もぐら新章 波濤第一九回

第3章


 竜星は、真昌の父、安里真栄が入院したと聞いて、学校からいったん家に帰って着替え、紗由美が用意した果物カゴを持って、名城バイパス沿いにある大病院を訪れた。
 南部地域の医療を支える基幹病院で、外科や内科はもちろん、リハビリテーションセンターもある。
 竜星は受付で手続きを済ませ、四階南側の病棟を訪れた。
 真栄は、給湯室に近い病室に収容されていた。ノックをし、引き戸を開く。
 四人部屋だったが、手前の二床は空いていた。奥の左右のベッドはカーテンで仕切られている。
 竜星はそろりと奥へ進んだ。左手のカーテンの隙間に、真昌の母の姿が見えた。
「失礼します」
 カーテンの奥を覗く。
 ベッドの脇に、真昌本人と真昌の母、喜美(きみ)が座っていた。
「おー、竜星。来てくれたんか」
 真昌が笑顔を向ける。
「うん。おばさん、ご無沙汰してます」
 竜星は一礼して、中へ入った。
「わざわざ、ありがとうね」
「いえ。これ、母からです」
 竜星は紗由美から預かった果物カゴを喜美に渡した。
 喜美は笑みを浮かべて立ち上がる。その目は腫れていて、クマもひどい。疲れた様子だった。
「ありがとう。紗由美ちゃんにもよろしく伝えといてね」
「はい」
 竜星は頷き、ベッドに横たわる真栄の姿に目を向けた。
 頭には白い包帯が巻かれていた。点滴の管が腕に通され、酸素マスクを付け、苦しそうに眉間に皺を寄せ眠っている。
「おじさん、どうですか?」
「ケガがひどくてね......」
 喜美の涙袋が膨れる。
 竜星は顔を伏せた。
「まあ、大丈夫だよ。うちのクソ親父は、この程度のケガでくたばりゃしねえ」
 真昌が気丈(きじょう)に笑う。その顔にも心労が滲んでいた。
「母も、仕事が落ち着いたらうちのおばーと見舞いに来たいと言っているので、帰ったら様子を伝えておきます。長居しても悪いので、失礼します」
 竜星は頭を下げ、踵を返した。
 病室を出る。と、真昌が追ってきた。
「竜星、急ぐんか?」
「いや、大丈夫だけど」
「ちょっと付き合え」
 エレベーターホールへ歩きだす。
「おばさん一人でいいのか?」
「平気平気。二人で張りついてても息が詰まるだけだからさ」
 エレベーターに乗り込み、一階へ降りる。
 二人はコーヒーショップでコーヒーを買い、病院の外に出た。玄関脇のベンチの端に並んで座る。
 真昌はコーヒーを一口飲んで、大きく息をついた。
「楢さん、朝に顔出すって言ってたけど、来たんか?」
「ああ、午前中に駆けつけてくれたんだけどな。県警の比嘉さんも一緒だった」
「警察が? 比嘉さんって、本部の組対の人じゃなかったっけ」
 竜星の言葉に、真昌が頷く。
「見舞いに来た後、少し楢山さんから話を聞いたんだけどな。親父らは、小波蔵交差点のあたりで襲われたらしい。隣のベッドもカーテンが閉まってたろ」
「ああ」
「あそこには、浦崎さんっていう人が寝てる。昨日、親父は浦崎さんと出かけてて、帰りに襲われたんだと。浦崎さんは親父より重傷だ。それなのに、現場から血だらけのまま親父を抱えて、歩いて病院まで来たと言ってた」
「すごいな......」
「浦崎さんはすげーよ。楢山さんや金武先生も強えけど、浦崎さんも南部じゃ最強だからな」
「あー、ひょっとして、真栄里の浦崎さんか?」
「そうそう。おまえ、那覇に行っちまったから会う機会もなかっただろうけど、オレは、親父も浦崎さんも農家やってる関係もあって、ガキの頃から知ってる。ちっこいんだけど、ゴリラみてえな人で、中学生の頃、ビンタ食らった時は吹っ飛んだもんなー」
「そんなにか!」
「そんなにだ」
 真昌はコーヒーを飲んで、喉を湿らせた。
「そんな浦崎さんがめった打ちされてんだもんな。ホントに急襲されたんだよ」
 話しながら、カップを握る。
「それにな......。おまえ、楢山さんから何か聞いてねえのか?」
「いや、楢さん、朝出たっきり、帰ってないんだ。何か、他にもあったのか?」
