もぐら新章 波濤第九回

第2章(続き)


 綱村は、生長が用意したホテルにいた。臨海地区にある立派なホテルの上階スイートルームだ。
 東京湾を一望でき、部屋数が五つもある広い部屋だが、綱村は景色を楽しむこともなく、カーテンを閉め切った一室でひたすら寝ているだけだった。
 ドアがノックされた。
「はい」
 寝転がったまま、野太い声で返事をする。
 ドアが開き、生長が顔を出した。
「なんだ、まだ寝てんのか」
「務め疲れが出ちまったみたいで」
 綱村はやおら巨体を起こした。ベッドが軋む。
 裸足のまま部屋を出た。リビングに向かう。生長が眺望を背に、窓際のソファーに座っている。
 綱村は向かいのソファーに腰を下ろした。窓から射し込む陽光が眩しく、目を細める。
 ソファーの肘掛けに両腕を置き、深くもたれ、あくびをした。
「おまえ、俺の差し入れにも手を付けてねえようだな」
 生長が言う。
 差し入れとは、女のことだ。
 生長は、息のかかった風俗店から毎晩のように違う女を寄こすが、綱村は女体で気を紛らわせる気分にはなれなかった。
「飲みにも出ねえし。少しは遊ばねえと、干からびちまうぞ」
「落ち着かねえんで」
 綱村は素っ気なく言った。
 生長は小さく息をついた。
「今すぐ、どうこうできる話じゃねえんだ。いっぺん落ち着けと言ってるだろうが」
「叔父貴なら落ち着けますか? 波島が素人に潰されて」
「そりゃ、わかるがな。前も言ったように、短絡的に動きゃあ、何もかも崩しちまう。いい加減に気づけ」
「わかってますよ」
 綱村がかすかな苛立ちを覗かせる。
「まあいい。で、俺らと組む決心はついたか?」
 生長が訊いた。
 二日前、このスイートルームに生長の他、沖谷令子という女と那波哲人という男が訪ねてきた。
 そこで、南部開発に関する話を聞いた。
 観光開発事業としての絵図としてはおもしろい。儲かりそうなニオイはする。
 が、いろいろとひっかかっていた。
 まず、エージナ島の御嶽を潰すという話だ。
 綱村自身は本土から来た者だったが、古謝や座間味組にいた者たちは地元出身者が多かった。
 組長を始め、地元の者たちは、どんなに抗争が激化しても、御嶽の前では暴行を行なわなかった。むしろ、御嶽を冒そうとする者がいれば、敵味方関係なく、協力してその無礼者を排除した。
 それほどまでに、沖縄の人々にとって、御嶽は大切な場所だということを、綱村は肌身に染みて知っている。
 そこを潰し、観光地化するということに今ひとつ納得がいっていない。
 もう一つは、生長も懸念する喜屋武の人間と争うことになるという点だ。
 むろん、抗争となれば、喜屋武の人間と一戦交えることもいとわない。
 しかし、それは、争いに〝理〟があればのこと。
 生長たちの話は、一見、沖縄全体や南部の人々のことを考えているように聞こえるが、実態はただの利害だ。
 そこに〝利〟はあっても、〝理〟があるようにはどうしても思えない。
「もう少し、考えさせてもらえませんか」
「いつまで考えても、やることは変わらねえ。こういうときは、サッと決断して、とりあえずやってみるって姿勢が大事じゃねえか?」
 生長が言う。
 落ち着けと言ったり、とりあえずやれと煽ってみたり、生長の言うことに一貫性はない。
 元々、生長がそういう男だとは知っている。が、自分が担いだ親の兄弟だ。無下にするのも義理を欠くことになる。
「まあ、ゆっくり考えろ......と言ってやりたいところだが、こっちにもスケジュールってもんがあるんでな。来週の月曜までに決めてくれ」
「わかりました」
 綱村が言う。
 生長は首肯し、立ち上がった。
「欲しいもんがありゃあ、連絡しろ。うちのもんに届けさせる。遊びに行きたくなった時も言え」
「ありがとうございます」
 綱村は太腿に手を突き、頭を下げた。
 生長が部屋から出ていく。
 ドアが閉まる。
 綱村はドアを見据え、太腿に置いた拳を握った。

もぐら新章 波濤

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。ひょんなことから、暴力団組織・座間味組が手がける犯罪に巻き込まれ、かつて父・竜司とともに数々の難事件にあたってきた仲間たちとともに事件解決に乗り出した竜星は、度重なる危機の中で亡き父から受け継いだ「最強の血」を覚醒させる。(『もぐら新章 血脈』2018年3月刊)

座間味組を解散に追い込んで一年余、高校三年生の竜星は平穏な日々を送っていた。ところがそこに、かつて座間味組の武闘派グループを率いていた最凶の男・綱村啓道が刑務所から出所しようとしていた……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が100万部を突破しブレイクした。他の著書に、「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「カミカゼ 警視庁公安0課」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー