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書籍詳細

サイパン邀撃戦 下

C★NOVELS

覇者の戦塵1944

サイパン邀撃戦 下

谷甲州 著

伊五四潜は対潜護衛空母を撃沈し、マリアナへの米補給路を遮断した。だが制空権は今なお米軍の手に。窮地を脱すべく日本軍は、翔竜によるテニアン米基地への空襲を決定する......!

カバー:佐藤道明
刊行日:2014/9/25
新書判/224ページ/定価:本体900円(税別)
ISBN978-4-12-501312-1 C0293

はしゃのせんじん1944
さいぱんようげきせん げ



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 銃鎧(じゅうがい)という兵器がある。読んで字の通り銃撃から身を守る鎧(よろい)なのだが、現代のボディアーマーとは似ても似つかない。基本構造は兵士一人の上半身を覆う鉄製の楯で、形状だけをみれば亀の甲羅か二枚貝の片身を連想させる。主に工兵が敵前で鉄条網などを除去する際に、これを背負って匍匐前進することになる。おなじ発想の兵器としては、機関銃を収納する箱形の防楯などもある。外見上はまったくの別物だが、人力で移動しつつ敵陣に肉薄する点にかわりはない。
 日露戦争の陣地戦で多数の戦死者を出したことから考案されたというが、日中戦争の最中にも生産されていたようだ。肝心の防御力は正面からの銃撃には耐えられるものの、背面を狙い撃たれると貫通することが多かったらしい。実戦投入の記録は残っていないというが、それも当然という気がする。巨大なハマグリを伏せたような銃鎧が、爆破筒を引きずりながら近づいてくるのだ。たちまち銃撃が集中して、動きがとれなくなるのではないか。発想はきわめて常識的なのに、兵器としては異様な代物といわざるをえない。実用的でもなかったのではないか。
 日露戦争の10年後に勃発した第一次世界大戦では、敵陣地を突破するために戦車が実用化された。日露戦争というと極東の地域紛争を思わせるが、実際には二度の世界大戦に準じる規模と広がりがあった。近代的な兵器と戦術が投入され、国力のすべてを傾注した総力戦だった。戦訓は関係各国に伝えられて、第一次世界大戦に生かされた。二つの戦争に政治的な因果関係はないものの、軍事技術の面では明確な連続性がある。戦闘の様相が似通っていたとしても、驚くにはあたらない。ということは欧州諸国に先んじて、日本が戦車を実用化していた可能性もあったのだ。
 ところが現実は戦車ではなく、銃鎧や防楯などになった。この違いは、何処からくるのか。理由はいくつか考えられるが、どれをとっても技術基盤の差に収斂する。欧州で開発された初期の戦車は、農業用トラクタの技術を応用したらしい。日本でも同様の農業機械や土木重機は生産されていたが、数が少なく技術的な蓄積もとぼしかった。
 それなら満州の開拓事業で、機械力が大量に投入された世界の戦史はどうなるのか――そのような発想でシリーズ第一作となる『北満州油田占領』は書かれた。それから四半世紀にわたって書きつづけ、ようやく量産型の中戦車が登場するまでになった。三式の名がついているものの、登場時期からして四式と称するべきかもしれない。性能からしても史実の三式よりは四式にちかいのだが、混乱を避けるためにあえて三式とした。量産されずに終わった零式重戦車や百式重戦車の設計思想を受けつぎ、砲戦車の運用経験なども開発に生かされている。
 ようやく真打ちが登場したといえるのだが、戦場を縦横に駆けめぐる期間は限定されそうだ。強力な中戦車の出現に危機感を持ったアメリカが、より強力な戦車を投入してくる可能性は充分にある。次の戦闘を想定してさらに強力な兵器を開発しなければ、戦闘の主導権を掌握することはできないだろう。それ以前に、戦闘自体が終息する可能性もある。例によって登場までの前史が長すぎたものの、なんとか間にあったようだ。

〔谷 甲州/2014年9月〕

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