もぐら新章4第四回

第一章

 九月も後半に入った。
 シルバーウィークで世間にはのんびりとした空気が漂っている。新型コロナウイルス蔓延による緊急事態宣言もそろそろ解除されるのではないかとの観測もあり、人々も徐々に活気を取り戻しつつある。
 そんな中、安里真昌は、安達竜星の部屋に入り浸り、机にかじりついていた。タオルを頭に巻き、唸りながらもテキストと睨み合っている。
 真昌は七月に、沖縄県警察官B採用試験にエントリーした。
 一次試験は十月十六日と十七日の二日間。本番まで残り一カ月を切っている。
 真昌の場合、体力試験に不安はない。教養試験が問題だ。
 警察官採用試験の教養問題は、基礎学力はもちろん、それ以上に幅広い知見が求められる。
 毎日、ニュースを見ていれば、時事問題はある程度クリアできるが、数的推理や判断推理は応用力が必要となるので、頭を慣らすまでに時間がかかる。
 真昌は驚異的な集中力で、目に見える実力を付けてきたが、応用問題に向かい合うとまだ手が止まってしまっていた。
「あー、わかんねえ!」
 ペンを放って、頭を掻きむしる。
 ふて寝しようと体を倒すが、すぐに頭を振って起き上がり、再びペンを執る。
 竜星は、基本、真昌が訊いてくるまで、教えないことにしていた。自ら頭を絞り、自分の方法で理解し、解を得ることが大事だからだ。
 が、例外的に、唸り声が三度続いた時は自分から教えるようにしている。
 竜星は手を止め、振り返った。
「どうした?」
「これなんだけどさー」
 真昌がテキストを差し出した。
 問題を見る。
〈3種類の飲み物A、B、Cがある。値段の比はAとBが1:4、BとCが2:1であり、A、B、Cを1本ずつ買うと合計で560円となる。AとCの値段の差はいくらか?〉
 数的推理の問題だった。
「何がわからないんだ?」
 竜星が訊く。
「AとCの差を出すには、それぞれの値段がわからないといけないだろ? それをどうやって出せばいいのか、わからないんだよ」
「どう考えた?」
「ABとBCの比率で合計が560円になるように選択肢の数字を当てはめてるんだけどさ。なかなか合う数字がないんだよ」
 真昌は40円から80円まで、10円刻みで記された五つの選択肢を指で指した。
「それでも答えは出るんだけどな。時間が足りなくなる」
 竜星は言い、真昌の机にテキストを置いた。
「わからなくなったら、問題に書いてある条件を白いところに書いてみるといいんだよ」
 竜星は余白部分にA、B、Cと書いた。
「まずわかっていることはABが1:4」
 話しながら、AとBの下に、1:4と記す。
「次にわかっていることはBCが2:1」
 一段下げて、Bの部分の縦列を並べて書き記す。
「Bの部分を見て、何か気づかないか?」
 竜星が訊く。
「4と2だな」
 真昌が答えた。
「そうそう。そこの数字を揃えてみると、BCの比はいくつになる?」
「4は2の2倍だから、BC比は4:2か」
「そう。Bが揃ったから、ABCの比はどうなる?」
「1:4:2か?」
「正解。ABCの比を足したらいくつになる?」
「7だな」
「そうだな。ABCの飲み物すべてを足した値段が560円。Aの値段はどうやったら出る?」
「......あっ! 7で割ればいいのか! 7×8が56だから、Aは80円か!」
「そういうこと。あとは簡単だろ?」
「Aが80円。Bが320円。Cが160円。差は80円だから、答えは選択肢の5だな」
 解答を見る。
 真昌の顔に笑みが浮かんだ。
「なるほどなー」
 何度もうなずく。
「判断推理問題も同じなんだけどさ。頭の中で考えてごちゃごちゃしてきた時は、問題の中の条件を図にしてみると整理できて、解を導くことができる。訓練すると、これが頭の中ですいすいできるようになるけど、別に頭ん中でできなくてもいいんだよ。要は、正答に行きつけばいいんだから。推理問題のポイントは、問題文の中にある条件だけを整理することと単位を合わせていくこと。さっきの問題の場合、Bを合わせれば、すべてが解決できただろう? 判断推理問題も同じこと。条件は縦に並べて書いてみると、わかりやすくなることが多い」
「そうなのか! ちょっと他の問題もやってみるよ」
 真昌はやる気を取り戻し、また勉強を始めた。
 竜星は微笑んだ。
 真昌のいいところは、アドバイスを素直に吸収し、忘れないうちに反復しようとする姿勢だった。
「真昌、何か飲むか?」
 声をかけるが、真昌は竜星の声が耳に入らないほど集中している。
 竜星は真昌を置いて、部屋を出た。

(続く)

もぐら新章4

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄や東京の暴力団組織との戦闘を乗り越えてきた竜星。親友の安達真昌とともに切磋琢磨しながら、将来を模索していたが、高校卒業を目前に繰り広げられた死闘によって傷を負った。(もぐら新章『血脈』『波濤』『青嵐』)
傷からの回復に専念しつつ、竜星は大学進学を、真昌は警察官試験の受験を一年延期し、自らの進む道を改めて見つめ直すことにしたが……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が120万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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