北条氏康第四十八回

十二

「兵庫」
 本陣にいる朝興が床几から腰を浮かしながら、傍らにいる曾我兵庫に顔を向ける。
 扇谷上杉軍は善戦しているが、如何(いかん)せん、兵力差が大きすぎる。時間が経って、今以上に兵たちの疲労が増してくれば、戦線は一気に崩壊しかねない。実際、本陣の近くにまで北条兵が迫っている。朝興が動揺するのも無理はない。できることなら、すぐにでもこの場から逃げ出したいのであろう。
「今しばらくの辛抱でございます」
 曾我兵庫は落ち着き払っている。見せかけの痩(や)せ我慢かもしれないが、ここで曾我兵庫までが浮き足立てば、朝興は逃げるに違いないとわかっているのだ。総大将が逃げたら、それで戦いは終わる。敗北である。
「し、しかし......」
「ここで御屋形さまが動けば、当家は滅ぶのですぞ。ご先祖さまに顔向けできぬことになりましょう」
「......」
 朝興ががくっと肩を落とし、また床几に坐り直す。
 頭では理解しているのである。決して逃げてはならないのだ。この場に留まり続けることだけが、扇谷上杉氏を滅亡から救い出す道なのである。たとえ自分が死のうとも、屍(しかばね)になろうとも、この場にいなければならないのだ。
 しかし、現実に北条兵が迫ってくれば、やはり、朝興も恐ろしい。彼らは容赦なく朝興を殺すであろう。死を覚悟することと、何の怖れも感じずに殺されることとは別の話である。命が危険にさらされているのに、とても落ち着き払ってはいられない。本心では死にたくないのだ。何とか生き残りたいと願っているのだから尚更である。
 そこに、
「使者でございます」
 小姓が本陣に入ってくる。その後ろから、泥と血で汚れた兵が続く。冬之助が連れて行った兵の一人である。
「如何(いかが)した?」
 曾我兵庫が訊く。
「養玉さまからの知らせでございます。小田原殿を討ち取りましてございます」
「何だと!」
 朝興と曾我兵庫が跳(は)ねるように床几から立ち上がる。
「それは、まことか。間違いないか?」
「敵の数は多く、乱戦になったので首級を奪うことはできませんでしたが、小田原殿は体に何本もの矢を受けて落馬しました。北条の後軍は混乱し、算を乱して退却しております。われらに、あと五百の兵があれば、敵を壊滅させることができたでありましょう。残念でございまする」
「十分じゃ。氏綱が死んだことを皆に知らせよ。敵へも知らせてやれ。白子原を走り回って、氏綱が死んだと触れ回れ!」
 曾我兵庫が興奮気味に命ずる。
「は」
 小姓と兵が出て行くと、
「殿、この戦、われらの勝ちでございますぞ」
「うむ」
 朝興の顔も赤い。興奮して、頭に血が上っているのであろう。
「ご出馬なさいませ。今、殿が馬を進めれば、われらの勝利は疑いなし」
「承知した」
 朝興が大きくうなずく。
 さっきまでの弱気は、どこかに消えている。氏綱が死んだと聞かされたことで、俄然、やる気になっているのだ。
 本陣を出ると、
「馬を引け! ここが勝負のときであるぞ。功名を立てたい者は、今がそのときであると思え。手柄を立てた者には存分に褒美を取らせる」
 朝興が大きな声を出すと、周りにいた者たちが、うおおーっと腕を振り上げる。すでに彼らも氏綱が討ち死にしたと聞かされている。
 この時代、総大将が討たれれば、その戦は、まず負けと決まっている。
 逆に言えば、総大将さえ討ち取れば、どれほどの劣勢も挽回(ばんかい)することができるということだ。
 ついさっきまでは、いつ敗走してもおかしくない状況だったが、今や形勢は逆転しつつあることを兵たちも敏感に感じ取っている。
 戦というのは、兵の数が多いか少ないかだけで勝敗が決まるほど単純ではない。
 もちろん、兵力に勝る方が勝つ場合が多いが、そうでないこともある。土壇場でのうっちゃりが決まることもあるのだ。
 戦には機微がある。人間同士が戦っている以上、心理的な要素が占める比重が大きいのだ。
 敵の総大将である氏綱が討ち死にしたと聞かされて、扇谷上杉軍の兵たちは意気高揚としている。
 それを裏返せば、北条軍の兵たちが意気消沈しているということでもある。
