もぐら新章 青嵐第七回
第一章
2
渡久地泰は二週間前、少年院を出て、更生保護施設に移っていた。
沖縄にも施設はあるが、泰は自分から申し出て、福岡の施設を紹介してもらった。
更生保護施設は、少年院や刑務所を出た者が、社会復帰の準備をする場所だ。
身寄りのない者や保護者がいない者、身内はいても身元の引き受けを拒否された者、地元に戻ると再び犯罪を犯す恐れのある者などが集団で暮らしながら、自立できるよう、日々訓練している。
年齢は上は七十代から下は十代までと幅広い。少年少女専門の施設もあるが、圧倒的に数が少ない。
また、施設自体、資金は国から出る支援金が主な収入源で、他に収入を得る術はないため、わずかな資金で職員の給与を払い、建物を維持しているのが現状でもある。
とはいえ、真面目に社会復帰しようとする者には、刑務所や少年院を出ていきなり社会へ放り出されるより、ワンクッション置ける場所があるのはありがたいことだ。
泰は廊下で、スラックスにセーター姿の眼鏡をかけた壮年男性に声をかけた。
「飯嶋(いいじま)先生」
飯嶋が立ち止まり、振り向く。
「渡久地くん、先生はそろそろやめてくれよ」
飯嶋は笑った。
飯嶋紀彦(のりひこ)は泰が入っている施設の施設長を務めている。
今年、還暦を迎える飯嶋は柔和な笑顔と白髪交じりの頭髪がとても優しげな大人だ。言葉つきも柔らかい。
反社会的な者との接点はなさそうに見えるが、実は、若かりし頃、薬物の密売組織を仕切っていて、自身も薬物中毒に陥った過去を持つ。
人は見かけによらないというのは、飯嶋のためにあるような言葉だ。同室の入所者に話を聞かされた今も、まだ信じられない。
「どうした?」
包み込むような笑顔を向けてくる。
「コンビニに行ってきていいですか?」
泰が訊いた。
更生保護施設は、基本的に出入り自由だ。近所のコンビニエンスストアやスーパーへ買い物に行くこともできるし、余裕があれば外食してもいい。
施設の目的は、管理することではなく、あくまでも社会復帰への手助けだからだ。
制限が厳しい施設もあるが、泰が入所した施設は、飯嶋の方針もあり、ほぼ日常と変わらない自由が許されていた。
「渡久地くん、いちいち私に断わらなくていいんだぞ。私らが確認するのは、使った金額と使途だけだから」
「わかってるんですけど、なんか、一応断わっておかないと気持ち悪くて」
「君は真面目だな。でも、報告するのはいいことだ。行ってきなさい」
「はい」
泰は頭を下げ、施設を出た。
(続く)
Synopsisあらすじ
最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄の暴力団組織「座間味組」や、沖縄の開発利権を狙う東京の「波島組」との戦闘を乗り越えた竜星だったが、親友の安達真昌とともに己の生きる道を模索していた。(もぐら新章『血脈』『波濤』)
そして今、沖縄随一の歓楽街に、不意の真空状態が生じていた。松山・前島エリアに根を張っていた座間味組は解散し、そのシマを手中に収めようとした波島組も壊滅状態。その空隙を狙うように、城間尚亮が、那覇の半グレたちの畏怖の対象だった渡久地巌の名を担ぎ出して、動き出したのであった……。
Profile著者紹介
1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が110万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。
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