男じゃない 女じゃない 仏じゃない第18回

 クリスマスを目前に控えた十一月下旬、一人のオカマが姿を消した。
 一緒に私の引っ越し先を探してくれたオカマが。
 一緒に除夜の鐘を撞(つ)いて、一緒に年を越したオカマが。
 一緒に鎌倉の海までドライブに行ったオカマが。
 一緒にパンケーキを食べ過ぎて、一緒に下痢をしたオカマが。
 一緒に潮干狩りに行って、一緒にアサリの味噌汁を作って、一緒に下痢をしたオカマが。
 そう、トリケラさんが私の前からいなくなった。
「自分自身を見つめ直したい」というありがちな理由で、十年以上働いたオカマバーを突然辞めてしまったのだ。
 五年を超える付き合いの大事な太客の私に何も言わないなんて、さすがにちょっとひどすぎる。でも、物事の終わりなんていつでもそんなものなのか。
 いや、このまま何もしないで終わるのは嫌だ。まずはLINEで軽く連絡を取ってみようと思い、いざメッセージを送ろうとしたのだが、何を書けばいいのか分からない。「大丈夫?」と素直に心配するのは気恥ずかしい。一度文句を書き出したら、抑え込んでいた感情が爆発しそうで怖かった。
 悩みに悩んだあげく、トリケラさんの大好物である天丼のスタンプを五十個ほど連続で送りつけることにした。スマホの画面を連打して天丼爆弾を投下したところ、意外にもすぐに既読マークがつく。トリケラさんの生存を確認、LINEもブロックされていないことが分かり、ホッと胸を撫で下ろす。これは早めに連絡があるかもしれないなと、高を括っていたら、それから半日ほど経っても返事が来る様子はない。勝手にいなくなっておいて、今度は既読スルーかよ。腹を立てた私は、再度天丼爆弾を五十個ほど投下し、ヤケ酒をあおって、その夜は不貞寝(ふてね)を決め込んだ。
 二日酔いの翌朝、おそるおそるLINEを確認してみると、トリケラさんからハンバーグのスタンプが百個ほど届いていた。ハンバーグは私の大好物だ。どうやら言葉のやり取りはできないが、天丼とハンバーグによるコミュニケーションは可能のようである。

 人生には誰にでもそっとしておいて欲しい時がある。トリケラさんにとっては今がその時なのだろう。それは重々分かっているのだが、甘えん坊の私は、聞き分けのない子供のように、次の日もその次の日も天丼を大量に送りつけた。さすがにブロックされるかなと心配したが、次の日もその次の日も私が送った個数と同じだけハンバーグは返ってきた。
「トリケラさんの悩みを聞かせてくれよ」なんて野暮なことを言うつもりはない。私のような若造に、ベテランのオカマの苦しみを受け止める度量がないことは、自分自身が痛いほど分かっている。
 今は一日一個だけでいい。私が天丼を送ったら、ハンバーグを送り返して欲しい。そのやりとりだけで、私は頑張って生きていけるから。そして、いつかはトリケラさんから卒業してみせます。私が天丼を送らなくても平気になるその日まで、もう少しだけあなたに甘えさせてください。そんなことを思いながら、天丼を送り続けた。

 天丼とハンバーグの文通がはじまってから早一ヶ月が過ぎ、今年もまたクリスマスがやってきた。この日を迎えるたびに思い出すことがある。
「知ってるかい? クリスマスに自殺するオカマってすごく多いのよ。どうせ死ぬのなら聖なる日に死んで天国に行きたいじゃない? とくに私たちみたいな不細工なオカマはね」
 出会ったばかりの頃、トリケラさんが私についた嘘である。ただのデタラメ話だと分かっているのに、毎年クリスマスが近づくたびに、トリケラさんが死んでしまうんじゃないかという不安で胸がいっぱいになる。今まではお店に顔を出せば、トナカイやサンタに仮装した笑顔のトリケラさんがそこにいてくれたのに。今年のクリスマスはどうやって過ごしたらいいのだろう。
 答えはひとつ。私は聖夜にも天丼を送ることしかできない。
 スタンプ送信後、ほどなくして天丼の横に既読の文字が星のように輝いた。よかった。今年も死んでない。安心して布団に横になろうとした時、あちらから骨付きチキンのスタンプが返って来た。いつものハンバーグじゃない。そうか、このチキンにはトリケラさんからの「メリークリスマス」というメッセージが込められているんだな。私はそのチキンを何度も指でいとおしく撫でた後、クリスマスケーキのスタンプを送った。トリケラさんの好きなイチゴのショートケーキだ。
「メリークリスマス、トリケラさん」
 そう口にしながら、これがトリケラさんとの最後のクリスマスの思い出になりそうな予感がした。

