波乱万丈な頼子第三十回

八章

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『波乱万丈な頼子を語ろう』
 千栄子がそんなタイトルのトピックを見つけたのは、クラファンに四十万円を寄付した夜だった。
 頼子のことが気になりすぎて、色々と検索しているうちに、たどり着いた。
 そのトピックは、女性限定の匿名掲示板に立てられたものだった。女性限定といっても、たぶん、男性も多く投稿しているのだろう。いかがわしい広告が乱立する老舗の某匿名掲示板に嫌気がさして、ここにたどり着いた人も多いに違いない。
 女性向けといっても、内容は、某匿名掲示板に負けず劣らず、辛辣だ。特に、特定の人やニュースが対象になっているトピックの場合、ほぼ、悪口で埋め尽くされている。
 千栄子は、恐る恐る、投稿コメントを読みはじめた。

〈波乱万丈な頼子は、VLOGってことになっているけど、完全にヤラセだろうね。キャストが演じているだけ〉
〈しかも、頼子を演じているのは一人じゃない。少なくとも、3人はいる〉
〈やっぱり! 背格好は同じだけど、なんとなく違うな......とは思ったんだよね〉
〈演じているというのはちょっと違うと思う。クラウドソーシング系のサイトなんか見ていると、『お料理をしているところを撮って動画にして下さる方募集します(顔なし)』的な求人広告をよく見つける。10分ぐらいの動画一本で、500円とかで、募集している〉
〈なに、それ。つまり、不特定多数から、料理をしている動画を募っているってこと?〉
〈そういうこと。頼子もそうやって集めたんだと思う〉
〈なるほど、あちこちから集めた動画を、あたかも一人の頼子のように見せていたわけか〉
〈集めた動画にテロップをつけて音楽をつければいっちょ上がり〉

 嘘よ! そんなことがあるわけない。なによ、適当なことを言っちゃってさ。
 頼子さんは、頼子さんよ。この世にたった一人の人よ!
 それに、撮影された部屋からは、どれも、大船観音が見えていた。
 不特定多数から募った動画なら、まったく違うキッチンが映っているはずだ。
 掲示板でも、同じようなことを指摘する人がいた。
〈だとしたら、変だよ。だって、撮影されている頼子のキッチンはほぼ同じだよ。先日公開された最新の動画のキッチン以外は〉
〈まあ、確かに、それは謎だ。でも、クラウドソーシング系のサイトで募集していた動画であることには間違いないと思うよ。わたしは、この募集が怪しいと思う〉
 貼られたリンクをクリックすると、
『簡単なお仕事です。料理をしている十五分ほどの動画を撮影してくれる人を募集します。動画は、YouTubeの背景に使用します。顔は隠して、料理を作っている手元だけ撮影していただきます。料理をしている音が入っていてもかまいませんが、会話は入れないようにお願いします。撮影はお手持ちのスマホでも大丈夫です』
 とある。さらに、求人対象を見てみると、
『60代以上の女性』。
 募集しているのは、「スマイル企画」という会社だった。
「え? スマイル企画?」
 最近、似たような会社名をどこかで見たような気がする。
 どこだっただろうか?
 えっと......。
「あ」
 千栄子は、トートバッグの中を探った。
「あった、これだ!」
 それは、先日、湘南マリーナコーポの近くで、道を教えてくれた男性からもらったチラシだった。
 どうやら、分譲マンションの広告チラシのようだ。部屋の間取りと外観図の下に「Smile企画」とある。どうやら、販売を担当する不動産会社のひとつらしい。
「あ、これだ。うん? つまり......どういうこと?」
 千栄子は、「Smile企画」で検索をかけてみた。よくある名前だ。面白いほどにヒットする。が、どれも動画とも分譲マンションとも関係なさそうな会社だ。
 改めてチラシを見てみると、「Smile企画」の前に、小さく「株式会社都市計画プロダクション」という文字が見える。もしかして、「Smile企画」は略称で、「株式会社都市計画プロダクションSmile企画」というのが正式名なのか。その名前で検索してみると、ホームページがヒットした。
「会社概要」のページを開いてみる。すると、『飲食店企画、不動産販売、人材育成、広告代理、芸能プロモーション』などなど、数多くの業務が記されていた。の割には、規模は小さい。資本金百万円。従業員も十五人ほどしかいないようだ。
 試しに「従業員の紹介」ページを開いてみると、従業員のプロフィールが顔写真とともに並んでいた。
「うん?」
 千栄子は、ある従業員の顔に注目した。
 この人。見覚えがある。というか、最近、会った。誰だったか。
 えっと。うんと。
 ......。
「せっちゃんだ!」
 そうだ。湘南マリーナコーポ近くのスナックの常連。スナックのママは言っていた。
「ああ、せっちゃんね。湘南マリーナコーポの住人よ。確か、二〇二号室に住んでる」
 うそ。この人、「Smile企画」の社員なの?
 え? だからつまり、どういうこと?

