男じゃない 女じゃない 仏じゃない第22回

「もしかしたら、私があなたのお母さんかもしれません。ひとつ試させてください。このクイズに全問正解したら、あなたは私の息子です」
 私の個人ブログのコメント欄に、このような匿名投稿を見つけたとき、最初はよくある悪戯(いたずら)だと思った。だが、念のため、全部で十問出題された質問文を確認してみると、そこには私の親族でしか知り得ない個人情報がいくつも書き込まれていた。もしかしたら、本当に生き別れの母親からの書き込みかもしれない。しかし、三十年ぶりの連絡だというのに、実の息子に〇×クイズを出すとはどういうつもりなのか。それに全十問とは、少し問題数が多過ぎやしないか。私は狐(きつね)につままれたような気持ちでクイズに答えることにした。

 時は二〇一三年のこと。六年間同棲した彼女と別れてから、もう二年が経っていた。なんだかんだありつつも、お節介焼きのオカマとギャンブル中毒の住職に助けられ、私は今日までなんとか生きてきた。そんな二人の気持ちに応えるため、何より自分のためにも、そろそろ重い腰を上げなくてはいけない。そう、作家になりたいという夢に向かって。香川県から上京してきて十年目での決心であった。
 まずは、作品を発表する場所として個人ブログを開設することにした。大作を書き上げる技術など持ち合わせていない私。手始めに、日記やエッセイを定期的に執筆することで、書く習慣をつける腹積もりだった。
 さて、自分に何が書けるのかを考えたとき、失恋から立ち直ろうとしている今、己の過去の恋愛経験をまとめてみようと思い立った。初恋の人に自分の自転車を盗まれたこと、出会い系で知り合った車椅子の女性との壮絶な初体験、初めて付き合った彼女が変なカルト宗教を信仰しているヤリマンだったこと。魅力的な女性達との思い出が私の頭の中を駆け巡る。これこそが私にしか書けない物語だ。そう確信した。
 ブログを作ったことに満足して、更新は三日坊主で終わるかと不安だったのだが、いざ執筆をはじめてみると、今まで何も書かずにいたのが嘘だったかのように筆が進んだ。当時はうまく表現することができなかった彼女たちへの思いが、文章にまとめるうちに綺麗に整頓されていくのを感じる。感謝、後悔、怒り、悲しみ、愛しさ。まるで彼女たちともう一度恋をしているかのような感覚で、私は夢中でキーボードを叩き続けた。

 そんな経緯で、ブログ更新を始めて一ヶ月が経った頃、コメント欄に飛び込んできたのが、先ほどの実の母親だと名乗る人物からの書き込みだった。
 質問に目を落としてみる。
「第一問、あなたは生まれたときに原因不明の高熱を出して死にかけた。イエスかノーか?」
 答えはイエス。
「第二問、あなたのお父さんが好きな色は赤色と青色である。イエスかノーか?」
 答えはイエス。ちなみにその理由は、赤と青は親父の大好きなアマレスのユニフォームに使われている色だからだ。
 やはり、すべての質問が親族でないと作ることのできない内容になっている。私は慎重に問題を解き進め、すべての解答を書き終えた。指定されたメールアドレスに解答を送信した後、程なくして、相手からの返答があった。
「全問正解です。おめでとう。私があなたのママです」
 そのメッセージを見たとき、私はパソコンの前でガッツポーズをした。母親が見つかったことよりも、全問正解したことの方が嬉しかった。ただ、これで相手を完全に信じるのは危険だ。そう思った私は、今度はこちらから私の家族に関する質問を送ることにした。ちょっとした引っかけ問題も作ってやろう。目には目を、歯には歯を、クイズにはクイズをだ。
「問一、うちの家の庭に生えているのはイチョウの木である。イエスかノーか?」
 そんな感じで、こちらも全十問の質問を送り付けてやった。
 翌日、相手からの返信に書かれていた解答をじっくりと採点する。
「......全問正解だ。間違いない、俺の母さんだ」
 私は生き別れの母親を見つけたことをようやく実感した。しかし、全問正解してくれて本当によかった。一問だけ不正解だったりしたら判断が難しいところだった。

