2021 01/15
経済社会の学び方

第18回 社会研究とリベラル・デモクラシー③――「どうにか切り抜ける」ために

■感情の重要性 — 「同感」と社会秩序

 そもそもわれわれが研究対象とする人間社会は、どのような原理で成り立っているのだろうか。人間社会の成立やその秩序の起源として、近代の社会思想には大まかに分けると二つの考え方があった。ひとつはJ゠J. ルソー(1712-78)などの考えた「理性に基づく社会契約によって秩序が成立する」とする社会契約説、いまひとつはD. ヒューム(1711-76)やアダム・スミスなどが想定した「人間の感情の一致が社会の安定的秩序をもたらす」との見方である。社会契約説は、論理構成を重視するJ. ロールズ(1921-2002)の『正義論』にも受け継がれている。これら二つの考え方は、フランスとスコットランドにおいて、それぞれ徐々にその形を明確にしてきた啓蒙思想であるが、同じ「啓蒙思想」と名がついても、その社会秩序の理解の仕方は全く異なる。

 その後のフランス革命への道程を考えると、社会思想の歴史の流れにおけるルソーの影響の大きさは否定すべくもない。ただ、社会契約説はあくまで理論モデルであって、歴史的事実を帰納的に叙述したものではない。思想の是非を扱う場合、どちらが正しいかという問い方はふさわしくない。それでも、理性よりも感情を重視するという点で、スコットランド啓蒙思想の歴史的、経験主義的な社会秩序の生成論はもっと重視されてしかるべきであろう。

 人間の感情には、複雑かつ時に激しいものがある。アダム・スミスが重視する感情の一致、すなわち「同感(sympathy)」という概念も、日常用語で用いられる単なる「同情(sympathy)」とは異なる。スミスは『道徳感情論』の冒頭(第1部第1編第1章)で、人間は単に利己的な存在ではなく、人間の本性の中には別の原理がある、それは、他人に関心をもち、自分の利害に関係がなくても、他人の運不運、あるいは境遇に関心を持ち、それを知ることによって、自分も何らかの感情を引き起こす存在だ、という認識から出発している。そして他人の感情や行為の適切性(propriety)を判断する心の作用(胸中の「不偏の観察者」による判定)をスミスは「同感」と呼んだ。ここではそれがどのようなものであるかは、立ち入らない(堂目卓生『アダム・スミス』に簡にして要を得た図式入りの解説がある)。

 社会研究に取り組むときに持つべき心構え、あるいは研究対象と研究者との間の距離感覚について、この「同感」という概念から学ぶべきところは大きい。スミス『道徳感情論』(第3部第3章)の次の一節は、その「同感」を喩えとして分かりやすく説明しているので引用しておこう。

「諸君はもしや逆境に陥っているのではないだろうか。もしそうだったら、孤独の暗闇の中で独りで悲しんでいてはいけないし、また諸君の親友たちの寛大な同情にしたがって自分の悲しみを調節してもいけない。すなわち、できるだけ早く世間の日向、社会の白日の下に帰らなければならない。赤の他人、すなわち諸君の不幸に関して何事も知らず、あるいは何らの心配もしない人々といっしょに生活せよ。……
 諸君はもしや順境に立っているのではないだろうか。もしもそうだったら諸君は自分の幸運の悦楽を自分自身の家庭の中だけ、あるいは諸君の友人仲間の間だけ、ないしは諸君の幸運に対して、それにすがってかれら自身の幸運をとりつくろうという期待をかけている諸君の取り巻き連中の間だけに閉じ込めておいてはいけない。すなわち、諸君と何の関係もない人、諸君の価値を諸君の運でもって判断せず、諸君の性格や行為だけで判断できる人のところを常に訪問しなければならない。……」(米林富男訳『道徳情操論』未来社、1970年)

 スミスの言う「同感」とは、感情のレベルを、中立的な観察者が受け入れられるようなレベルに調節することによって生まれる、自己を他者の理解できるところへと導く感情なのである。これは人間の持つ、欲望、気概などを巧みに操る「馭者」のような心の作用によってはじめて可能になる。これがなかなか難しい心のコントロールであることは言うまでもない。

■政策論における対立か、感情の対立か

 実際、現実の世界における政治的対立がどのような原因で起こるのかを考えると、スミスが「感情」の問題を重視した理由が納得できる。政治的対立は政策上の対立(価値観と論理)で起こる。しかし意外にも、敵対する政治家は主張の内容そのものよりも、「感情的な好悪」、「なんとなく虫が好かない」という、実に些末に見える狭量な感情に起因することも少なくない。「政策論争」のレベルではなく、単なる人間としての好悪で政治が動くことも少なくないのだ。この「肌が合わない」という、論理的には説明しがたい感情の動きが合意形成や秩序の生成にとって障害となることがある。政治は理性だけで動くわけではなく、理性だけで社会が成立しているわけでもないのだ。

