もぐら新章 青嵐第二二回

第1章

6(続き)

 木内が湯沢の肩越しにその先を見やる。
 泰だった。
 怪訝そうな顔をして、近づいてくる。
「やべえ、渡久地だ」
 木内は小声で言った。そして、泰に駆け寄る。
「なんだよ、てめえ」
 泰の前に立ちふさがり、顔を近づける。
「おまえらに用はねえ。飯嶋先生、見なかったか?」
 飯嶋の名を聞いて、蒼ざめる。
 泰は訝しげに木内を睨み、後ろを覗こうとした。木内があわてて、視界を塞ぐ。
「ここにはいねえよ。帰ったんじゃねえか?」
「車があるじゃないか」
 顎で少し見えている飯嶋の車を指す。
「じゃあ、どっかにいるんだろ。ここにはいねえって」
 木内は顔を近づけた。
 泰は仰け反った。
「そうか......。見かけたら、俺が話したいことがあると言ってたと伝えといてくれ」
「わかった。言っとくから、さっさと行けよ」
 木内は両肩をつかんで反転させ、背中を押した。
 泰は足を突っ張って、トトトっと前に押し出された。木内と距離が離れる。
 瞬間、振り返った。
 木内の顔が強ばる。
 湯沢の足下が見えた。飯嶋が地面に転がっている。顔はわからないが、服装ですぐに飯嶋だとわかった。
「おまえら!」
 泰は木内に向かって走った。
 木内はおろおろとしていた。その顔面に右拳を叩き込む。腕を振り抜くと、木内は後ろに倒れ、二回転した。
 そのまま湯沢のところまで駆け寄る。
「湯沢!」
 怒鳴ると、湯沢は逃げ出した。それを見て、木内も立ち上がり、逃げていく。
「先生!」
 泰は飯嶋の脇に屈んだ。抱き起こす。
 腫れ上がった飯嶋の顔が後ろに傾いた。首の骨がないかのように直角以上に曲がる。口や鼻から流れ出る血が止まらない。
 泰の両腕が、飯嶋の上半身の重みで沈む。呼吸を感じなかった。
「あいつら......あいつら!」
 腹の底から咆哮(ほうこう)した。
 泰は、飯嶋からゲーム会社への就職の件を詳しく訊くつもりでいた。
 飯嶋の言うように、島からは離れて、自分の生き方を模索してみたいと思ったからだ。
 決心が鈍らないうちに話を進めようと思い、飯嶋を捜していた。
 それが......。
「あったー、許さん!」
 怒りのあまり、方言が口をついた。
 その時、建物の方で赤い光が瞬いた。
 凄まじい爆発音が轟いた。地面が揺れる。一瞬で窓ガラスが砕け、炎と共に泰に襲いかかった。
 泰はとっさに飯嶋の亡骸(なきがら)を抱いた。
 体中にガラスや金属片、コンクリート片が突き刺さる。炎が全身を包み、衣服を焼く。髪の毛も燃え盛った。
 泰は爆風に煽られ、地面に突っ伏した。
 薄れゆく意識の中、泰は逃げていく木内と湯沢をいつまでも睨んでいた。

(第1章 終)

もぐら新章 青嵐

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄の暴力団組織「座間味組」や、沖縄の開発利権を狙う東京の「波島組」との戦闘を乗り越えた竜星だったが、親友の安達真昌とともに己の生きる道を模索していた。(もぐら新章『血脈』『波濤』)

そして今、沖縄随一の歓楽街に、不意の真空状態が生じていた。松山・前島エリアに根を張っていた座間味組は解散し、そのシマを手中に収めようとした波島組も壊滅状態。その空隙を狙うように、城間尚亮が、那覇の半グレたちの畏怖の対象だった渡久地巌の名を担ぎ出して、動き出したのであった……。

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が110万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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