もぐら新章4第一回
序 章
芦田洋介(あしだようすけ)は、那覇空港三階南側の見学者デッキにいた。
タイル張りの通路に続くデッキからは、金網越しに滑走路と駐機中の飛行機が見え、その先に海も臨める絶景スポットだ。
わかりにくい場所にあるからか、普段から人は少ないが、コロナ禍で観光客が激減している今、デッキにいるのは芦田だけだった。
芦田の足下にはキャリーケースが一つ置かれていた。
腕時計に目を落とす。午後一時二十分を回ったところ。
「遅いな......」
芦田は通路に何度も目を向けた。
まさか、来ないつもりなのか......。
それとも、あいつらに捕まったんだろうか。
芦田は上着の内ポケットを手のひらで押さえた。中には、同五十五分発東京羽田空港行きのチケットが二枚ある。
通路に人影が見えた。
芦田は通路とデッキの境となる壁際に身を寄せた。
男女の若いカップルだった。髪を染めた女が、かりゆしウエアを着たがっしりとした男の腕に腕を絡め、寄り添って入ってくる。
カップルはそのまま芦田の前を通り過ぎ、金網の近くへ行った。
デート中か。
芦田は壁に寄りかかり、息をついた。
寄り添って、楽しそうに話しながら飛行機を見ている。
芦田は目を細めた。
あと三十分強。彼女と無事に島を出られれば、目の前のカップルの姿が、自分と彼女の未来図になる。
「早くおいで......」
つぶやき、通路を見つめる。
カップルはすぐに滑走路の光景に飽きたようで、デッキの奥まで行った後、すぐ戻ってきた。
芦田は顔をうつむけ、カップルをやり過ごそうとした。
と、足下に影が差した。
顔を上げる。
男と女が芦田の正面に立っていた。
男はいきなり、芦田の首を左手でつかんだ。間、髪を容れず、右拳を芦田の腹にねじ込む。
芦田は目を剥いて、呻いた。
「な......なんだよ......」
芦田は男の左手首を握った。また、右の拳が腹部を抉る。芦田は腰を折った。
女が上着をめくり、内ポケットをまさぐった。
カツアゲか。
「金なら......やるよ......」
声を絞り出す。
女が内ポケットの航空チケットを入れた封筒を取り出した。
「それは──」
芦田が手を伸ばそうとする。男が芦田の首を握り締めた。
息が詰まり、顔が赤くなる。
女は中のチケットを取り出した。
「あ、やっぱ、こいつ、東京に逃げようとしてたんだ」
女が言った。
芦田の顔が強ばる。
通路側から複数の足音が聞こえてきた。芦田は首をねじって、通路の方を見やった。
派手な格好をした男女がぞろぞろとやってきた。その中には見慣れた顔がある。
そして、その男女の壁の中にリナがいた。
芦田は色を失った。
芦田は首をつかまれたまま、デッキの中央まで引きずり出された。
男女が輪になり、壁を作る。その真ん中に芦田が投げ出された。よろけて、地面に崩れる。その脇に、リナも放られた。
芦田は倒れてくるリナを受け止めた。
「リナちゃん!」
顔を見る。あちこち痣で紫色になっていて、唇は腫れ、口辺には固まった血糊が付いていた。
「ごめんなさい......。こっそり出てこようと思ったんだけど、友達に話したら......」
リナの大きな瞳から涙がこぼれる。
壁の輪から、一人の男が出てきた。細身で小柄なキツネ顔の男だ。
芦田はリナを抱きしめた。
この男は市島(いちじま)という。リナが勤めていたデリバリーヘルス店の店長で、周りの男たちと比べると線が細く見えるが、誰よりも怖い男だった。
「芦田さん。困りますねえ。うちのコをたぶらかして、自分のモノにしようだなんて」
市島はひねた笑みを浮かべたまま、芦田を見下ろした。
(続く)
Synopsisあらすじ
最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄や東京の暴力団組織との戦闘を乗り越えてきた竜星。親友の安達真昌とともに切磋琢磨しながら、将来を模索していたが、高校卒業を目前に繰り広げられた死闘によって傷を負った。(もぐら新章『血脈』『波濤』『青嵐』)
傷からの回復に専念しつつ、竜星は大学進学を、真昌は警察官試験の受験を一年延期し、自らの進む道を改めて見つめ直すことにしたが……
Profile著者紹介
1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が120万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。
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- 第十四回2022.01.07