ブラック・ムーン第一回

プロローグ

 水の流れが速い。
 気がついたときは、流木にしがみついていた。
 いつ、どこでつかまったのか、覚えていない。つかまっていなければ、溺れ死んでいただろう。
 体全体が重く、鈍い痛みがある。ことに、左腕の上から肩にかけてが、ひどく痛む。
 しかし、なんとか動かすことができるので、骨は折れていないようだ。
 空は晴れているが、上流で大雨が降りでもしたのか、水量が多い。川幅もかなり広く、容易に川岸に寄りつけない。
 徐々に、記憶がよみがえる。
 時枝(ときえだ)ゆら。
 ピンキー。
 マット・ティルマンの娘、ダニエル。
 クリント・ボナーという、賞金稼ぎ。
 船乗りで、ダニエルの使い走りをしている、ビル・マーフィ。
 そして、日本の北にある蝦夷地(えぞち)とやらで、ともに新政府軍と戦ったという、高脇正作(たかわきしょうさく)。 
そうした人びとの、顔と名前は思い出せる。
 しかし、旧知というゆらと正作に関するかぎり、会う以前にどのような交渉があったのか、すべて記憶が欠落している。
 ゆらには最初トシゾウ、正作にはヒジカタと呼びかけられたが、ヒジカタトシゾウという呼び名に、心当たりはない。
 とはいえ、それが日本にいたころの自分の名前であることは、間違いなさそうだ。
 ゆらは今、その呼び方ではなくハヤト、ナイトウハヤトという名で、呼びかけてくる。 その名前も、胸の奥で何か響くものを感じたが、それだけで終わった。
 内藤隼人も土方歳三も、字づらこそ思い浮かぶものの、どこかで耳にしたことのある名前、という程度の感慨しかわかない。
 ともかく、アメリカへ渡って来るより前の記憶が、すべて消えてしまっているのだ。
 徳川幕府、新政府、江戸、蝦夷地、五稜郭(ごりょうかく)といった断片的な名称に、聞き覚えがあるような気はする。
 ただ、それが実体として何を意味するかは、おぼろげなままだ。思い出そうとすると、頭の芯に靄(もや)がかかってしまう。
 高脇正作と、目もくらむような円形の岩盤の上で、剣を交えたのは一時(いっとき)前だったか。
 それとも、一日前か。
 いや、十日前のことか。
 思い出せないというよりも、どれくらい時がたったのかが、分からない。
 ぼんやりとまぶたの裏に、その光景がよみがえる。
 正作の居合は、さすがに鋭かった。
 とっさに体を回し、相手の刃を半分抜いた刀の鍔際(つばぎわ)で、からくも受け止めた。その衝撃で、正作の小太刀は真二つに折れ、刃は半ばから先が吹き飛んだ。
 それで勝負はついた、と思った。
 しかし正作は、一歩も引かずに折れた刀を構え直し、突進して来た。
 あらためて、刀を抜き直すいとまはなかった。かろうじてその突きをかわし、正作の右手をつかむのが、やっとだった。
 そのまま、崖際まで押し詰められた。
 それからあとは、よく覚えていない。正作が手をもぎ離し、折れた刀を振りかざしたとき、銃声がとどろいた。
 立ち会い人のダニエル・ティルマンが、すでに勝負はついたと判断して、正作の刀を撃ったに相違ない。
 正作の手から、折れた小太刀が宙を舞い飛ぶのを、わずかに目の隅でとらえた。
 それでも、正作の勢いは止まらなかった。まともに体が衝突し、二人ながらもつれ合ったまま、崖から真っ逆さまに転落した。
 生い茂った木の枝に、何度かぶつかって勢いが弱まりながら、川に沿った砂地に落ちたらしい。
 意識がもどったとき、そばに正作も倒れ伏していたような気もするが、定かではない。 にわかに、水の流れる音が耳に届いて、反射的に喉の渇きを覚えた。無我夢中で、そちらの方向に這い進んだ。
 それからまた、記憶がはっきりしなくなった。
 そのまま、川の中に這い込んで水を飲んだようだが、いつ流木に取りついたのか、覚えていない。
 頭の中はもうろうとしていたが、つかまった流木だけは離さなかった。
 どれほど流されたかは、見当もつかない。
 ただ、少しずつ意識がはっきりしてくると、いつの間にか川の流れが速まったことに、気がついた。
 もはや、流木につかまり続ける力も、なくなりつつあった。この先、滝壺でも待ちかまえていようものなら、間違いなく溺れ死ぬと思った。
 必死になって、両岸を見渡した。右岸の方が近いようだった。
 流木を、押し引きしてあやつりながら、斜め右に方向を変えた。
 さらに五、六十間(百メートル前後)ほども流されたあと、ようやく木の枝が張り出した右岸に、流れ着いた。
 同時に、川底に足が触れた。
 流木を押しやり、自力で張り出した枝に手をかけて、川岸によじのぼった。
 しばらく、砂地に身を横たえていたが、さらに川の水かさが増したらしく、足の先がまた濡れ始めた。
 力を振り絞って、小高い土手の下の草地まで、這いずって行く。
 息が整うまで、そこでしばらく体を休めた。
 どこかで、木の枝が折れるような、乾いた音がした。

