もぐら新章 青嵐第九回
第一章
2(続き)
「なあ、渡久地くーん。俺ら、喉渇いたんだけど、金がなくってさあ」
木内が顔を近づけてきた。
泰はあからさまに顔を避けた。
「ちょっと貸してくんない? でないと、パクるしかなくなるんだよ」
木内が腕を離すと、今度は反対側から湯沢が肩に腕を回し、引き寄せた。
「まさか、貸さないってことはねえよな?」
間近で睨む。
「いい加減にしてくれよ。俺も小遣いなくなってきてるしさ」
「じゃあ、パクるしかねえか。バレたら、俺ら、おまえに指示されたと言い張るからな」
湯沢が肩を握る手に力を入れ、さらに顔を寄せた。
「ついでに、ないことないことを触れ回ってやる。怖えぞ、噂ってのは。一度出回ると、まったくの嘘でも本当のことになっちまう。おまえ、生きていけねえぞ」
湯沢が笑う。横で木内も笑った。
「噂より、もっと怖えもんがあるの、知ってるか?」
いきなり、幹の陰から声をかけられた。
湯沢と木内がびくっと身を竦ませる。泰も声のした方に目を向けた。
ライダースに身を包んだ背の高い男が姿を見せた。
「何やってんだ、泰」
サングラスを外す。
「伊佐さん!」
泰は目を丸くした。
伊佐は左頬の傷跡を歪め、片笑みを覗かせた。
「なんで、ここに?」
「おまえに会いに来たんだよ。元気でやってんのかなと思ってな。このクソガキども、なんだ?」
木内と湯沢を睨む。
二人は怯みつつも、睨み返した。
「てめえ、渡久地の仲間か?」
木内が低い声で威圧する。
「仲間じゃねえ。部下だ」
言うなり、木内の頭をつかみ、引き寄せた。鼻頭に頭突きをくらわす。
木内は顔をしかめた。ひしゃげた鼻から鮮血が噴き出る。
伊佐は二度、三度と頭突きをかました。木内は呻きと血を吐くだけで、何もできない。
湯沢はそろっと泰の肩から手を離し、静かに後退(あとずさ)ろうとした。
「こら」
伊佐が声をかけた。
びくりとして、湯沢の動きが止まる。
伊佐はゆっくりと湯沢に顔を向けた。鼻から噴き出した木内の血が、伊佐の額から顎先へと流れ落ちている。木内はぐったりとしていた。
「二度と渡久地をナメるな。今度、泰に手を出してる姿を見かけたら、おまえらが死にたくなるほど追い込んでやるからな。わかったか」
伊佐に睨まれ、湯沢は何度も首を縦に振った。
木内を湯沢の方へ突き飛ばす。湯沢はよろける木内を受け止めた。
「施設のもんにチクるんじゃねえぞ。行け」
「すみませんでした」
湯沢は頭を下げ、木内を抱えて逃げていった。
(続く)
Synopsisあらすじ
最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄の暴力団組織「座間味組」や、沖縄の開発利権を狙う東京の「波島組」との戦闘を乗り越えた竜星だったが、親友の安達真昌とともに己の生きる道を模索していた。(もぐら新章『血脈』『波濤』)
そして今、沖縄随一の歓楽街に、不意の真空状態が生じていた。松山・前島エリアに根を張っていた座間味組は解散し、そのシマを手中に収めようとした波島組も壊滅状態。その空隙を狙うように、城間尚亮が、那覇の半グレたちの畏怖の対象だった渡久地巌の名を担ぎ出して、動き出したのであった……。
Profile著者紹介
1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が110万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。
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