■一般的モデルだけでなく、特殊モデルが必要なこともある

 歴史には何か論理的な因果の鎖に繋がれた法則があって、その法則を必然的なものと考えたくなることは理解できる。「因果の鎖」というストーリーは分かりやすい。しかし第14回で「経路依存性」の問題として述べたように、歴史は論理的な理性による理解を許すほど単純なものではない。その複雑さを、部分的であれ、解きほぐすひとつの道は、第6回で述べたように、比較することであろう。具体的な例をあげながら、比較という手法の重要性について再度述べておきたい。

 筆者は「日本研究」を行う研究機関で、外国の日本研究者たちと接し、彼らの研究について学ぶにつれて、単線的な進歩史観や発展段階説がかなり根拠の薄い理論であることに気付く場合が少なからずあった。日本研究はこうした進歩史観や発展段階説への強力な「反例(counter-example)」としても大きな意味を持つことを知ったのだ。

 例えば「封建制」の問題を考えてみよう。西欧にも日本にも封建制は存在した。『封建社会』(みすず書房、1973年/岩波書店、1995年)の中で、マルク・ブロック(1886-1944)は、歴史学者の朝河貫一(1873-1948)や、経済学者の福田徳三(1874-1930)などの論文を読み、日本の封建制と、地中海縁辺から発展していった西欧型の封建制には類似性があると指摘している。

 この「類似性がある」という点が重要になる。全く異質で類似点が無いものは比較できない。「類似性がある」からこそ、逆に違いが浮き彫りになる。似ているところから「違い」を論じることが比較研究の役割とも言える。理論を批判の対象としつつ、事実そのものに迫るという点で、日本研究や地域研究は重要な「反例」となり得るのだ。

 封建制ひとつを取っても、「似ているけれども違う」、そして西洋どおりに歴史が進まなかった社会があったということを知るのは重要だ。この点は、社会研究を目指す人々にひとつの知恵を与えてくれる。それは外国のモデルをそのまま日本に適用することで仕事が終わらないということだ。外国産のモデルで日本の現象が説明できないとすると、日本社会を少し別の角度から見直してみようという自覚を生む。もちろん、いずれの国にも適用できる汎用性の高い理論モデルもあろう。しかしその社会に特有の現象を記述するモデルが必要なこともある。

■権威は大事だが権威主義に陥るな

 学問の継承は、芸術の継承同様難しい問題を含んでいる。先人の開発したものを受け継いでこそ、次の発展がある。しかしそのまま継承するだけでは発展も向上もない。先に触れた師マーシャルと弟子ケインズの関係にもそうした師弟関係の複雑さを垣間見ることができる。ケインズは『人物評伝』の中で、師マーシャルは人間の司牧者として群を抜いて優れていたわけではないが、科学者としてはその専門分野において世界で100年に一人という偉大な学者だと礼賛している。しかしマーシャルのすべてを認めたわけではない。

 ケインズは、自分の師であったマーシャルの『経済学原理』が、何でも書いてあるような「完結したもの」ではないと考え、その不完全さを指摘することと、自分の師マーシャルへの学恩を切り離して考えていた。マーシャルの経済学には、国民経済全体の(マクロ経済における)所得決定の理論が欠落していた。ケインズの偉大な貢献は、国民所得はいかに決定されるのかというマーシャルが論じなかった問題に、明快で斬新な答えを用意したことにある。ケインズによってマクロ経済学の基礎が築かれたのだ。

 ケインズは、師マーシャルの経済学の重要な欠陥を知っていたからこそ、マーシャル『経済学原理』について、「あれは空っぽの本だ(that is an empty book)」という厳しい評価を下したのであろう(Harrod, Sociology, Morals and Mystery (1971))。そこには師弟という人間関係と学問的な立場は区別すべきだという厳しい姿勢が見てとれる。

 ある分野で卓越した人は、他分野に関する見解においても鋭い見方を発する場合がある。しかしいつもそうであるとは限らない。学問上の偉人の言葉には、実に含蓄に富んだものがあるが、ひとつの分野で傑出した学者が、専門以外の問題で純粋な善意から発言した場合には、的を射ていないこともある。例えば、A.アインシュタイン(1879-1955)の社会主義についての見方はどうだろうか。偉大な物理学者アインシュタインは、Monthly Review (New York, May, 1949)に、” Why Socialism ? “と題する社会主義経済論を書いた。そこには、人間の歴史と文化に関する興味深い洞察が含まれている一方で、社会主義の計画経済への過剰な期待が述べられている。