 現に、朝興の本陣まで迫っていた北条軍が徐々に後退を始めている。大道寺盛昌と松田顕秀のもとにも、氏綱の身に変事が起こったことはすでに知らされており、二人は、できるだけ早く白子原から引き揚げて、氏綱のもとに戻りたいと考えているのだ。
 兵たちも明らかに浮き足立っている。
「御屋形さまが討ち死になさったそうだ」
「敵が待ち伏せしていたらしい」
 口々に噂が伝えられる。
 こういう暗い噂というのは、伝えられているうちに、どんどん悲観的な要素が加わってしまうものだ。
 このときも、そうだった。
 ついには、
「後軍が敗れ、江戸城に向けて逃げているところらしい」
 という、とんでもない話になっている。
 冷静に考えれば、そんなことが起こるはずがないとわかりそうなものだが、戦場で恐怖心に駆られてしまうと、どんな信じがたい話でも信じるようになってしまう。
 そういう戦の機微がわかっていれば、大道寺盛昌と松田顕秀は、すぐに退却するのではなく、正確な情報が伝わるまで白子原に居座って、嵩(かさ)に懸(か)かって攻めてくる扇谷上杉軍を迎え撃つべきであったろう。
 北条軍は七千、扇谷上杉軍は三千弱なのだ。
 普通に戦えば、負けようがないのである。
 が......。
 二人は退却を決めた。
 もちろん、敵を警戒しつつ、ゆっくり引き揚げるつもりだったが、後軍が敗北したというでたらめを信じた兵たちは、
「もたもたしていると、ここに置き去りにされてしまう」
「後軍を破った敵軍が戻ってくれば、わしらは挟み撃ちにされてしまうぞ」
 扇谷上杉軍の総兵力は三千に足りないほどで、後軍を奇襲したのは、わずか三百に過ぎない。
 しかし、正確な情報を知らないから、どこにも存在するはずのない敵の大軍が今にも白子原に現れるのではないか、と怯(おび)えた。
 それまで、ひたすら守りに徹していた朝興の軍勢が、雄叫びを上げながら迫ってくるのを見て、
「敵の援軍が到着したのだ!」
 と錯覚したのが運の尽きである。
 こうなったら、どうにもならない。
 北条軍の兵たちは算を乱し、われ先にと逃げ始める。
 侍大将たちが、
「バカ者! 勝手に引いてはならぬ。留まるのだ。命令に従わぬか」
 と声をからして叫んでも、そんな命令に従おうとする兵はいない。もたもたしていると敵の餌食(えじき)になると思い込んでいるのだ。
 もはや北条軍は、軍としての体(てい)を為しておらず、ただの烏合(うごう)の衆と化した。
 一方の扇谷上杉軍にとっては、これほど楽な戦はない。恐怖に駆られて逃げ惑う敵兵を背後から斬りつけ、矢を射るだけである。
 もはや合戦とは言えない。狩りのようなものであった。扇谷上杉軍が北条兵を狩っているのだ。
 この白子原の合戦で、北条軍は八百人が戦死したと言われる。死傷者ではなく、死者の数である。
 鉄砲や大砲などの火力が武器の主流となる後の時代であれば話は別だが、弓矢と刀で戦っている時代に、八千の軍勢の一割もの兵が戦死するというのは、そう滅多にあることではない。しかも、相手は三千にも足りない兵力なのである。
 北条氏の長い歴史においても、これほどみじめで情けない敗北を喫するのは、このときただ一度だけで、後々、北条の家中では「白子原」という言葉が禁句になったほどである。
 それほどの痛手であった。
 空前の大敗北と言うしかない。

北条氏康

画・森美夏

Synopsisあらすじ

伊豆・相模を制し、梟雄と呼ばれた祖父・北条早雲がついに逝ったのは、伊豆千代丸(のちの北条氏康)が五歳の夏だった。家督を継いだ父・氏綱は小田原を本拠に、関東への版図拡大を画している。早雲は孫の治世を見越し、ある手を打っていた……。軍配者シリーズ、北条早雲シリーズに連なる〈北条サーガ〉最終章が、ついに始動!

Profile著者紹介

1961年、北海道生まれ。98年に第4回歴史群像大賞を受賞した『修羅の跫』でデビュー。

「SRO 警視庁広域捜査専任特別調査室」「生活安全課0係」シリーズを始めとする警察小説から、『早雲の軍配者』『信玄の軍配者』『謙信の軍配者』の「軍配者」シリーズや『北条早雲』全5巻などの時代・歴史小説まで、幅広いジャンルで活躍している。

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