpg

『元祖スバラ式世界』原田宗典
(集英社文庫 19958月)

青春小説の名手によるエッセイ集。少年時代から積み重なる、「ハラダ君」のちょっと困ったトホホな体験の数々を、軽妙な文章でつづる。


『風土――人間学的考察』
和辻哲郎

出版社:岩波文庫
発売日:1979/5/16

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