もぐら新章 青嵐第一九回

第1章

6(続き)

 刑務所内で、様々な少年犯罪者と会った。深い付き合いはしなかったが、時折耳にする境遇は、誰もが飯嶋と似たようなものだった。
 そうでないように見える者も、家庭や自分を取り巻く環境を悲観し、絶望している者たちばかりだった。
 なぜ、こんなにも希望が持てないのか。
 周りの連中を見ても、自分自身を掘り下げても、理由がわからない。
 それらしい本を読んでみても、どれも的外れな気がして、もやもやしたままだった。
 刑期を終え、社会に戻った。
 まともに生きよう。出所してしばらくはそう誓い、こつこつと働いた。
 が、その先に何があるんだろうか......という虚無感がどうしても拭えない。
 そうした心の揺れを見透かしたように、売人が連絡を取ってきた。
 最初は会うこともなく、薬物を勧められても断わっていたが、勤め先で嫌なことがあった時、つい魔が差し、再び薬漬けの日々に戻った。
 一度、快楽を思い出すと止まらない。
 仕事を辞め、こつこつと貯めた金もすぐに底をついた。
 再使用から三カ月後、二度目の逮捕をされた。
 それからも再使用と逮捕を繰り返して、いつしか密売組織のリーダーにもされ、十年以上も刑務所で過ごすことになり、気がつけば、三十路を越えていた。
 僧侶に出会っていなければ、今も刑務所を出たり入ったりしていただろう。
 僧侶の手伝いをしながら、他の保護司たちとも交流する中で、飯嶋は気づいたことがある。
 彼らは決して、大金持ちでも地元の名士でもないけれど、誰もが、きちんとした大人だった。
 黙々と真面目に勤めているとか、四角四面に暮らしているとか、そういうことではない。
 年相応の大人の落ち着きを持って、大人たる責任感を抱いて周りの人たちや少年たちとまっすぐ向き合っている人ばかり。
 飯嶋はそこに、絶望の正体を垣間見た気がした。
 思い返してみれば、物心ついた頃から、ちゃんとした大人に会ったことがなかった気がする。
 父を筆頭に、周りの大人たちは自分の欲望の赴くままに生きる者ばかりだった。
 それは一見、魅力的な生き方のようだが、逆に見れば、自分本位に生きている思春期の少年と変わらない。
 長く生きているだけに悪知恵も働くので、その下に置かれた飯嶋のような者たちは翻弄され、若さと時間を搾取される。
 飯嶋たちが接していたのは、大人の皮をかぶったクソガキだった。
 そのような者たちに触れていて、大人になることへの夢や希望が見いだせるわけがない。
 大人になったところで、少年時代と同じような耐え難い主従関係で生きるしかないのであれば、そこには絶望しかない。
 さらに、自分も歳を取れば、目の前の大人顔したクズにしかなれないと悟れば、ますます絶望は加速する。
 きちんとした大人たちとの出会いによって、将来に希望を見い出せたわけではないが、少なくとも、絶望感からは少しずつ解き放たれていった。
 そして、目標を定めた。
 年相応の責任を果たせる大人になろう。
 それから、更生保護施設で本格的に働きつつ、金を貯めて大学入学資格検定を受け、合格した後、大学にも通い、社会福祉士の資格を取った。

もぐら新章 青嵐

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄の暴力団組織「座間味組」や、沖縄の開発利権を狙う東京の「波島組」との戦闘を乗り越えた竜星だったが、親友の安達真昌とともに己の生きる道を模索していた。(もぐら新章『血脈』『波濤』)

そして今、沖縄随一の歓楽街に、不意の真空状態が生じていた。松山・前島エリアに根を張っていた座間味組は解散し、そのシマを手中に収めようとした波島組も壊滅状態。その空隙を狙うように、城間尚亮が、那覇の半グレたちの畏怖の対象だった渡久地巌の名を担ぎ出して、動き出したのであった……。

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が110万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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