もぐら新章 波濤第三回

第1章(続き)


「真昌(しんしょう)! もう、終わりか!」
 金武(きん)の道場の指導者の一人、島袋(しまぶくろ)の声が響いた。
「まだまだ!」
 倒れていた安里(あさと)真昌は立ち上がって構え、島袋を見据えた。
 すぐさま、左右の突きを繰り出し、間髪を容れず、右上段蹴りを放つ。
 島袋は真昌の攻撃を見切り、うまく防御している。
 それでも真昌は、前へ前へと攻め手を止めなかった。
 真昌は、竜星が一人で座間味組に殴り込んだという話を聞き、楢山や金武と共に乱闘現場に乗り込んだ。
 現場は、銃弾飛び交い、刃物が舞う修羅場だった。
 楢山や金武、道場で指導を行なっている島袋たちは、一歩間違えば死は免れない状況を前にしても臆さず、突っ込んでいった。
 が、真昌自身は、勢い込んで出向いたものの、あまりの殺気と怒号に怯み、踏み込む足を止めた。
 親友の一大事であることはわかっていながらも、恐くて、足が動かなかった。
 その後、他の仲間も入っていったので、合わせるように中へ飛び込んだ。
 そこから先のことは、よく覚えていない。
 夢中で敵を倒し、竜星の姿を探して、奥へ奥へと進んだ。
 騒動が収まり、竜星と共に渡久地巌(とくちいわお)を抱えて外へ出る時、周りの状況を見て、再び恐怖が込み上げてきて、震えた。
 それに気づいた巌は、怖いのは当たり前だと言い、よくがんばったと褒めてくれた。
 巌のような伝説の男に褒めてもらえたことはうれしかった。が、一方で、いざという時に怯んだ自分が情けなかった。
 自分がもう少し強ければ──。
 その思いが、真昌を稽古へ向かわせていた。
「おら、もっとこい!」
 島袋が挑発する。
「うりゃあああ!」
 真昌は道場に響くほどの声を張り上げ、突きと蹴りを繰り出した。息が上がり、口が少し開く。それでも攻撃を止めない。
 攻撃に押され下がっていた島袋が足を止めた。そして、腰をひねり、右上段蹴りを放った。
 真昌は左顔面の横にクロスした腕を立てた。
 瞬間、島袋は右脚を下ろし、左前蹴りを放った。避けられない。
 島袋の足底(そくてい)が真昌の腹部にめり込んだ。
 真昌は息を詰め、よろよろと後退して、そのまま尻もちをついた。腹を押さえて咳き込んだ。
 それでも右手をついて、立ち上がろうとする。
 金武が声をかけた。
「よし、今日はここまで!」
 組み手をしていた者たちが動きを止めた。互いに礼をし、それぞれ道場の隅に行き、帰宅の準備を始める。
 真昌はその場に座り込んだ。あぐらをかいてうなだれ、両肩を上下させて息を継ぐ。
 楢山が杖を突いて歩み寄った。真昌の横に座る。
「ほら、飲め」
 タオルと共に、スポーツドリンクのペットボトルを渡す。
「ありがとうございます」
 真昌は受け取り、ドリンクをぐびぐびと飲んだ。大きく息をついて、タオルで顔に噴き出した汗を拭った。
「楢山さん......」
「なんだ?」
「オレ、格闘技の才能ないんですかね」
 真昌はペットボトルを握り、うなだれた。
「才能という点では普通だな。大きいわけでもないし、俊敏なわけでもない」
「やっぱ、そうですよね......」
「おまえ、誰と比べてんだ?」
 楢山が訊く。
「竜星とか、益尾さんとか。楢山さんや金武先生も」
「おまえはバカか」
 楢山は笑った。
「笑わねえでくださいよ!」
 真昌がふくれっ面で睨む。
「笑わいでか。俺や金武とは体格が違いすぎる。竜星はおまえも知っての通り、センスの塊だ。比べたって仕方ねえだろう。ただ、益尾はちょっと違うかな」
「益尾さんが? あの人もセンスの塊じゃねえですか」
「まあ、センスがないとは言わんが、あいつこそ、努力の賜物だ」
「益尾さんが努力の人?」
「ああ。初めて会った時は、おまえよりひょろっとしてた。竜司に一喝されりゃ、ビビって動けなくなるほど小心者だった。けどな。あるきっかけで変わった」
「なんなんですか?」
 真昌が身を乗り出す。
「死にかけたんだよ。犯罪者に一人で向かっていってな」
 楢山は、益尾が無謀にも一人で自衛隊上がりの犯人にかかっていき、刺され、集中治療室で生死を彷徨(さまよ)った時のことを思い出していた。
「すげえ......」
「すごくねえよ。自分でなんとかしなきゃならないと意気込んだところまでは褒めてやるが、そこから先の選択は無謀。力の差は歴然だったのに、あいつはかかっていった。で、死にかけた」
 楢山が遠くを見ながら話す。