 年越し準備で街が忙しくしている中、今年最後の写経を納めるために住職のもとを訪ねた。トリケラさんが姿を消してからというもの、今まで暇つぶし程度に続けていた写経に真剣に取り組むようになった。集中してお経を書いている時だけは、寂しい気持ちを忘れることができるからだ。年末年始の行事の準備を終えて、ホッと一息ついているご様子の住職に写経の添削をお願いした。
「これはこれは......今までのものとは一味違いますね。素晴らしい」
「そんなに違いますか?」
「失礼な言い方ですが、別の人が書いたんじゃないかと思うほどに違いますよ。文字に魂が宿っているのを感じます」
「実は、今回の写経なんですけど、今までのように途中でオナニーをしなかったんです。最初から最後まで一気に書き切ったんですよ」
「それはすごい成長ではないですか!」
「もっと」
「はい?」
「そこに関してはもっと褒めてください」
「......」
「......」
 しばらくの沈黙の後、「何かあったんですか?」と住職は私の目をまっすぐと見つめながら言った。相変わらず勘がいい坊主だ。本当はすぐにでもトリケラさんのことを相談したかった。住職の底なしの優しさに甘えたかった。でも、そんなことをしていたらいつまで経っても成長できない。私は今、オカマから卒業しようとしているのだ。そして、同時に住職からも卒業しないといけない、私は密かにそう思っていた。
「なんもないっすよ。じゃあ大晦日にまた来ます。あ、毎年言ってるけど、年末年始は勝てないからパチンコ行っちゃダメですよ」
「ご忠告ありがとうございます」
 両手を合わせて一礼する坊主。それでもこいつはパチンコ行くんだよなと思いながら、私は笑顔でお寺をあとにした。

 オカマがいてもいなくても時は進み、オカマがいてもいなくても新しい年はやってくる。
 去年までは一日も欠かすことなく送っていた天丼のスタンプも、新年を迎えてからというもの、二~三日に一回送るかどうかの頻度になっていた。このままいけば、桜の花が咲き乱れる春の頃には、もう天丼を送ることもなくなるかもしれない。そう思っていた矢先、トリケラさんからメッセージが送られてきた。
「お前の香川の実家の住所を教えろ」
 三ヶ月ぶりに送られてきたメッセージだった。
 なぜ私の実家の住所が必要なんだ。聞きたいことは山ほどあったが、必要以外のことを聞くと返事が来なくなる気がしたので、ここはトリケラさんに素直に従うことにした。
「香川県......〇〇郡......」
 番地までしっかり記入して返信すると、いつも通りのハンバーグのスタンプが送られてきた。やれやれ、また天丼とハンバーグのコミュニケーションに戻ってしまった。危ないことに巻き込まれることはないだろうが、念のため、実家に電話をしておくことにした。
「もし、変なオカマが訪ねてくることがあったら、俺の友達なので優しくしてあげて。そいつは良いオカマだから」