 私が三歳のときに両親は離婚した。母方の親族が作った多額の借金が離婚の理由だったと聞かされていたが、そんなことはどうでもいい。私にとって変わらない事実は、母が一歳上の兄貴を連れて家を出て行き、それから一度も私に会いに来てくれなかったことだけだ。殺人を犯して全国を逃げ回っていた逃亡犯の福田和子(ふくだかずこ)でさえ、危険を冒して自分の子供に会いに来ていたそうなのに、なんとも冷たい話じゃないか。
 私は自分には母親がいないものだと思って今まで生きてきた。突然姿を現されても、こちらには困惑しかない。胸に去来するのは「母親に会えた感動」ではなく、「どんな人なんだろうという興味」でしかないのだから。もっとひどい言い方をすれば、テレクラで捕まえた女がどんな顔をしているのか見てみたいのと同じくらいの下衆(げす)な気持ちだった。
 お互いの電話番号を交換し、いよいよ直接電話で話すことになった。初めて聞く母親の声。電話の向こうから、私が想像していたよりも1オクターブほど低い野太い声で「ママやで」という声が聞こえてきた。私は一呼吸おいて「......そうですか」と答えた。そのあとは、まるで仕事先の人と話すような丁寧な口調で、お互いのことを確認し、これからは定期的に連絡を取ることを約束して電話を切った。新手の詐欺の可能性も疑っていたので、念のために通話は録音していた。しかし、何回聞き直しても「ママやで」という台詞で笑ってしまう。そうか、私の母親は自分のことを「ママ」と呼ぶタイプの人だったのか。

 私がずっと気になっていたことがある。「母はなぜ私のブログにたどり着いたのか」だ。電話で話したことで、その理由も明らかになった。
 実は、私は自分のブログ名を「○○(母の実名)と□□(兄の実名)を探しています」という悪趣味な名前でやっていた。いつかブログが有名になって、母と兄の目に留まったらいいなという思いつきで付けたものだった。それなのに、ブログを開設して一ヶ月で母に見つかってしまった。アクセス数もまだたいしたことがないのになぜなのか。
 それは、母が自分の名前で日夜エゴサーチをしていたからだった。母の話では「ママはな、前の職場でひどい虐(いじ)めを受けたんよ。職場を辞めてからも、いじめっ子たちはママに対する誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)の記事を毎日ネットに書き込んでるんや。だからママも毎日自分の記事を探してな。削除依頼出さなあかんねん」とのことだった。そのエゴサーチの途中で、私のブログを発見し、もしかしたらと思ってアクセスしたのだという。なんという偶然であろうか。生き別れの母親の名前を勝手にブログ名に使った息子と、日夜エゴサーチに励むいじめられっ子の母親の運命がインターネットによって重なったのだ。ある意味奇跡としか言いようがない。
 とりあえずは、母親も見つかったことだし、ブログ名を変更することにした。これは考えようによっては、ブログ名に書いたことが現実に叶うのかもしれない。そう思った私は、長年敬愛している女性芸能人の名前を用いた新しいブログ名を考えた。
「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」
 しかし、この願いが叶うことはなかった。正直な話、母親よりも小野真弓に会いたかった。

 一日に二、三通の頻度でメールで連絡を取り合っているうちに、実際に会ってみようという流れになった。再会の地は私が住んでいる中野。遠路はるばる香川県から東京まで出てきてくれるらしい。しかも母親だけではなく、母方の祖母まで一緒にである。今まで、私にとっての婆ちゃんはこの世に一人しかいなかった。大の婆ちゃん子である私にとって、自分の愛する婆ちゃんの他に、もう一人婆ちゃんが増えるというのは、なんとも不思議な感じがした。