第一章

 草むらを、すかして見る。
 トウオムアは、息子のサモナサを体の下に押さえつけ、息を殺して気配をうかがった。 土手の下に横たわった男は、少し前に川から這い上がって来たのだ。
 そのまま、立ち上がれないところをみると、長い距離を流されて来るかして、体力を消耗しきったのだろう。ただし、まだ息はあるようだ。
 日焼けした顔に、濡れそぼった鹿皮服を身につけた姿からも、ペイル・フェイス(白人)ではないようだった。風体をみるかぎりでは、メキシコ人らしい気もする。
 あるいは、コマンチと同じく平原を移動して暮らす、シャイアンかスーの一族かもしれない。
 少なくとも、ジョシュア・ブラックマンの、手の者ではないだろう。
 トウオムアこと、ダイアナ・ブラックマンは、そのジョシュアの娘だった。れっきとした白人の家系で、もともとはアイルランド系移民の血筋だ、と聞いている。
 ダイアナは十五歳のとき、ニューメキシコ準州の南西端の、シルバー・シティという町の近くにある、ブラックマン牧場を襲ったコマンチ族に、さらわれた。
 さらったのは一族の族長の息子で、トシタベという精悍な若者だった。トシタベは、英語でホワイト・サン(白い太陽)を意味する、とあとで知った。
 集落へ連れて行かれたあと、ダイアナは当然のように、トシタベの新妻の座に、据えられた。いやも応もない、問答無用の婚姻だった。
 トシタベは、妻の英語名のダイアナが〈月〉をあらわし、ブラックが〈黒〉を意味すると知って、コマンチ名をトウオムア(ブラック・ムーン)と名付けた。
 一緒に暮らし始めてから、白人の娘を妻に持つのはインディアンにとって、特別なことを意味すると分かった。
 敵対する白人社会の女を捕らえ、妻にして奴隷のように支配するインディアンは、それだけでいちだん高い存在に見られるのだ。
 むろんダイアナも、しばらくのあいだは夜昼を問わず、脱走の機会をうかがった。
 しかし、トシタベや周囲の監視の目は厳しく、なかなか機が巡ってこない。
 やがて、一族とともにバファロー狩りで、あちこち平原を移動するうちに、一人で脱出しても助かる見込みはない、と悟った。
 地図もなく、方角も道筋も水場の場所も知らず、食料を手に入れるすべもない。
 そんな状態で、無人の草原や砂漠をあてもなくさまよっても、もとの牧場にもどれるわけがない。遅かれ早かれ、どこかでみじめにのたれ死にして、コヨーテのえじきになるのが、関の山だ。
 それよりは、とりあえずコマンチとの生活に順応して、様子をみるのが得策だと考え直した。そうこうするうちに、脱走する機会が訪れるかもしれない。
 そのためには、まずトシタベに対する態度を、変える必要がある。
 夫につかえて、一日中よく働き、いっさい口答えをせず、あくまで柔順な妻として、振る舞わなければならない。
 ダイアナの名を捨て、自分はトウオムアだと言い聞かせた。
 実際、そうすることでダイアナ、いやトウオムアにも、生き甲斐がもどった。
 そうした変化に気づいたのか、トシタベもだんだんとトウオムアに、やさしく接するようになった。
 それどころか、ほかのコマンチの男たちと違って、妻をだいじに扱い始めた。
 ことに、族長が死んでトシタベがその座を引き継ぐと、仲間の者たちもトウオムアに対する態度を、あらためるようになった。
 意外にも、トシタベも含めて一族の中には、白人の言葉を解する者が少なくない。白人の密売商人を相手に、バファローの皮を銃や酒と交換取引するうちに、自然に覚えたらしい。
 それを知って、トウオムアもコマンチの言葉を覚えるかたわら、トシタベや一族の者たちに、英語を教えた。
