北条氏康第十回

 お福には平四郎(へいしろう)という子がいる。九歳である。伊豆千代丸にとっては乳母子だ。幼い頃から、よく一緒に遊んだ。おとなしくて控え目な子だったので伊豆千代丸とも気が合った。
 これまで、伊豆千代丸が仲良くできたのは奈々と平四郎だけであった。この二人だけが友達なのだ。
 それならば、伊豆千代丸と共に学問をさせ、剣術稽古をさせればよさそうなものだが、それができなかったのは平四郎が病弱だったからである。何かというと、すぐに熱を出したり、腹を壊したりして寝込んでしまう。無理のできない体なのである。
 平四郎の透き通るような白い肌を目にした者は誰でも、
(この子は長く生きられぬであろうな)
 と憐れみの目を向けるのが常であった。
 去年の暮れから年明けにかけて、平四郎は風邪をこじらせ、高熱に魘(うな)された。医者も匙を投げるほど、ひどい状態だった。
 お福はつきっきりで看病し、神仏に祈った。
 その甲斐あってか、平四郎は何とか持ちこたえたものの、体重が減り、骨と皮ばかりに痩せ衰えた。療養のために平四郎は伊豆の修善寺に行かされた。身の回りの世話をする老女と若い下女、荷物運びの若党、警護の武士、都合四人が付き添った。これは氏綱の指図であった。過分な厚意と言っていいが、それには理由がある。
 氏綱は乳母子の平四郎を、いずれ伊豆千代丸の相談役にしたいと考えていたのだ。戦に関することは小太郎に、政に関することは平四郎に、というように二人に伊豆千代丸を支えさせるつもりだった。そんなことを氏綱が考えたのも、伊豆千代丸があまりにも頼りなく思えて仕方ないからだった。
 勝千代と共に学ぶことを伊豆千代丸が渋々承知してしばらく経った頃、その平四郎が修善寺から小田原に戻ってきた。
 平四郎は、父の志水(しみず)平左衛門に連れられて氏綱に挨拶に来た。その場には伊豆千代丸も呼ばれた。伊豆千代丸の傍らにはお福と十兵衛がいる。
「御屋形さま、平四郎にございます。御屋形さまのありがたきお計らいのおかげで病を癒やすことができました」
 姿勢を正し、凛とした声で平四郎が挨拶する。
「おお、平四郎。顔色がよいではないか。目方も増えたのではないか? のう、平左衛門」
「はい。修善寺の湯が平四郎にはよかったのでしょう。向こうに行ってからは風邪も引かず、腹を壊すこともありませんでした。さすが亡き早雲庵(そううんあん)さまの愛した湯でございます」
「それは、よかった」
 氏綱が目を細めてうなずく。かつて宗瑞は修善寺に湯治に出かけ、疲れを癒やした。そこで三番目の妻・田鶴(たづる)と出会った。それ以来、宗瑞は何度も修善寺に湯治に出かけている。時に田鶴を伴うこともあった。北条家の者にとって修善寺の湯というのは一種特別な意味を持っているのである。
 湯治だけが目的であれば、小田原から近い箱根に行ってもいいわけだが、氏綱がわざわざ平四郎を修善寺に行かせたのは、
(わが一族と同様の者と思うておるぞ)
 という気持ちの表れであった。
 それがわかるからこそ、平左衛門もお福も大いに喜び感謝したのである。
 平四郎は小田原を出発したときとは別人のように健康そうに見える。かつては枯れた骸骨のように不健康そうに見えたが、今では頬は血色のよい桃色で、肌には艶がある。
「向こうでは何をしておった? 退屈ではなかったか」
「少しも退屈ではありませんでした。たくさんの書物を読むことができました。若君に置いていかれぬように努めましてございます」
「そうか。ならば......」
 伊豆千代丸と共に学んでもらおうか、もちろん、無理をする必要はないが......と氏綱が言う。
「ありがたきお言葉でございます」
 平四郎が平伏する。
 伊豆千代丸も嬉しそうな顔をしている。

北条氏康

画・森美夏

Synopsisあらすじ

伊豆・相模を制し、梟雄と呼ばれた祖父・北条早雲がついに逝ったのは、伊豆千代丸(のちの北条氏康)が五歳の夏だった。家督を継いだ父・氏綱は小田原を本拠に、関東への版図拡大を画している。早雲は孫の治世を見越し、ある手を打っていた……。軍配者シリーズ、北条早雲シリーズに連なる〈北条サーガ〉最終章が、ついに始動!

Profile著者紹介

1961年、北海道生まれ。98年に第4回歴史群像大賞を受賞した『修羅の跫』でデビュー。

「SRO 警視庁広域捜査専任特別調査室」「生活安全課0係」シリーズを始めとする警察小説から、『早雲の軍配者』『信玄の軍配者』『謙信の軍配者』の「軍配者」シリーズや『北条早雲』全5巻などの時代・歴史小説まで、幅広いジャンルで活躍している。

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