「それからだな。あいつが本気で強くなろうと鍛え始めたのは。今もあいつの中での修業は続いているようだ」
 やおら、真昌に目を戻した。
「おまえ、こないだの出入り、ビビって、足が止まったろ?」
「......はい」
 真昌がうつむく。
「それでいいんだ」
 楢山が背中を叩いた。あまりの力に、真昌が息を詰める。
「あんな乱闘場はな。普通に生きてりゃ、遭遇しない。できれば、遭遇しない方がいい場面だ。本物の刃物や銃が襲ってくるなんてこと、想像もできないだろう?」
「そうですね。せめて、ケンカでナイフが出てくるくらいで。銃はねえっす」
「おまえの本能が危険を察知したんだ。だから足が止まった。それでいい。危険を承知で突っ込んでいくのは勇気でもなんでもない。足が止まったら、どんな危険が待ち受けているのかを瞬時に考える。その上で、突っ込むか退くかを決断する。おまえはそれを肌身で経験した。この経験をしっかり生かして、今のように本気で稽古を続けていれば、益尾にはなれる」
「マジっすか!」
「道のりは長えがな。がんばれ」
「はい!」
 顔が輝く。真昌は立ち上がって自分の荷物を置いているところまで走り、着替え始めた。
「単純なヤツだな」
 楢山は苦笑し、立ち上がった。
 金武に歩み寄る。
「何を話してたんですか?」
「才能がどうのこうの言うもんでな。益尾の話をしてやった」
「そりゃいいですね。真昌には励みになるでしょう」
 事情を知る金武は深く頷いた。
「楢さん、ちょっといいですか?」
「ああ」
 金武に誘われるまま、道場長の部屋へ入る。普段は事務方の人間もいるが、今は二人だけだった。
 金武はドアを閉め、空いた席に促した。楢山は腰かけ、杖をデスクに立てかけた。
 金武が斜め左の席に腰を下ろす。少しドアの方を見やり、顔を楢山に向けた。
「さっき、県警の比嘉(ひが)さんから連絡があったんです」
「組対の比嘉か? なんだ?」
「綱村啓道(つなむらけいどう)が近々出てくるそうなんです」
 金武が言う。
「誰だ、そりゃ?」
 楢山が訊いた。
「座間味組の組員です。楢山さんがこっちへ来る前に殺人事件を起こして、二十年近く服役していましたが、刑期満了で出てくるようなんです」
「座間味か......。どんなヤツだ?」
「まあ、ヤクザらしいヤクザです。納得いかなければ、暴力でカタをつける。逆らう者にも容赦はない。わかりやすい男ですが」
「凶暴そのものか?」
 楢山の問いに、金武が頷く。
「比嘉さんの話では、座間味が解散したことはまだ、綱村の耳には入っていないそうです」
「知れば暴れるかもしれないということか......」
「間違いないでしょうね。座間味の復活はともかく、潰した人間にはケジメをつけようとするでしょう」
「それで、比嘉は連絡してきたというわけか」
「そういうことです」
 金武が真顔で言う。
「比嘉さんは、ヤツの動きは監視すると言っています。一応、うちの連中にも警戒はさせておきますが」
「竜星か?」
「はい。あいつは、巌の次に単身で乗り込んでますから、残党から綱村の耳には入るでしょう」
「そっちは俺が気をつけておく」
「お願いします」
 金武が言う。
 楢山の眉間に皺が寄った。

もぐら新章 波濤

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。ひょんなことから、暴力団組織・座間味組が手がける犯罪に巻き込まれ、かつて父・竜司とともに数々の難事件にあたってきた仲間たちとともに事件解決に乗り出した竜星は、度重なる危機の中で亡き父から受け継いだ「最強の血」を覚醒させる。(『もぐら新章 血脈』2018年3月刊)

座間味組を解散に追い込んで一年余、高校三年生の竜星は平穏な日々を送っていた。ところがそこに、かつて座間味組の武闘派グループを率いていた最凶の男・綱村啓道が刑務所から出所しようとしていた……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が100万部を突破しブレイクした。他の著書に、「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「カミカゼ 警視庁公安0課」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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