 母との三十年ぶりの再会を翌日に控えた夜。私はトリケラさんの店でいつものように酒をあおっていた。もちろんトリケラさんと住職には、母親に関することは報告済みである。いつもより少し酒のペースが早い私を心配して、トリケラさんが声をかける。
「おい、お前飲み過ぎだよ。明日はお母さんに会うんだろ? 二日酔いで会いに行くなんて親不孝はやめときな」
「うるせえな。こっちは三十年もほっとかれたんだぞ。親らしいこと何もされてないのに、そんなにかしこまって行かなくてもいいじゃねえかよ」
「なんでそういう考え方になるんだよ。逆だろ、逆」
「逆って何がだよ」
「ちゃんとしてる自分の姿を見せてやれよ。母親がいなくても立派に育ちましたよって。それを見せることでお母さんも安心するし、お前を育てた親父さんだって嬉しいだろ」
「......まぁ、親父は嬉しいかもね」
「そうだろ? あと家庭の事情もあるとは思うけどさ。それでも母親は大事にしな」
「やけに母親の肩持つじゃん」
「当たり前だろ。私たちみたいなオカマはな! オカマは母親になれないんだぞ!」
「......」
「オカマは子供が産めない。腹を痛めて子供を産む本当の母親にはなれないんだよ。羨ましいよ。アタシはお前の母ちゃんが羨ましい。腹を痛めて産んだ自分の子供に会える母ちゃんが羨ましい。心で繋がるのもいいさ。血を超えた絆だってあるだろうさ。でも自分の腹から産まれてきた子供のことを忘れる母親はいないさ。きっとなにか理由があったんだよ」
「......」
「人生、頑張ったらなんとかなるとか言うけど、どんなに頑張ったって、アタシは母親にはなれねえよ。せっかくアタシのお母ちゃんが、お腹を痛めて産んでくれたのに、その息子がこんな汚いオカマになっちゃってさ。申し訳が立たないよ。アタシは何のために産まれてきたんだろうね......」
 思わず「俺にとって、トリケラさんはお母さんみたいな存在だよ」という言葉を口にしそうになって我慢した。きっとこの言葉はトリケラさんを一番傷つけてしまう言葉だ。
「変な意地張らずにお母ちゃんを大事にしてやんな。いいね」
「......分かった。怒ってくれてありがとう」
「世話がやける野郎だよ。あと......お父さんには、このこと言ったのかい」
「会いに行くって報告したよ。そしたら、『あいつはけっこういい女だぞ。あいつは歳を取ってからの方が色気が出そうな女だったからな』って言ってた」
「ははは、さすが親父さん、一枚上手だなぁ」
「本当にめちゃめちゃいい女だったらどうしよう。俺、森光子とか五月みどりとか全然抱けるからな」
「思いっきり抱きつけばいいじゃん。三十年ぶりだから、やり過ぎても大目に見てもらえるぞ。おっぱい揉んじゃえよ」
「俺、おっぱい大好きだからなぁ」
「お前、おっぱいは大きいのが好き? それとも小さいのが好き?」
「なんでもいいよ。大きかったら揉みまくるし、小さかったら乳首で遊んだらいいし」
「お母さん、感じちゃったりしてなぁ」
「三十年ぶりに母親に会うのに、なんだか風俗に行く前と同じ気持ちになってきたよ」
「風俗一回分得したつもりで会ってきな。変に緊張して会うよりはそっちの方がいいさ」
「ははは、そうする」
 母親との再会を前に緊張している私のために、最後は馬鹿話で締めてくれるトリケラさんに心から感謝した。はたして私の母親はこのオカマよりも優しい人なのだろうか。明日になればその答えが分かる。
 明けない夜はないというが、今日だけはこのまま朝が来ないでほしい。私は心から願った。何度も何度も願った。

男じゃない 女じゃない 仏じゃない

Synopsisあらすじ

6年間同棲した彼女と別れ、仕事も辞めた著者。孤独な日々の中で出会ったのは、由緒あるお寺のお坊さんと、オカマバー勤務の筋骨隆々なオカマだった。歩む道は違えど信頼できる2人に、著者は人生相談を持ちかける……。仏の教えとオカマの人生経験。2人のアドバイスに振り回される著者は、本当に悩みを解決できるのか!? 『死にたい夜にかぎって』著者による元気をくれるエッセイ。

Profile著者紹介

つめ・きりお

1979年生まれ。2014年『夫のちんぽが入らない』のこだま氏とユニットを組み、同人誌即売会・文学フリマに参加。2018年、webサイト「日刊SPA!」で驚異的なPVを誇った連載をまとめたエッセイ『死にたい夜にかぎって』でデビュー。自身の恋愛と苦い人生経験をポジティブに綴った本作はネットを中心に話題沸騰。以来、書店イベントから夏フェスまで多種多様なイベントに出演し、注目を集める。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー