もぐら新章 青嵐第八回
第一章
2(続き)
コンビニは歩いて五分の場所にある。施設は住宅街から少し離れたところにあって、コンビニまでは舗装された山道を下っていく。
車通りもなく、ひと気もない。寂しい山道だが、今の泰には心地よい。
沖縄も自然の多いゆったりとした土地だが、泰自身、のんびりと過ごした記憶がない。
家の中はいつもどこかピリピリとしていて落ち着かず、出歩くのも夜の繁華街ばかり。人の毒気が満ちている場所にしかいたことがない気がする。
ゆっくりと山道を歩いていると、こんなにも落ち着いた世界があったのかと改めて気づかされる。
施設内の人間関係には多少の煩わしさはあるものの、それでも自分が生きてきた環境に比べれば、施設や周辺の空気は段違いに穏やかで優しい。
こんな時間を過ごすのは、初めてかもしれない。
恫喝に支配された緊張から解き放たれているだけでも、心底、ホッとする。
もう、あの世界には戻りたくない。
ここで心身を落ち着けて、飯嶋の指導の下、職業訓練をして就職先を見つけ、普通の暮らしをしてみたい。
泰は心底、そう願っていた。
木々に囲まれた山道が開ける。コンビニが見えてきた。いつ来ても空いている駐車場に、めずらしく大型のバイクが停まっている。
近づいていくと、中から同い年くらいの若者が二人、出てきた。
泰の顔が曇った。対照的に、若者二人はにやりとして泰を見据えた。
「おー、渡久地くんやないか」
丸坊主の男が名前を呼び、二人して駆け寄ってくる。
泰は立ち止まった。
二人は泰を左右から挟むように立った。丸坊主の男が泰の肩に手を回す。
「偶然とは恐ろしいねえ」
にやにやしながら、泰の肩を強く握り、木陰に連れ込んだ。
ふざけんな、待ち伏せていたくせにと、泰は胸の内で吐き捨てた。
丸坊主の男は木内(きうち)、もう一人の細面の男は湯沢(ゆざわ)という名前だ。
二人は、入所したての泰に、歳が近いことを売りにして親しげに近づいてきた。
知らない土地、初めての場所で声をかけてくれると、ふっと気を許してしまう。
しかし、それが木内と湯沢のやり口だった。
彼らはすぐに本性を現わした。
三日目、一緒にコンビニへ出かけた時のこと。木内は湯沢と結託し、缶ビール二本を万引きした。
泰も現場にいた。帰り道の途中、二人は盗んだビールを泰に無理やり飲ませようとした。
泰は拒否した。
すると、湯沢が後ろから泰を羽交い絞めにし、木内が腹部に三発のパンチを浴びせた。
そして、黙ってろ、と脅した。
正直、木内のパンチはたいしたことはなかった。竜星の一撃に比べれば、蚊に刺されたようなものだ。
けれど、逆らえば面倒が起こる。まっとうな道を歩もうと心に決めた泰にとって、つまらない連中と関わって、自分の思いを潰されるほうが我慢ならない。
泰は万引きの件は黙ることにし、二人とは距離を置いた。
だが、その決断がまずかった。
木内と湯沢は図に乗り、金はたかるわ、機嫌が悪い時はサンドバッグ扱いするわと、泰に対してぞんざいな扱いを始めた。
腹立たしいが、逆らって面倒なことになるより、早く一人前になって施設を出ればいいだけと思い、耐え忍んでいた。
(続く)
Synopsisあらすじ
最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄の暴力団組織「座間味組」や、沖縄の開発利権を狙う東京の「波島組」との戦闘を乗り越えた竜星だったが、親友の安達真昌とともに己の生きる道を模索していた。(もぐら新章『血脈』『波濤』)
そして今、沖縄随一の歓楽街に、不意の真空状態が生じていた。松山・前島エリアに根を張っていた座間味組は解散し、そのシマを手中に収めようとした波島組も壊滅状態。その空隙を狙うように、城間尚亮が、那覇の半グレたちの畏怖の対象だった渡久地巌の名を担ぎ出して、動き出したのであった……。
Profile著者紹介
1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が110万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。
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