 五年ほど前に、息子が生まれてからはさらに状況が変わり、トウオムアに接する周囲の態度も、さらに温かみを増した。
 ちなみに、物作りが巧みなコマンチの女は、珍重される。
 生まれつき、トウオムアは手先が器用だったから、女たちの見る目も大いに変わった。 トウオムアは、トラヴォイ(馬に引かせる搬送用具)の組み立てや、幼児を入れる保育器の製作、またティピー(三角錐の住居用テント)の皮の裁断、縫製などを巧みにこなした。
 それだけではない。
 牧場育ちで、生来運動神経の発達したトウオムアは、男の戦士に交じって乗馬、弓や棍棒(こんぼう)の扱いを覚えた。また、子供のころからなじんでいた射撃にも、抜群の腕を発揮した。
実戦の経験はないが、いまやコマンチの戦士と戦っても、いい勝負をする自信がある。
 そのため、女だけでなく男たちのあいだでも、一目置かれるようになった。
 息子のサモナサ(テン・スターズ=十の星)が生まれてから、あまり荒っぽいまねはできなくなったが、それでもわざが衰えないように、戦闘の訓練は怠らなかった。どこで、どう役に立つか、分からないからだ。
 コマンチと暮らし始めてから、すでに十年がたつ。
 ブラックマン牧場での、父親や使用人に囲まれた窮屈な生活も、すっかり遠いものになってしまった。
 今では、父親のジョシュアにこき使われたあげく、若くして死んだ母親アンの苦労を思い出すと、トシタベ、サモナサを含むコマンチとの生活の方が、よほどしあわせに感じられる。
 父親は何がなんでも、母親に跡継ぎの息子を生ませようと、やっきになっていた。
 しかし、母親はダイアナを生んだあと、子供のできない体になったらしく、その後妊娠する気配がなかった。
 業を煮やした父親は、牧場からいちばん近いシルバー・シティに行き、酒場女に息子を生ませようとさえした。
 九歳で母親に死なれ、父親との生活にいやけが差していたこともあって、トウオムアは年とともに、コマンチから逃げたいという気持ちを、失ってしまった。
 それが、まさか今度のようなかたちで、コマンチの集落を出ることになろうとは、予想もしていなかった。
 しかしそれも、いっときのことだ。いや、そうあってほしい。
 ふと、土手の下に横たわった男の手足が、わずかに動いたことに気づく。
 体を起こそうとしているようだ。
 それを見て、不安になる。ここでもし、男が土手の上によじのぼったりすると、父親が差し向けた追っ手たちの、目に留まる恐れがある。
 追っ手は、少なくとも三人いた。
 男に気づいて、連中がこちらへやって来れば、自分たち母子も見つかってしまう。
 トウオムアは、体の下にいるサモナサの耳に、ささやきかけた。
「ここで、じっとしてるんだ。声を出すんじゃないよ」
 サモナサがうなずくのを確かめ、トウオムアは岸辺の木の茂みを忍び出ると、男のそばへ這い進んだ。
 夕方とはいえまだ明るく、夏の日差しは焼けるように暑い。乾いていた汗が噴き出し、ほとんど間をおくことなく、すぐ蒸発していく。
 草地に伏せた男が、トウオムアの這い寄る気配を察したのか、顔を上げてこちらを向いた。
 そのとき、土手の向こうでかすかに二つ、三つと蹄(ひづめ)の音がした。
 トウオムアは、しっと唇から小さく合図の息を漏らして、人差し指を立てた。
 男はそのまま、ゆっくりと横顔を草の上に落とした。瞳だけは動かさず、トウオムアを見返してくる。
 目の光から、警戒してはいるものの、敵意はないと分かる。
「そのまま、動かないで」
 短く、コマンチの言葉でささやくと、男は理解できないというようにまばたきして、小さく首を振った。
 今度は同じことを、英語で繰り返す。
 それを聞くと、男は唇をわずかに動かした。