 そんな一件があったことも忘れかけていた三月、またもやトリケラさんからメッセージが送られてきた。しかも今度は写真付きで。
 そこに写っていたのは、私の祖母と親父と一緒に満面の笑みを浮かべているトリケラさんの姿だった。しかもトリケラさんは全身白装束に身を包み、頭には菅笠(すげがさ)をかぶり、首に輪袈裟(わげさ)をかけ、両手に杖と数珠(じゅず)を持っていた。そう、それはお遍路(へんろ)さんの格好であった。口紅で真っ赤に染まった唇だけは目に毒だったが。
 お遍路とは、弘法大師空海(こうぼうだいしくうかい)にゆかりのある、香川、徳島、愛媛、高知に所在する八十八カ所のお寺を巡る旅である。俗に「四国八十八カ所巡り」と呼ばれるものだ。
 お遍路の行程は全周で千キロをゆうに超える険しいものとなっている。その行程を二~三ヶ月ほどかけて歩いて巡る「歩き遍路」にトリケラさんは挑戦していた。しかも、寒さと日没の速さにより、お遍路には一番辛い時期と言われている冬にである。相変わらず己に厳しいオカマである。
 八十八カ所を巡る目的は人それぞれ違う。自分を見つめ直すため、先祖の供養のため、願い事をかなえるため。トリケラさんはいったいなんのためにお遍路の旅に出たのだろうか。
「四国八十八カ所巡り、番外編、おまえの家への巡礼終わり~」とメッセージを送ってきたトリケラさんに思わずLINE電話をかけてしまった。
「トリケラさん、実家は困るよ。実家は」
「まずはお久しぶりですだろうが、元気にしてた?」
 しばらくぶりに聞いたトリケラさんの声に少し泣きそうになるのを堪えて話を続ける。
「親父とか大丈夫でした?」
「あぁ、先に連絡してくれてたんだろ? 親父さんが『うわ、本当に来た』って笑ってた。あと、お前の婆ちゃんが讃岐(さぬき)うどん作ってくれたよ。美味しかった」
「ああ、よかった。安心した」
「これから最後に高野山(こうやさん)にお参りして、それから東京帰るよ」
「......うん」
「......」
「ねぇ、なんでお遍路に行ったの?」
「いや、オカマである自分自身を見つめ直してみたくてさ」
「それでなんで八十八カ所なんだよ」
「いや、もう迷いはなくなった。会う人会う人に『口紅はやめなさい』って注意されたけど、もう意地で真っ赤な口紅ずっと塗ってさ、オカマの誇りと共に八十八カ所巡り達成した。もしかしたらさ、お寺を巡ってるうちに、オカマをやめて別の生き方でも探そうって思うかもなって覚悟してたの。でもそれはなかったわね。どれだけ辛い思いしても、どれだけ歩いてもオカマはオカマ! もう安心して一生オカマでいるわ」
「ははは」
「東京帰ったらまたお店に復帰するね」
「......え」
「どうした? 嬉しくて泣きそうか?」
「......よかったよ」
「うん、ごめんな」
「......いや、いいよ。別に」
「......」
「......」
「あ、あと、お前の親父、当て逃げで警察に捕まった前科者のくせに、今、えらい高そうな車に乗ってたぞ。あれは反省してないな」
「うそ、それ親父から聞いてない。写真撮った?」
「撮った撮った。今送るわ」
 すぐに送られてきた写真には黒塗りのごつい4WD車が写っていた。
「あのクソ親父、全然反省してない! 当て逃げした時よりパワーのある車に乗ってるやん!」
「終わってんなぁ、お前の親父」
「いや、口紅塗ってお遍路巡ったオカマには言われたくないわ」
 
 このオカマとは別の話だが、世界一周旅行から帰ってきた悪友が言っていた。
「俺はクソみてえな自分が嫌で、少しでも自分を変えたくて世界に飛び出してみたけど、そんなことしてもクソはクソだった。だから、もう世界を一周しても変わらないクソな自分を愛することにしたよ」
 そう、それでいい。お遍路を巡ってもオカマはオカマ。世界一周してもクソはクソ。修行を積んでもギャンブル中毒の坊主はギャンブル中毒の坊主。すぐに何かを変えようとするのではなく、もっと己のことを愛して生きていこう。私は今の自分が大好きだ。オカマと坊主がいないと寂しくて生きていけない弱い自分が大好きだ。

男じゃない 女じゃない 仏じゃない

Synopsisあらすじ

6年間同棲した彼女と別れ、仕事も辞めた著者。孤独な日々の中で出会ったのは、由緒あるお寺のお坊さんと、オカマバー勤務の筋骨隆々なオカマだった。歩む道は違えど信頼できる2人に、著者は人生相談を持ちかける……。仏の教えとオカマの人生経験。2人のアドバイスに振り回される著者は、本当に悩みを解決できるのか!? 『死にたい夜にかぎって』著者による元気をくれるエッセイ。

Profile著者紹介

つめ・きりお

1979年生まれ。2014年『夫のちんぽが入らない』のこだま氏とユニットを組み、同人誌即売会・文学フリマに参加。2018年、webサイト「日刊SPA!」で驚異的なPVを誇った連載をまとめたエッセイ『死にたい夜にかぎって』でデビュー。自身の恋愛と苦い人生経験をポジティブに綴った本作はネットを中心に話題沸騰。以来、書店イベントから夏フェスまで多種多様なイベントに出演し、注目を集める。

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