「うーん......」
 逡巡して、手元を見つめる。少しして、やおら顔を上げ、竜星に顔を向けた。
「比嘉さんと楢山さんが話しているのをちらっと聞いたんだけどな。親父らが襲われた現場で死体が見つかったんだと」
「えっ」
 竜星は目を見開いた。
「ぼっこぼこにされた車とか、血まみれの目出し帽とか、折れた歯なんかも見つかってるらしい。近くの畑には別の死体があって、浦崎さんの指紋が付いた血まみれの曲がった金属バットも見つかったんだと」
「まさか、浦崎さんが殺したのか?」
 竜星の眉根は寄せた。
「浦崎さん、普段は優しいんだけど、怒ると手が付けられねえところがあってな。酒が入るとなおさらだ......」
 手元を見たまま、深く息をつく。
「......いや、でも、おかしいな」
 竜星が気づいたように上を向いた。
 真昌が竜星を見やる。
「何がだ?」
「暴漢に襲われて、返り討ちにしたという話なら、強盗や殺人だから、捜査一課の人が来るはず。けど、来たのは組対の比嘉さんだろ? 組対は銃器とか外国人犯罪とか暴力団関係の事件を扱うところだ。なんで、ただの暴漢の事件に組対が来てるんだ?」
 最後は、自分の疑問を口にしていた。
「そんなの、知らねえよ」
 真昌はまた深く息をついた。
「もうすぐ、島ニンジンの収穫時期なのに。親父いないのはまいったな。母ちゃんも親父に付きっきりだろうし」
 島ニンジンは、方言で黄色い大根を意味する〈チデークニ〉と呼ばれる沖縄特産のセリ科の冬野菜だ。
 見た目はゴボウに似ているが、あっさりとしている。カロテンを多く含む滋養食で、豚のレバーと共に鰹出汁で煮込んだ〈チムシンジ〉という汁物は冬の定番でもある。
 夏時期に種を蒔き、十一月から二月末頃までに収穫される、沖縄では代表的な冬野菜だった。
「おじさん、そんなに悪いのか?」
「命に別条はないって話なんだけど、頭やられてるから、後遺症が出るかもしれねえって」
 真昌は目を伏せた。
「大丈夫。おまえも言ってただろ。おじさん、そんなにヤワじゃないって」
「......だな」
 真昌はうつむいたまま、笑みを覗かせた。
「島ニンジンの収穫、僕も手伝うよ」
「いいよ。おまえは学校があるだろ?」
「おまえだって、学校じゃないか」
「オレはいいんだよ。行っても行かなくても変わんねえし」
 真昌が自嘲する。
「なんかあったら、遠慮なく言ってくれよな。わったー、いちばんどぅしやくとぅ」
「おっ、おまえが島言葉使うの、めずらしいな」
 真昌が笑顔になる。
 竜星は、僕らは親友だから、と言った。
「たまには、な」
 照れ笑いを覗かせる。
「そうするよ。にふぇーでーびる」
 真昌は素直に、ありがとう、と伝え、コーヒーを飲んだ。

もぐら新章 波濤

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。ひょんなことから、暴力団組織・座間味組が手がける犯罪に巻き込まれ、かつて父・竜司とともに数々の難事件にあたってきた仲間たちとともに事件解決に乗り出した竜星は、度重なる危機の中で亡き父から受け継いだ「最強の血」を覚醒させる。(『もぐら新章 血脈』2018年3月刊)

座間味組を解散に追い込んで一年余、高校三年生の竜星は平穏な日々を送っていた。ところがそこに、かつて座間味組の武闘派グループを率いていた最凶の男・綱村啓道が刑務所から出所しようとしていた……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が100万部を突破しブレイクした。他の著書に、「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「カミカゼ 警視庁公安0課」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー