もぐら新章 青嵐第一三回

第一章

3(続き)

 比嘉が身を寄せた。
「城間を操ってるのは、伊佐勇勝じゃないかという話です」
 話を聞き、楢山の眉間に皺が立った。
「座間味の伊佐か」
 比嘉がうなずく。
「二カ月前に出所して、ほとんど島には戻らず、内地を転々としているようなんですが、剛の病院に現われたという情報が入っています。また、伊佐がわずかな期間、島に戻ってきた時、城間と接触していたという話も聞こえてきています」
「城間は伊佐の命令で動いているということか?」
「その可能性はあります。城間は暴力では一目置かれていますが、知恵が回るという話はありません。どちらかというと直情型で、一度思い込むと切り替えられない性格だと、昔の仲間や少年課の担当も言っています」
「伊佐が知恵を付けているというわけか」
「ええ。伊佐は座間味でも頭で稼ぐほうでしたから、十分あり得ます」
「伊佐と城間の接点は?」
「城間は以前、伊佐の下で働いていることがあったそうです。取り立てだったり、用心棒だったりが主な仕事ですが」
「そうか。しかしなぜ、城間は伊佐の命令で動いているんだ? 座間味はもうねえし、一人で動いた方がシノギも大きいだろう」
「そこなんです、お話ししたかったのは。城間の軍門に下った経営者がオフレコでくれた情報なんですが、城間はしきりにこう言っていたそうです。〝渡久地ブランドの復権〟と」
「渡久地ブランドだと?」
 楢山が片眉を上げ、首をかしげた。
「かつては那覇で渡久地の名を聞けば、不良どもも震え上がったものですが、巌が刑務所に入り、剛と泰は竜星君にやられてしまった。松山や久茂地には内地の者があふれてる。今や、繁華街で渡久地の名を知る者も少なくなったし、渡久地を怖いと思う者も減りました。巌を知らない者もいます。城間はそうした状況を苦々しく思っていたようですね」
「誰が糸引いてんだ? 巌は渡久地の復権なんざ望んじゃいねえ。剛は廃人同然。泰も更生施設にいる。今さら渡久地もねえだろ」
「私もそう思います。ですが、伊佐が城間を操るために渡久地の名を使っているとすれば、合点がいきます」
 比嘉が言った。
 楢山は「なるほど」とうなずき、腕を解いて太腿を打った。
「そこで気になるのが、竜星君のことです」
「竜星? なぜだ」
「竜星君は、泰を少年院へ送って、剛を病院送りにした張本人です。もし、城間が本気で渡久地ブランドの復権を考えているとしたら、いずれかの機会に竜星君を襲ってくるのではないかと思うんです。やられたままでは、復権も何もないですから」
「考えすぎじゃねえか?」
「杞憂ならそれでいいんですが、連中の思考を常識で測ると間違います。それは、楢さんもよくご存じのはず」
 比嘉が言う。
 確かに、これまで戦ってきた犯罪者に常識は通用しなかった。
 逆に言えば、犯罪者たちは彼らの〝常識〟で動いている。
 それが世間的に非常識なものであっても、連中には関係ない。
「そうなる前に、うちでパクろうと思っていますが、万が一のこともあるかもしれないので、面倒かけますが、気を付けておいてもらえますか?」
「わかった。まあ、そんなクソガキども、俺の前に現われたら半殺しだがな」
 楢山が笑う。
 比嘉も笑みを返したが、すぐ真顔になった。
「他の者はともかく、城間はインファイトを得意としていた元プロボクサーです。油断はしないでください」
「わかってるって。強え相手は対峙すればすぐにわかる。その時は──」
 楢山は右拳を左手のひらに打った。
「相手を殺す気で戦うよ」
 何度となく修羅場を潜り抜けてきた楢山の両眼が鋭く光った。

(続く)

もぐら新章 青嵐

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄の暴力団組織「座間味組」や、沖縄の開発利権を狙う東京の「波島組」との戦闘を乗り越えた竜星だったが、親友の安達真昌とともに己の生きる道を模索していた。(もぐら新章『血脈』『波濤』)

そして今、沖縄随一の歓楽街に、不意の真空状態が生じていた。松山・前島エリアに根を張っていた座間味組は解散し、そのシマを手中に収めようとした波島組も壊滅状態。その空隙を狙うように、城間尚亮が、那覇の半グレたちの畏怖の対象だった渡久地巌の名を担ぎ出して、動き出したのであった……。

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が110万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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