「分かった。土手の向こうに、だれかいるぞ。蹄の音からすると、二人か三人だろう」
 かたことではあるが、男が英語を理解すると分かって、ほっとする。
 それよりも驚いたのは、土手の向こう側で馬の気配がしたのを、男が指摘したことだった。ふつうの人間には、よほど注意を集中しなければ気づけない、微妙な気配なのだ。
 それを鋭く感じ取ったとすれば、この男はただ者ではない。やはり聴覚の鋭い、インディアンなのか。
 見たところ、自分よりだいぶ年上だ。十歳近く、離れているだろう。
 男がささやく。
「追われているのか」
 トウオムアは、ためらった。
 相手の男の目は、鋭く強い光を放っているが、どこか澄んだものを感じさせる。なぜか分からないが、信頼できそうな気がした。
 トウオムアは、うなずいた。
「ええ。息子と二人で、逃げる途中なの。息子は後ろの、木の茂みに隠れているわ」
 そう応じると、男は軽く眉をひそめて、ささやき返した。
「追っ手が、これほど近い距離のうちにいるなら、こちらの気配に気づかぬことはあるまい。機先を制した方が」
 言い終わらぬうちに、背後でかん高い叫び声が起きる。
「マミー、ナアベアー(母さん)」
 トウオムアは跳ね起き、とっさに腰のベルトに差した拳銃を、引き抜いた。身をかがめたまま、背後に向き直る。
 向かいの茂みががさがさと揺れて、手足をばたばたさせるサモナサの姿が、ちらりとのぞいた。
 その胴を後ろから抱き締める、手首に黒革のカフをした男の腕が、見え隠れする。
「撃てるものなら、撃つがいいぜ。このがきを死なせたくなかったら、拳銃をこっちへほうり投げろ」
 茂みの中から男が言い、それを追うように土手の上から、別の声がする。
「言われたとおりにしろ、ダイアナ。あんたを、撃ちたくねえからな」
 見上げると、別の男が二人並んで拳銃を構え、土手から半身をのぞかせていた。
 一人は、口髭を唇の脇まで長く垂らした、顔の長い男。
 もう一人は、片耳がちぎれたようになくなった、丸顔の男だ。
 背筋に、緊張と絶望の信号が、鋭く走る。集落にやって来た、追っ手の三人組に、間違いない。
 トウオムアは躊躇したものの、しかたなく拳銃を木の茂みへ投げ捨てた。見知らぬ、鹿皮服の男に気を取られたせいで、先手を取られてしまった。
 後ろで、その男が草地から体を起こして、立ち上がる気配がする。
 土手上の髭面の男が、すばやくトウオムアの背後に、銃口を巡らした。
「動くんじゃねえ。おまえはだれだ。この女の仲間か」
「違う。ついさっき、ここを通りがかっただけだ。というか、流れ着いただけだ」
 男の、かたことの口調はさっきと変わらず、落ち着いている。
 トウオムアは、男をちらりと振り向いた。
 男が、襟元の手を口元に上げ、唇を動かすのが見える。
「拳銃を捨てろ」
 片耳の、もう一人の追っ手が言うと、背後の男は唇をほとんど閉じたまま、くぐもった声で応じた。
「拳銃は、持ってない。見れば分かるだろう」
「腰に差しているのはなんだ」
「サーベルだ」
 そのやりとりのさなかに、茂みの中の男がサモナサの胴を抱え上げ、土手をのぼり始める。
 サモナサは、手足をばたばたさせて暴れたが、男はかまわず土手をのぼり続けた。
 トウオムアが、反射的にあとを追おうと踏み出すと、土手の上から口髭の男が、拳銃を向け直す。
「おっと、待ちな。撃ちたくはねえが、めんどうを起こすつもりなら、遠慮しねえぞ」
 小さくののしって、トウオムアは足を止めた。
 命は惜しくないが、ここで死ねばサモナサを助け出すことが、できなくなる。
 ここはひとまず、あきらめるしかないだろう。生きてさえいれば、サモナサを取りもどす機会は、かならず巡ってくる。