 市場価格という需要供給のシグナルを持たない社会主義計画経済体制では、有効な資源配分は出来ないというハイエクの理論を学ぶと、アインシュタインの記述をそのまま受け入れることは出来ない。事実、アインシュタインの社会主義への期待は、旧ソ連をはじめ、多くの社会主義国家の経済運営において裏切られたように、現実妥当性を欠くものであった。この点は、優れた市場理論のテキスト、ジョン・マクミラン『市場を創る ― バザールからネット取引まで』(瀧澤弘和/木村友二訳、NTT出版)でも触れられている。
しかしそれでも、アインシュタインの論考からは深い問題意識と鋭い洞察を読み取ることが出来る。例えば、「人間の社会行動は、一般に行われている文化類型や、社会を支配している組織のタイプによって、はなはだ異なったものになる」こと、あるいは「人間の自己本位的衝動が、知らぬ間に自らの利己主義の虜となって、不安を感じ」、「人間は社会に献身することによってのみ、その人生に意味を見いだしうる」ことを、忘れてしまうのだと指摘する。「制限のない競争は、労働の巨大な浪費や、ひいては、前に述べた個人の社会的意識の麻痺を招来する」と説くのだ(引用部分は市井三郎訳「なぜ私は社会主義を支持するか」)。

 こうしたアインシュタインの論考は、ふたつのことを教えてくれる。物理学の分野で一大革命をもたらしたと言われる偉大な研究者でも、現実の計画経済が理論通りのパフォーマンスを実現出来ないことを予測出来なかったということ、そして社会的存在としての人間にとって、自己本位的衝動が決して幸福をもたらすものではないこと、である。

■社会問題を学び、研究するとは

 これまで、社会問題を取り挙げて研究しようとする者は、どのような点に留意すべきかについて考えてきた。要約的に述べれば、「自分が知りたいことを徹底的に調べ、証拠を挙げつつ筋道を立てて推論し、人を納得させる作業だ」ということに尽きる。研究者の価値判断はないと軽々に信じてはならない。その価値判断がどこに入るのかを出来る限り意識しつつ、分析と推論の構造を自覚するする必要がある。急いで結論だけを主張(assert)するのではなく、数量化できない社会風土(mores)と呼ばれる歴史的経緯や文化的環境を考慮しつつ、感情に押し流されることなく論証する(demonstrate)ということなのだ。

 世間には、単に繰り返し主張されてきたという理由だけで「真理」とみなされていることが少なくない。多数の人がそう思い込んでしまって通説となったものもある。そういったケースも含めると、われわれの周りには明らかになっていないこと、分かっていないことは驚くほど多い。

 社会問題を取り挙げて、そこに潜む因果連関を論理的に(筋道を立てて)取り出して、最終的にいかなる価値の対立があるのかをあぶり出すのも重要だ。問題の歴史的経緯を踏まえ、数量的な情報を含めたデータを丁寧に集め、データだけでは裏打ちできないことも多いから、「自覚された想像力」を大事にしつつ推論するということが社会研究の基本だということになる。

 最後に繰り返しになることを承知の上で、改めて強調したい点をいくつか補足しておきたい。

1)重要なことは、何が問題なのかを見出し、どのように問いを立てる(formulateする)かというところにある。その場合、同時代(contemporary)の社会や国が直面する問題・課題との関連も欠かせない。その意味で「時論」やジャーナリズムを軽視してはならない。歴史的に見ても、社会研究は、概念化とモデル分析を通して経済社会を理解する論理(文法)を提供してきた。こうした作業は、ほとんどの場合、「同時代の問題」と向き合うことによって生まれた。

 これはスミス、リカード、マルサス、マルクス、ケインズなど過去の偉大な社会研究者を思い浮かべれば明らかであろう。しかしこうした偉大な研究者だけに目を奪われることはない。これら偉人たちが多くを吸収した先達、あるいは同時代人、そして彼等の取り組んだ問題を継承しつつ問い続けた、後の世代の研究者たちの地道な仕事も、同時代の難問に真正面から向き合ったという点で忘れてはならないのだ。そういう意味で、過度の野心は危険だ。自分の内発的な関心に導かれるというのが一番大事な研究への姿勢と言えそうだ。

2)さらに指摘したいことは、問題は、政治学、経済学、社会学といった一つの分野だけの学問で理解できるわけではないということだ。ひとりの人間がこれらすべての分野を学び、理解することは出来ない。しかし「全てを知っているわけではない」という謙虚さは不可欠だ。そのためには人間の「感情」の世界に深く分け入る人文学(Humanities)と社会科学(Social Sciences)の相互依存の関係の認識は重要になる。

