持続可能な魂の利用第18話

 東京を代表する大きなデパートに沿った大通りから一本中に入るだけで、まったく違う世界が広がっていることに、いいかげん慣れても良さそうなものだが、ひしめきあった店々がそれぞれ違う明度と濃度を醸し出している光と喧噪の帯には、やはり胸がときめくものがある。
 ここは、一昔前の文化体系のままもちこたえているスナックや洋食屋にも、気後れせずに大人たちが吸い込まれていく街だ。自分は入ったことはないが、趣のある古めかしい洋食店の向かいでは、若いカップルが、たこ焼きチェーンが経営している飲み屋で淡々と飲んでいる。
 とととと前を行く尻尾のつぶれた三毛猫がタイ料理店と居酒屋の間の細い路地に消えていくのを見送ってさらに通りの奥に進むと、ウーバーイーツの大きなナイロンバッグを背負い自転車のサドルをまたいだまま歩いている青年とスーツを着た青年が談笑しながらどこかに向かっている背中が、目当ての店まで前にあった。
 イギリスのパブを模したこの店で、週末、映画を観たあとに時々夕飯を食べる。こういう店にありがちな液晶画面でサッカーの中継が流れていることもないし、もちろん禁煙だ。パソコンや本を広げている一人客が浮くこともない。それにかつて大学の軽音部でブリティッシュポップのコピーバンドをやっていた自分は、この店の雰囲気にひたるとなんだか懐かしさを覚える。フィッシュアンドチップスも好きだし。
 窓側の席で、文庫本を片手にエールをちびちびしていると(アルコールはそんなに強いほうじゃない)、通りを行き交う人々がちらちらと目の端に入る。
 視線を感じてページから顔を上げると、数人のグループの中の一人の女が、通り過ぎざまにこっちにすっと目をやった。窓の反対側まで届く大きな声を出してはしゃいでいる男たちのグループに、真っ黒の髪を長く伸ばしたその女は似つかわしくないようにも見えた。
 少し先にいったところで、グループから遅れるようにして女がまた一瞬こちらを振り返ったので、くすぐったい気持ちになる。自分は同年代の男たちの中では体型もキープしているほうだし、自分で言うのもなんだが、清潔感がある。服のセンスも悪くない。窓越しにひとり本を読んでいる自分の姿が女の目を引くと考えても、あながち自意識過剰というわけでもないはずだと思いたい。
 同僚たちを見ているとよくわかるが、家族のいる男は子どもなんか生まれようものなら、途端に見栄えが悪くなる。妻がそいつのケアをしている場合じゃなくなるからだろう。女が自分のケアをしてくれるはずだとあぐらをかいていると、男は簡単に駄目になる。自分はそんな勘違いはしないし、家族をつくる気もない。悠々自適に生きていきたい。
「いやでも、少子化やばいよな」
「な、俺んとこは子ども2人いるから一応貢献したと思うけど」
「貢献とかキモッ」
「なんかで読んだけど、一家族3人以上つくらないと少子化改善にならないらしいよ」
「なにそれ、ソース出せよ、腹立つな。政治家みたいなこと言ってんなよ」
「でも、やばいのはやばいだろ」
 狭い店内では、特に客が少ないと、他人の会話が筒抜けになる。いつの間に入店していたのか、自分よりも二世代は下であろう若い男たちの話はそこまでうるさくないものの、読書のノイズには確実になるので、アップル社のコードレスイヤフォンをしようかどうか逡巡する。
「どうしようもなくない、そう言われても」
「おまえそんな他人事じゃだめだろ、俺たちの国の未来のことだぞ」
「つば飛ばすなよ」
 自分が彼らの年齢の頃なら、ダサいとされていた服装を、てらいなくオシャレとして身につけている姿に、一瞬時代がわからなくなり、くらっとする。それなりに年をとってみると、かつてはわからなかった、時代は繰り返す、という感覚が、否が応でもわかるようになった。
「そうそう、やっぱ俺らの国の伝統をつないでいかないと」
「そういうノリ、無理なんだよねー」
「ノリ、とかじゃないだろ、大事なことだろ」
「おまえってそんな非国民だったっけ」
 こいつらだって本気で少子化に興味があるわけじゃないのに、意見をぶつけあって、不毛じゃないのだろうか。
 ただ、話題がないだけなのだ。話題がないなら、そもそも集まらなければいいのに。話題がないのに話そうとするから、少子化だの、違う国の悪口だの、べらべら垂れ流すことになる。
 それにしても、昔にくらべて、最近の会話に出てくる単語は、国だの伝統だの非国民だの、妙に物々しいのに、カジュアルに使われていて、面食らう。以前なら、そういう言葉は、限られた人たちが使う言葉で、耳にするとぎょっとしたものだ。今は本当に21世紀なんだろうか。時々、過去に逆戻りをしたように感じることがある。これじゃタイムマシンなんて開発する必要もない。
