もぐら新章 青嵐第一二回
第一章
3(続き)
同じフロアにある刑事部の部屋へ向かう。楢山もかつてはここで働いていた。勝手知ったるフロアではある。
すれ違う職員たちが親しげに楢山に挨拶をする。楢山は気さくに挨拶を返しながら、刑事部屋に入った。
刑事部の部屋には、捜査第一課から三課まで、それと組織犯罪対策課が入っている。
楢山は他の課の刑事たちに手を上げて挨拶をし、一番奥の組織犯罪対策課のエリアに歩を進めた。
比嘉は窓際の席にいた。楢山を認め、少し腰を浮かせて右手を上げる。楢山も返し、比嘉のデスクまで近づいた。
「すみませんね、稽古で疲れてるところ」
「たいした稽古はしてないよ」
楢山は笑い、空いた椅子を寄せて、比嘉のデスクの脇に座り、杖を立てかけて、スポーツバッグを足下に置いた。
「道場の再建はうまくいきそうですか?」
比嘉が訊く。
「いい感じでは進んでるよ。資金もクラウドナントカってので集まってるしな」
「クラウドファンディングですね」
比嘉が笑う。
「それだ。便利になったもんだよなあ。インターネットでちょこちょこっと声かけりゃ、金が集まるんだから」
「そんな簡単なもんじゃないですよ。希望資金に到達しないものも多いですし。金武さんのところの道場が認められている証拠です」
「まあ、あいつのところは本物だからな」
楢山は深くうなずいた。
「で、話ってなんだ?」
改めて訊く。
比嘉は真顔になった。
「先日、松山で放火事案が起こったんですが」
「ああ、風俗ビルが燃やされたってやつな」
「そうです。今、うちはその捜査にかかりきりでして」
比嘉が息をつく。
「どのくらい進んでるんだ?」
楢山が訊ねた。
「中から、二つの焼死体が発見されました。一つはビルのオーナーで実質経営者だった重成史人、もう一つは重成の右腕、金沢浩一郎(かなざわこういちろう)のものだと判明しました。司法解剖の結果、死因は不明ながら、死後に放火されたことはわかっています」
「殺して火を放ったってわけか」
楢山の言葉に比嘉がうなずく。
「手を下したのは、城間尚亮のグループじゃないかというところまでは判明しています」
「誰だ、そりゃ?」
「半グレです。このところ、久茂地や松山のキャバクラなどを次々と自分たちのグループの傘下に収めています」
「金持ってんのか?」
「いえ、こっちです」
比嘉が拳を握って見せる。
楢山の目つきが険しくなった。
「経営者を脅して、強制的に売り上げの半分を徴収しているようですね」
「みかじめじゃねえか。そこまでわかってんなら、引っ張りゃいいだろ」
「それが、連中も悪知恵働かせてましてね。共同経営者として名を連ねるよう細工してるんで、実質みかじめ料でも、書類上は役員報酬になるんですよ」
「小(こ)賢(ざか)しい連中だな」
「まったくです。経営者が証言してくれればいいんですが、城間たちは今回のような殺しもいとわない連中のようなので、恐れて口が堅いんです。しっかり証拠固めないと、公判もたずに逃げられますからねえ」
比嘉がため息をつく。
「そうだな」
楢山は腕組みをして、唸った。
「まあ、そこは私らでなんとかするんでいいんですが、城間の捜査中に少々気になる情報が出てきたんです」
比嘉は楢山にまっすぐ顔を向けた。
「一つは、城間が渡久地の名前を口にしていたということです」
「渡久地? 巌か?」
「そうみたいですね。調べてみると、城間は渡久地巌に憧れて、ボクシングを始めたそうです」
「渡久地伝説の信奉者か......。しかし、巌はまだ別荘だ。時々、俺や金武が面会したり、内間(うちま)に会いに行かせたりしてるが、きっちり更生の道を歩んでいるぞ」
「ええ、巌のことは知っています。もう一つ、気になる情報があるんです」
(続く)
Synopsisあらすじ
最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄の暴力団組織「座間味組」や、沖縄の開発利権を狙う東京の「波島組」との戦闘を乗り越えた竜星だったが、親友の安達真昌とともに己の生きる道を模索していた。(もぐら新章『血脈』『波濤』)
そして今、沖縄随一の歓楽街に、不意の真空状態が生じていた。松山・前島エリアに根を張っていた座間味組は解散し、そのシマを手中に収めようとした波島組も壊滅状態。その空隙を狙うように、城間尚亮が、那覇の半グレたちの畏怖の対象だった渡久地巌の名を担ぎ出して、動き出したのであった……。
Profile著者紹介
1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が110万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。
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