 工学などの分野で、AIが夢のような便利な社会をもたらしてくれると近年熱っぽく語られることがある。先端技術分野の英雄と思われていたスティーブ・ジョブズの発言として、雑誌『The New Yorker』で、“Technology alone is not enough ―it’s technology married with liberal arts, married with the humanities, that yields the results that make our heart sing.”(技術だけでは十分ではない。われわれの心を躍らせるような結果を生み出すのは、人文知と結びついた、リベラル・アーツと融合した技術なのだ)という彼の言葉が引用されている。イノベーティブな仕事をする人、最先端の見事なイノベーションに関わる人は、関心の広さと深さを持った人間だということを証明するよい例だろう。

3)第16回で「月」の時代という喩えを借りて説明したように、自然科学の世界では、ひとつの問題に単一の完全な解が見つかるというケースが多い。しかし「雲」の世界を対象とする場合、あるいは複雑で不確かな人間社会を対象とする社会研究の分野では、解決策は「パッチワーク」を重ねるほかないというケースが多い。ひとつの政策で進んでみて、そこで問題が起これば改めて別の道を探るという「試行錯誤(trial and error)」の道しかない。こうした学問や政策の探究方法は、リベラル・デモクラシーの国、英国において、すでに19世紀後半から論じられて来た。

■リベラル・デモクラシーにおける社会研究

「最初の工業国家」としての地位を確かなものとしたイギリスは、1870年代に入ると、社会も経済学もひとつの曲がり角にさしかかった。自由放任(laissez-faire)についての疑念が強まったことで、国家の経済介入に対する関心が強まり、「問題解決のための科学」としての社会研究への期待が大きくなった。人々の社会問題に対する意識が鮮明になり、慣習と伝統の社会から、意識的な選択・計画とデザインの社会への移行を推し進めることにもなった。こうした傾向は、政府による経済行動を拡大する動きを助長することになる。

 このような動きの中で、「目的としての自由」に大きな修正を加えたのはW. S. ジェボンズ(1835-1882)であった。彼は「自由放任」の原則を捨て、経済政策の個々の具体的ケースについて、そのメリットとデメリットを検討していくという方式をはっきりと打ち出した。政府の役割を最大化することも最小化することも実は真の目的たりえず、個々のケースに関するメリットとデメリットを、経験に照らしながら判断していくことが重要であると考えた。それは「自由放任」というドグマとしてではなく、経験にもとづいて政治家は立法を行なうべきこと、そしてその「経験」は、数量的手続きでもって要因を測定すべきことを意味した。元来、個人主義的色彩の強い社会哲学の持ち主であったジェボンズが、1870年代の不況期から「国家」の問題へと立ち向かうようになったことは興味深い。

 ジェボンズの想定している「経験」による判断は、政策の当否を量的な形で表現できることを前提としている。そしてその政策を採用することや棄却することによって将来起こりうる事態を予測し、その費用と便益を正確に計算できるということを仮定している。こうしたジェボンズの哲学は、「個人の自由はそれ自体目的ではなく、一般的厚生への手段である」と見ることができる。

 マーシャルが強調したように、研究者にとって「改革への情熱」は必要かつ不可欠な精神である。しかしその改革は「一挙に」行われるものではなく、われわれの知識が不完全である限り、多くの場合「パッチワーク」で進むしか道はなさそうだ。制度というものは、はっきりした欠陥が見つからない限り軽々に改革すべきではない。改革には、意図と帰結の不一致の可能性が潜んでいるからだ。

 リベラル・デモクラシーを社会の基本理念とする限り、こうした「パッチワーク」で、どうにかこうにか問題を「何とか切り抜けて行く(muddling through)」以外に道はない。「一挙に」解決というのは研究者の頭の中のみにある。「どうにか切り抜ける」ことによって、現実の問題は「解決」されていくことがほとんどだ。「抜本的改革」という掛け声には注意した方がよい。現実は理論や論理を無視して動く。そして現実が理論や論理を追い越してしまうこともまれではない。

 だからこそ、リベラリズムの思想はmuddling through という手法を社会問題解決の根本原則の一つとしたのである。muddling throughは、全てを正確に知ることが出来ないわれわれ人間にとって、パッチワークを重ねながら問題解決に当たるより他はないという点で、社会研究を行うものが覚悟しなければならない学びと研究の姿勢だと言えよう。

(連載は今回で最終回です。参考文献は、新書刊行時にまとめて表示いたします)

猪木武徳(いのき・たけのり)

1945年、滋賀県生まれ。大阪大学名誉教授。京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学大学院博士課程修了。大阪大学経済学部教授、国際日本文化研究センター所長、青山学院大学大学院特任教授などを歴任。主な著書に、『経済思想』(岩波書店)、『自由と秩序』(中公文庫)、『戦後世界経済史』(中公新書)、『経済学に何ができるか』(中公新書)など。