 口髭の男が、トウオムアに銃口を向けたまま、サモナサを運び上げる男に呼びかけた。「ソルティ。そのがきを馬に乗せたら、ザップと一緒に一足先に行け。おれはすぐに、あとを追う」
 並んでいた、ザップと思われる片耳の男が、拳銃を引く。
「オーケー、マック。おまえの馬は、用意しておくぜ」
 ソルティというらしいカフの男が、サモナサを土手の上に引きずり上げた。
 サモナサは、トウオムアに目を据えたまま、もう叫ばなかった。
 五歳とはいえ、誇り高いコマンチの男なのだ。いつまでもじたばたして、助けを求めたりはしない。
 かならず助けてあげる。
 その思いを込めて、トウオムアはサモナサに、うなずいてみせた。サモナサも、うなずき返す。
 マック、と呼ばれた口髭の男は、用心深く拳銃を構え直して、トウオムアを見た。
「悪く思うなよ、ダイアナ。おまえの息子を、無事にブラックマン牧場へ連れて帰りゃ、ミスタ・ブラックマンから千五百ドルの金が、もらえるんだ。だれも殺さずに、一人当たり五百ドル手にはいるとなりゃ、願ってもねえ仕事だろうが」
 トウオムアは、唇の内側を噛み締めた。
 孫の誘拐に、たったの千五百ドルか。大金には違いないが、大金持ちの父親からすればただ同然の、はした金にすぎない。
 土手の上からソルティ、ザップとサモナサの姿が消えて、マックだけが残る。
 ほどなく、馬をスタートさせる掛け声が空に響き、砂地を駆け去る蹄の足音が聞こえてきた。
 マックは、それからしばらくあいだをあけて、おもむろに口を開いた。
「二人とも、そこでちっとのあいだ、おとなしくしてるがいいぜ。おれがいなくなる前に、土手の上へ顔を出したりしたら、容赦なく弾を食らわせるから、そのつもりでいろ」
 マックが後ろへさがり、姿が見えなくなる。
 トウオムアは、さっきまで隠れていた茂みに飛び込み、投げ捨てた拳銃を拾い上げた。 土手に飛びついて、滑りながらも猛然と駆け上がる。
「待て」
 背後で、鹿皮服の男がくぐもった声で言い、あとを追って来る気配がした。
 トウオムアはかまわず、手足を使って崩れかかる土手を、必死に這いのぼった。コマンチは、マックの威(おど)しにあっさり乗るほど、おひとよしではない。
 土手をのぼりきると、百フィート(約三十メートル)ほど先にこんもりと茂る木立が見え、マックはその中ほどの細い道に、馬を乗り入れようとしていた。
「マック」
 トウオムアは呼びかけ、銃口を上げた。
 マックが体をねじり、手にした拳銃を向けてくる。
 トウオムアは迷わず、引き金を引いた。

ブラック・ムーン

Synopsisあらすじ

新選組副長・土方歳三は箱館で落命した――はずだった。記憶を失った土方は、内藤隼人と名を変え、米国西部へと渡っていた。彼の命を狙う元・新撰組隊士との死闘の末、ラヴァ・フィールズの断崖から落下した隼人だったが……。
逢坂剛が放つ、究極のエンターテイント・”賞金稼ぎ”シリーズ!

Profile著者紹介

逢坂 剛

1943年東京生まれ。80年『暗殺者グラナダに死す』でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。86年に刊行した『カディスの赤い星』で直木賞、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2013年に日本ミステリー文学大賞、15年には『平蔵狩り』で吉川英治文学賞を受賞。本作は『果てしなき追跡』『最果ての決闘者』につづく“賞金稼ぎ”シリーズの第3弾。

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