北条氏康第三十回

 氏綱(うじつな)は小田原に凱旋した。
 その直後、甲斐(かい)の武田信虎(のぶとら)が五千の兵を率いて相模(さがみ)に攻め込んできた。
 武田軍の出陣は、形の上では、扇谷(おうぎがやつ)上杉(うえすぎ)氏からの援軍要請に応えたものであった。
 だが、氏綱も重臣たちも、さして深刻には受け止めなかった。
 河越(かわごえ)城に逃れて態勢を立て直している扇谷上杉氏に山内(やまのうち)上杉氏と武田氏が手を貸して江戸城奪回を図れば由々しき事態だが、そうはなりそうにないからだ。
 山内上杉氏の当主・憲房(のりふさ)は重い病に臥せており、朝興(ともおき)の出陣要請に応えられる状態ではない。
 信虎は朝興が期待したように武蔵(むさし)に兵を入れるのではなく、国境の山を越えて相模に攻め込んだ。
 朝興は落胆した。
 氏綱が見抜いたように、朝興も信虎の狙いが別にあることに気が付いたのである。
 甲斐は山深い国で平地が少ないため慢性的な食糧不足に悩まされている。蓄えていた食糧を長い冬の間に食い尽くすと、食糧を手に入れるために近隣諸国に攻め込むのが武田氏の年中行事になっている。
 朝興からの援軍要請を受け、北条氏の目が東に向けられている間に、火事場泥棒をしてやろうと考えたのに違いなかった。
「武田のことですから、腹が膨(ふく)れれば、おとなしく甲斐に引き揚げるでしょう」
 松田顕秀(あきひで)が言う。
「そうかもしれぬが、このまま知らん顔をしているわけにもいくまい。甲斐の農民を食わせるために相模の農民は汗水垂らして働いているわけではない」
 氏綱の表情が険しくなる。
「武田軍は五千というものの、まともに戦ができる兵がどれくらいいるものか......。三千ほどの兵を送れば十分かと存じます」
「うむ、三千でよかろう。さて、誰に行ってもらうかだが......」
 氏綱がぐるりと重臣たちの顔を見回すと、
「御屋形(おやかた)さま」
 十兵衛(じゅうべえ)が膝を進める。
「わたしでよろしければ、どうかお命じ下さい」
「おお、十兵衛。行ってくれるか。それは、ありがたい。しかし、伊奈(いな)衆だけでは手が足りまい」
「伊奈衆が五百、あと御屋形さまの手許から五百ほど貸していただければ十分でございます」
「一千でよいと申すか?」
「まともに戦うことのできる兵がどれだけいるかわからぬのに、こちらが三千も率いていったのではつまりませぬ」
「遊びではないのだぞ。武田に不覚を取れば、御屋形さまが不覚を取ったと笑われることになるのだ」
 松田顕秀が十兵衛をたしなめる。
「わたしが連れて行くのは一千の兵だけではありません。風摩(ふうま)小太郎(こたろう)も連れて行きます」
「小太郎を?」
 氏綱が意外そうな顔をする。
「武蔵での働きを見ると、今の小太郎には城のひとつやふたつを落とす知恵がありそうです。一千の兵で武田を破る妙案を考えてくれるでしょう。なあ、小太郎?」
「は、はい」
 小太郎が緊張と恥ずかしさで顔を赤くする。
「よかろう。二人で存分に働いてくるがよい」
 氏綱がうなずく。

北条氏康

画・森美夏

Synopsisあらすじ

伊豆・相模を制し、梟雄と呼ばれた祖父・北条早雲がついに逝ったのは、伊豆千代丸(のちの北条氏康)が五歳の夏だった。家督を継いだ父・氏綱は小田原を本拠に、関東への版図拡大を画している。早雲は孫の治世を見越し、ある手を打っていた……。軍配者シリーズ、北条早雲シリーズに連なる〈北条サーガ〉最終章が、ついに始動!

Profile著者紹介

1961年、北海道生まれ。98年に第4回歴史群像大賞を受賞した『修羅の跫』でデビュー。

「SRO 警視庁広域捜査専任特別調査室」「生活安全課0係」シリーズを始めとする警察小説から、『早雲の軍配者』『信玄の軍配者』『謙信の軍配者』の「軍配者」シリーズや『北条早雲』全5巻などの時代・歴史小説まで、幅広いジャンルで活躍している。

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