もぐら新章 3第一回

プロローグ

 那覇市前島の外れにあるスナックには、城間尚亮(しろまなおあき)とその仲間がたむろしていた。
 ここは新型コロナウイルスの影響で、半年前閉店した店だ。
 オーナーは夜逃げ同然で経営を放棄し、そこに目を付けた城間が二束三文で買い叩いた箱だった。
 城間は店を開く気はさらさらなく、仲間のたまり場として使っているだけだ。
 店内には空の酒瓶が転がっていて饐えた臭いが充満しているが、城間たちはまったく気にかけていない。
 夜な夜な集っては、怠惰な享楽に耽っていた。
 しかし、今宵は気だるい空気が一変し、店内全体が殺気に満ちていた。
 テーブルや椅子は壁際に追いやられていた。真ん中に一つだけ、カウンター用の足の長い椅子が置かれ、そこに手足を縛られた男が座らされている。
 城間たち四人は、その男を囲んでいた。
 ぐったりとうなだれた男の顔は紫色に腫れ上がり、開いた口からは涎と共にねっとりとした血が垂れ落ちていた。
 男の足下には血だまりができている。
「なあ、重成(しげなり)。そろそろ、首を縦に振ってくんねえかな? 殺しは嫌なんだよ」
 正面にいる城間は男を見下ろした。
 男は痛みに耐えながら顔を上げた。
「ふざけんな......」
 声を絞り出し、城間を睨み上げる。
 城間はため息をついた。
「粘るなよ。こっちには渡久地(とくち)が付いてると何度も言ってんだろ」
 言うと、男は血痰を吐き出した。
「まだ、渡久地の名前で脅そうとしてんのか? 笑わせるな。巌(いわお)は刑務所。泰(やすし)は更生施設。剛(つよし)に至っては、安達(あだち)にやられて廃人状態だっていうじゃねえか。それなのに、巌は何もしなかったって言うしよ。渡久地ブランドはもう地に堕ちたんだ」
 膨らんだ唇を上げ、片笑みを覗かせる。
「渡久地をナメてると、痛い目に遭うぞ」
 城間が見下ろす。
「島にいねえヤツに何ができるってんだ?」
 男はバカにするような視線を向けた。
 城間の両眼がスッと細くなる。
 周りにいた城間の仲間は、城間の目つきが変わるのを見て、一様に顔を強ばらせた。
「すごい人ってのはな。離れていても、マブイ(魂)は通じるものなんだ。教えてやるさー」
 城間は拳を握った。いきなり、右拳で男の左頬を殴りつける。
 血がしぶいた。男の上体が右に傾く。そのまま落ちそうになったところに、城間は左フックを打ち込んだ。
 男の上体が跳ね上がり、今度は左側に傾いていく。そこにまた、右フックを叩き込む。
 また男の上体が右に振れる。
 城間は、男の上体が椅子から落ちないよう、タイミングよく正確に左右のフックを淡々と打ち込んだ。
「出た......。城間さんのメトロノーム」
 男の後ろに立っていた仲松(なかまつ)がつぶやく。
 左右にいた桑江(くわえ)と村吉(むらよし)が仲松の両脇に歩み寄った。
「仲松さん、ヤバいですよ。重成が壊されちまう」
 村吉が小声で言う。
「止めてくださいよ」
 桑江が言った。
 仲松は首を傾け、桑江を睨んだ。
「どうやって止めろってんだ。城間さんのメトロノームを止めたら、こっちが殺されちまう」
 そう言われ、桑江も村吉も押し黙った。

(続く)

もぐら新章 3

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄の暴力団組織「座間味組」や、沖縄の開発利権を狙う東京の「波島組」との戦闘を乗り越えた竜星だったが、親友の安達真昌とともに己の生きる道を模索していた。(もぐら新章『血脈』『波濤』)

そして今、沖縄随一の歓楽街に、不意の真空状態が生じていた。松山・前島エリアに根を張っていた座間味組は解散し、そのシマを手中に収めようとした波島組も壊滅状態。その空隙を狙うように、城間尚亮が、那覇の半グレたちの畏怖の対象だった渡久地巌の名を担ぎ出して、動き出したのであった……。

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が110万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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