「それより、明日の会議、うまくやんないと、次やばいぞ」
「わかってる、任せろって」
 彼らが職場の同僚であるという情報を最後に、イヤフォンを装着し、平穏を取り戻したが、自分なら同僚たちと休日まで会うなんてあり得ない。
 男同士の和気藹々とした雰囲気が、昔から自分はあまり得意ではない。だが、合わせることはコツをつかめばわけはないので、そこまで別段不便を感じずに生きていた。スイッチをオン、オフすればいいだけのことだ。ただ、不便を感じないのと、疲れを感じるかどうかは意外と別の問題だ。疲れることは、疲れる。
 いつだったか、電車の中で、自分の前に三十代くらいの男が二人立っていた。背の低いほうの男が何かについて、快活にしゃべっていると、静かに聞いていたもう一人の、背の高いほうの男が唐突に、話を遮るようにして言った。
「てか、おまえ、ニキビすごくね。どうしてそうなったの?」
 あまりにそれまでの話の流れと関係がなかったので、思わず顔を上げてしまうと、確かに、話していたほうの男は、顔の全体にニキビが元気に散っており、ニキビのエネルギーを感じさせる赤ら顔だった。
 背の低いほうの男が驚き一瞬言葉につまっていると、先の尖った革靴をはき、同じように前髪もピンピンと尖らせたもう一人の男は笑いながらさらに続けた。
「さっきから見てたら、ニキビがやばいから、どっか悪いんじゃないかって」
 さっきの快活さが嘘のように、テンションが少なくともワントーンは下がった男がぼそぼそとちょっと忙しくてとかなんとか答えると、もう一人は、
「へー、俺、ニキビとかできたことないからわかんないけど」
 と、バッサリと切った。バッサリと切った、というつもりもないくらい、爽やかに男はそれをやった。
 背の低いほうの男は、意気をそがれたように静かになり、背の高いほうが二人の共通の知り合いらしき誰かの話を意気揚々としはじめた。そのまま、二人は次の停車駅で降りていった。
 本当に若い世代になるとわからないが、今の十代二十代ぐらいになると違うのかもしれないが、これまで自分はこういうシーンに何百回も遭遇しているし、されたことも、場をしのぐためにしたこともある。
 相手が自分よりも低い存在だと暗に示す行為、マウントは、女同士のそれが一時期話題になり、女はこわい、という文脈で語られたが、自分に言わせると、息を吐くようにそれをやるのは、むしろ一般的な男の文化だ。自分たちがマウントという行為をしていることにも気づかず、男がこわいと切り取られることもないまま、無邪気にやり続けている。
 電車の中の男も、快活に話している男の何かが気に入らず、トーンダウンさせようとしたのだろう。そういう男ほど、女が同じことをやると、女はこわいと、ことさら言いつのったりするものだ。
 いじりといじめ、束縛と友情を取り違えたまま、男の文化は何十年も、もしかしたら何百年も、膠着している。
 こういう一つ一つのことにあきれながら、居心地の悪さを覚えながら、それでもその一員として生きていると、こっちだって息抜きが必要になる。一員じゃないふりなんてできるわけがないし、しようと思ったことだってない。輪の中にいるのに、わざわざ出ていくやつの気がしれない。自分はこの輪の中で生きていく。
 でも、だからこそ、時々ストレス解消は必要なのだ。

持続可能な魂の利用

写真:岩倉しおり

Synopsisあらすじ

ある日、カナダから帰ってきた敬子は気づいてしまった。日本の女の子たちが〝最弱な生き物〟であることに――!「アンデル 小さな文芸誌」にて連載された、松田青子による「持続可能な魂の利用」がWebBOCにお引っ越し&再スタート。日本にはびこる悪しき因習に切り込み、世界を呼吸のしやすい場所にする。人生を楽しくパワフルに変身させる物語の誕生です。

Profile著者紹介

松田青子(まつだ・あおこ)

1979年、兵庫県生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。著書に『スタッキング可能』『英子の森』『ワイルドフラワーの見えない一年』(以上、河出書房新社)、『おばちゃんたちのいるところ』(中央公論新社)、翻訳書に『狼少女たちの聖ルーシー寮』『レモン畑の吸血鬼』(以上、カレン・ラッセル/河出書房新社)、『AM/PM』(アメリア・グレイ/河出書房新社)『問題だらけの女性たち』(ジャッキー・フレミング/河出書房新社)、エッセイ集に『読めよ、さらば憂いなし』(河出書房新社)、『ロマンティックあげない』(新潮社)などがある。

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