もぐら新章 波濤第一一回

第2章(続き)


 その夜、生長と那波は、令子行きつけの四谷(よつや)の料亭に呼ばれた。
 駅からはずいぶん離れた場所にある住宅街の一角だ。看板も掲げられていない。
 木戸門(きどもん)の奥には日本家屋があり、五つの和室がある。
 令子たちは庭園沿いの廊下を進んだ最奥の部屋にいた。
 那波は令子の隣にいて、まめに酌(しゃく)をしたり、料理を頼んだりしている。対面には生長が陣取り、徳利のまま酒を呷っていた。
 一通り腹を満たした頃には、生長も少しできあがっていた。
「うるせえな、うちの先生は」
 生長が徳利の酒を飲み干した。早めに用意していた新しい徳利を手に取る。
「そんなものよ、うちの御輿は」
 令子は言い、猪口(ちょこ)を傾けた。すかさず、那波が酌をする。
「でも確かに、あまり悠長に構えていると、南部の独占開発も難しいかもしれないですね」
 那波は徳利を座卓に置いた。
「どういうこと?」
 令子が訊く。
「ちょっと聞こえてきたんですよ。噂程度なんですが、北部を開発している業者連合が、県の観光課と、中・南部開発についても計画を進めているのではという話です」
「先生や佐東からは何も聞いていないけど」
 令子が言う。
「おそらく、まだ県の観光課と話をしているだけという段階なのだと思います」
「確かなのか、その話は?」
 生長は那波を睨んだ。
「また知り合いの派遣会社が北部開発に参入していましてね。そいつからの話なので、噂の域は出ないものの、火のないところに煙は立たないと言いますし。もし、水面下で実際に動いているとなれば、こっちが出し抜かれることにもなりかねませんよ」
 那波は話し、自分も猪口の酒を飲み干して、手酌で注いだ。
「困ったわね。なんとかならない、生長さん」
 令子が生長を見やった。
「まったく......ヤツも頑固だからな」
 苛立った様子で徳利を傾ける。口辺から酒があふれ、ワイシャツを汚すが、生長はまったく気にかけない。
 中身をすべて飲み干し、座卓に手をついてうなだれ、深く息を吐いた。
 酒臭い息が那波の元まで流れてくる。那波は少し顔をしかめた。
 と、いきなり、生長が座卓を叩いて、顔を上げた。
「すみません!」
 那波が思わず謝る。
「何言ってんだ?」
 生長は那波をひと睨みした。
「あ、いえ......いきなり、大きな音がしたもので......」
「この程度でビビるな」
 生長は言い、令子に目を向けた。
「沖谷、かき回すか?」
「かき回すとは?」
 令子が生長を見返す。
「綱村が動かねえのは、南部の連中に恨みがねえからだ。組再建のためとはいえ、金で動くのは矜恃(きょうじ)に反するんだろう。だから、ヤツがどうにも動きたくなるように仕向けてやるんだよ」
「何をするつもりですか」
 那波が恐る恐る訊ねる。
「ヤツは、仲間のためなら動く。だから、元座間味の誰かを抱き込んで、反対派にぶつけてやる」
「騒ぎを起こすというんですか!」
「まごまごしてるわけにはいかねえんだろ? なら、こっちから仕掛けねえと、何も動かねえぞ」
「でも、騒ぎは......」
「いいんじゃない?」
 令子が言った。
「だろ?」
 生長が片笑みを滲ませる。
「どんな感じで騒動を起こすつもり?」
「元座間味のヤツに、反対派のリーダーを襲わせる」
「殺すんですか!」
 那波が目を見開いた。
「バカ野郎、殺しゃしねえ。何度か脅して、ヤツらが手を引けば好都合」
「手を引かなかった場合は?」
 令子が訊く。
「考えてある」
 生長は笑みを濃くした。

もぐら新章 波濤

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。ひょんなことから、暴力団組織・座間味組が手がける犯罪に巻き込まれ、かつて父・竜司とともに数々の難事件にあたってきた仲間たちとともに事件解決に乗り出した竜星は、度重なる危機の中で亡き父から受け継いだ「最強の血」を覚醒させる。(『もぐら新章 血脈』2018年3月刊)

座間味組を解散に追い込んで一年余、高校三年生の竜星は平穏な日々を送っていた。ところがそこに、かつて座間味組の武闘派グループを率いていた最凶の男・綱村啓道が刑務所から出所しようとしていた……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が100万部を突破しブレイクした。他の著書に、「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「カミカゼ 警視庁公安0課」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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