もぐら新章 青嵐第一六回

第1章

5(続き)

 聞いていた二人の顔がみるみる強ばる。
「──できるよな?」
 伊佐は木内と湯沢の肩を強く握った。
 親指が鎖骨に食い込む。二人同時に顔を歪めた。
「できるよな?」
 再度、問う。
「三日でやれ。それ以上、もたもたしやがったら、敵と見て追い込むからな。わかったか?」
 さらに親指に力をこめる。
 二人の顔から血の気が引く。木内も湯沢も首を縦に振るしかなかった。
 伊佐は手を離して立ち上がった。
「期待してるぜ」
 そう言って右手を上げ、路上に停めたバイクの方へ歩いていった。
「あいつ、俺らを待ってたんじゃねえか?」
 湯沢は、伊佐がバイクを停めている場所を見やり、つぶやいた。
「最初から、俺らにやらせるつもりだったってことか?」
 木内が湯沢を見る。
「駐車場があるのに、わざわざ路駐してるなんておかしいじゃねえか。待ち伏せされてたんだよ、たぶん」
「マジか......」
 木内は坊主頭を掻きむしった。
「どうする?」
 顔を上げて、湯沢に訊く。
「どうもこうも、やんなきゃやられるってことだろ? やるしかねえ」
「本気か?」
「マジもマジ、大マジ。殺されるよりはましだ」
 湯沢は言った。
「それに、うまくいったら、俺ら、沖縄で悠々自適の生活できるかもしんねえぞ」
「その前にパクられたらどうすんだよ。今度は、年少じゃすまないぞ」
 木内の顔が引きつる。
「やるしかねえだろって!」
 湯沢は木内の胸ぐらをつかんだ。
「だったらよお! 少しは夢見ねえと、やれねえだろ! 違うか!」
 怒鳴る湯沢は、涙目になっていた。
 木内は顔をうつむけて、唇を噛んだ。
 中学生になって早々、道を踏み外してからずっと、クソみたいな思いをしてきた。
 普通の連中の前では大きな顔をして威勢を張っていても、悪仲間の中では小物でしかない。
 強い連中にいいように使われ、最後は、何の恨みもない相手にケガをさせ、傷害罪で少年院へ入ることになった。
 湯沢も似たようなものだ。二人とも、粋がっていたせいで悪い連中につけ込まれ、都合よく使われ、罪を犯した。
 木内は少年院にいる時、もっと別の人生があったのではないかと考えることもあった。
 シャバにいる時は、働かずに酒を飲み、暴力を振るう、絵に描いたようなダメ親父の下で、まともな人生など送れるはずがないとあきらめた。
 ただ、少年院に入って、悪い環境から隔絶され、更生施設で過ごすうちに、ひょっとしたら自分のような者でも普通の人生というものを手に入れられるのではないかと、かすかな希望を抱いたのも事実だ。
 しかし、飯嶋を初めとする職員にはどうにも苛立つし、施設でまともに暮らそうとしている連中を見るにつけ、言葉にならない腹立たしさが込み上げてきて、抑えられなかった。
 湯沢もそうだった。
 だから、二人でよくつるみ、ちょろそうな入所者を標的にしては、憂さ晴らしをしていた。
 渡久地も、ただの標的の一人にすぎなかった。
 だが、触れてはいけない人物に触れてしまったようだ。
 こうなると逃れられないことは、短いながらも裏街道を歩いてきて、身に染みて知っている。
 トラブルにならない入所者を選んでいたつもりだったが、地雷を踏んだ。
 それも、特大の地雷を......。
 まともに生きてみればよかったか。ほんのりと胸の内によぎる。
 木内は顔を強く左右に振った。
 もう、どうにもなんねえ──。
 右拳を左手で包み込み、強く握る。そして、顔を上げた。
「やるか」
 湯沢をまっすぐ見つめる。
 湯沢も覚悟を決め、緊張した面持ちで首肯した。
「ぐずぐずしてたら、決心が鈍る。今晩、やっちまおうぜ」
「そうだな」
 湯沢が右手のひらを立てた。
 木内は自分の右手のひらでパシンと叩き、親指を絡めてグッと握った。
 二人は汗ばんだ手で強く握り合い、深くうなずいて、立ち上がった。

(続く)

もぐら新章 青嵐

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄の暴力団組織「座間味組」や、沖縄の開発利権を狙う東京の「波島組」との戦闘を乗り越えた竜星だったが、親友の安達真昌とともに己の生きる道を模索していた。(もぐら新章『血脈』『波濤』)

そして今、沖縄随一の歓楽街に、不意の真空状態が生じていた。松山・前島エリアに根を張っていた座間味組は解散し、そのシマを手中に収めようとした波島組も壊滅状態。その空隙を狙うように、城間尚亮が、那覇の半グレたちの畏怖の対象だった渡久地巌の名を担ぎ出して、動き出したのであった……。

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が110万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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