もぐら新章 青嵐第一八回

第1章

6(続き)

 正直、父がどうなろうと知ったことではなかった。目の前から消えてくれて、むしろ清々しい気持ちだった。
 が、息をついたのも束の間、飯嶋のアパートに借金取りが押し寄せるようになった。
 父親の借金を返すのは息子の責任と責め立て、有り金すべてだけでなく、わずかな家財道具まで奪っていった。
 さらに、アルバイト先にまで押しかけ、日当を出せと要求してくる。
 飯嶋はバイト先を辞めざるを得なくなり、学費も払えなくなって、高校を休学した。
 逃げようとしたが逃げられず、各借金取りが斡旋(あっせん)する仕事を強制的にさせられた。
 その一つが、薬物の売買だった。
 売人からブツを受け取り、客に届ける役目だ。現物を持っているだけに、最も逮捕される確率の高い役割だった。
 ただ、建設現場や倉庫内作業より、楽で実入りもよかった。
 借金も一社、また一社と完済していった。
 少し余裕ができ、生活費も回ってきて、高校へ復帰する目途は立ったが、その頃にはもう、飯嶋自身が表社会へ戻る気をなくしていた。
 飯嶋が覚せい剤に手を出したのは、その頃だ。
 パケから少しだけ売り物を抜いて溜め、使ってみた。
 心地よかった。
 溜まりに溜まった疲れが一瞬で吹き飛び、ぼーっとしていた頭の中がクリアになった。気分もスッキリとして、長らく忘れていた活力が、腹の底から湧いてきた。
 一度、味を知ると、やめられなくなった。
 禁断症状は聞いていたほどではなかった。
 薬効が切れてくると、多少イライラはするが、タバコを吸えない時の苛立つ感覚と変わらなかった。
 少量なら大丈夫。飯嶋は、自分はコントロールできていると自負し、少しずつ抜いては溜めて使うという行為を繰り返していた。
 しかし、薬は使い続ければ、効き目が弱くなってくる。
 もう少し、もう少し......と増やしていくうちに、飯嶋たちから覚せい剤を買っている中毒者と変わらない状態になっていた。
 そしてついに、売り物を丸ごと盗み、使ってしまった。
 当然、売人に捕まり、暴行を受けた後、弁済を求められた。
 飯嶋は働いた分の金はいらないと申し出た。ただ、自分が使う分の薬はもらいたいとも要求した。
 とにかく、薬が欲しかった。
 こうなると、売人の意のままだ。
 彼らはわずかな覚せい剤を飯嶋に与え、こき使った。
 借金取りもさせられた。それが現金収入となり、生活費になっていた。
 薬を打ち続け、ろくにメシも食わず、げっそりとしながら目の色だけはギラギラしている飯嶋を前にすると、ほとんどの債務者は素直に有り金を出した。
 が、中には、屁理屈をこねたり、飯嶋を恫喝したりして、払いを逃れようとする者もいた。
 飯嶋には、そうした連中の無様な姿が、父とダブって見えた。
 腹立ちを止められなくなり、相手が立てなくなるまで暴行を加えることもあった。
 どんどん道を踏み外していく自分が情けなく感じることは常だった。
 だが、薬の快感には敵わない。
 仕事を終え、アパートで薬をキメているときだけが、唯一、幸福を感じられる時間だった。
 飯嶋が最初に逮捕されたのは、そんな生活が半年続いた頃だった。
 いつものようにブツを運んでいる時、パトロール中の警察官に職務質問をかけられた。
 飯嶋は抵抗はしなかった。
 むしろ、見つけてくれてホッとした。
 逮捕されれば、売人や薬と手が切れる。自分ではどうにもできなかった転落を止められる。
 借金回収時の暴行の件も罪に問われたが、まだ少年ということもあり、一年三カ月の実刑で少年刑務所に収監された。

もぐら新章 青嵐

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄の暴力団組織「座間味組」や、沖縄の開発利権を狙う東京の「波島組」との戦闘を乗り越えた竜星だったが、親友の安達真昌とともに己の生きる道を模索していた。(もぐら新章『血脈』『波濤』)

そして今、沖縄随一の歓楽街に、不意の真空状態が生じていた。松山・前島エリアに根を張っていた座間味組は解散し、そのシマを手中に収めようとした波島組も壊滅状態。その空隙を狙うように、城間尚亮が、那覇の半グレたちの畏怖の対象だった渡久地巌の名を担ぎ出して、動き出したのであった……。

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が110万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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