   +

 千栄子が、その件を知ったのは、翌日のことだった。休憩時間を利用して「Smile企画」を色々と検索しているときに、

 鎌倉市X町二丁目湘南マリーナコーポ二〇一号室で見つかった遺体は、久能頼子さん(73)であることがわかった。現在、部屋の住人との関係を調べている。

 というネットニュースを見つけた。
「はぁ?」
 素っ頓狂な声が出る。
 記事を遡ってみると、先週、湘南マリーナコーポ二○一号室で身元不明の女性の死体が発見されたらしい。
 自分が訪ねていったのが先々週だから、もしかしたらその時点では、久能頼子という人は生きていた可能性がある。
 っていうか、久能頼子って人が、波乱万丈な頼子さん?
 いやいや、頼子さんは、まだ生きている。余命宣告されたけど、ちゃんと動画を更新している。
 え? どういうこと?
 ここ最近、このセリフをよく呟いている自分が、少しおかしくなる。
 いや、笑っている場合ではない。なにかとんでもないことが起きているのではないか、頼子さんの周囲で。
〈波乱万丈な頼子は、VLOGってことになっているけど、完全にヤラセだろうね。キャストが演じているだけ〉
〈しかも、頼子を演じているのは一人じゃない。少なくとも、3人はいる〉
 そんな投稿コメントを思い出し、千栄子は再び匿名掲示板に飛んだ。『波乱万丈な頼子を語ろう』のトピックを開いたときだった。
「うわっ」
 千栄子はまたしても、素っ頓狂な声を上げた。
 炎上している。
 きっかけは、どうやらこのコメントだった。
〈頼子、クラファンはじめたみたいだけど、通報したほうがいいんじゃないか?〉
〈だね。こじき行為より質が悪いよ〉
〈とりあえず、暴露系ユーチューバーにたれ込んでみるか〉
 そして、誰かが、本当に暴露系ユーチューバーにたれ込んだらしい。

「ね、知ってた?」
 レイコさんがペットボトルを片手に、千栄子の隣に座った。
 千栄子の体が、大袈裟に跳ねる。
「何が?」
「だから、千栄子さんの推しが、炎上しているのよ」
「は?」
 必死に平静を取り繕うも、脇からは汗が滴る。
「昨夜、暴露系ユーチューバーのライブ配信があったんだけどね。そこに、あなたの推しが詐欺を働いている可能性があるって、電凸があったのよ」
「電凸......?」
「つまり、電話で突撃してきたのよ」
 レイコさんは、やたらとネットスラングに詳しい。はっきり言って、いい歳したおばさんが嬉々としてネットスラングを使っていると、ちょっと痛々しい。
 レイコさんは続けた。
「それで、大炎上。頼子は誰だ祭りがはじまったというわけ」
「祭り......」
「私も気になって祭りに参加していたら、朝になっちゃって。寝不足もいいところ」
「祭り......」
「だから、特定祭りよ。頼子が誰なのか、あちこちから特定班が集まってきてね。そりゃ、面白かったわよ」
「特定って......」
「うん、現在の頼子が誰か、特定した。しかし、すごいわね、ネットの特定班は。あっという間に特定しちゃうんだもん。警察さながらよ。ううん、警察より凄い」
「......頼子さんを、特定?」
「特定班いわく、波乱万丈の頼子は四人いるらしいよ。で、現在の頼子を特定したってわけ。検索してみなよ。〈頼子 特定〉で出てくるからさ」
「............」
「っていうかさ。今日も水道水なわけ? 千栄子さん、本当に金欠病なんじゃないの? 次の給料日まで、大丈夫?」
 全然、大丈夫じゃない。口座の残金は、頼子さんのクラファンにほとんどをつぎ込んだ。現在の残高は、千円もない。だから、ここに来る前に、母の形見のバッグを質屋に入れてきた。珍しいクロコダイルで作られたバッグで、確か、二百万円で購入したと言っていた。でも、一万円もしなかった。九千五百円。ノーブランドの場合、たとえそれがどんなに高級品でも、中古市場では、二束三文なのだという。
 それでも、九千五百円はありがたかった。これで、給料日までなんとか凌げる。
 そんなことより、頼子さんを特定したって、どういうこと?

波乱万丈な頼子

Synopsisあらすじ

法律事務所で事務職をしている高幡莉々子は仕事の一環で見つけた、ある動画チャンネルに興味を抱く。「頼子」という70代の女が、困窮した生活状況や波乱万丈な人生を語る動画だ。投げ銭だけでも相当儲けているはずなのに、やらせじゃないの? ちょっとした好奇心から莉々子は次第に取り返しの付かない事態に巻き込まれていく・・・・・・。

Profile著者紹介

1964年、宮崎県生まれ。多摩芸術学園卒業。2005年『孤虫症』でメフィスト賞を受賞し、デビュー。11年に文庫化された『殺人鬼フジコの衝動』がベストセラーに。他の著書に『坂の上の赤い屋根』『さっちゃんは、なぜ死んだのか?』『ノストラダムス・エイジ』など多数。

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