もぐら新章 波濤第一七回

第2章


10(続き)

 まずい......。
 浦崎は傷ついているにもかかわらず、口角を上げていた。見開いた目から飛び出しそうな眼球が血走っている。
「おまえら、逃げろ!」
 安里が叫んだ。
「殺されるぞ!」
「何言ってんだ、おまえ?」
 浦崎を殴った男は、くぐもった声で言った。隠れた口元に笑みが滲んでいる様が見て取れる。
「やばいんだ! 栄信さんがこの顔になると! 酒も飲んでる。歯止めが利かない!」
「ふらーやあらんか?」
 男は〝バカじゃないか〟と言った。
「おまえ、島のもんか」
 浦崎が一歩踏み出した。
 安里は後ろから腹に腕を回した。
「栄信さん、やめましょう!」
 止めようとする。が、安里は引きずられた。
「ただで済むと思うなよ」
 一歩一歩、男に近づいていく。
 余裕を見ていた男も、浦崎の迫力に気圧され、知らぬ間に後退していた。
「さっさと行け!」
 安里が叫んだ時だった。
 後頭部に衝撃を覚えた。呻き、目を剥く。振り返ろうとする。頭頂を殴られ、たまらず両膝を落とした。
 さっきまで離れていた男たちが、安里を襲っていた。
 浦崎から腕が離れる。
「おまえら......」
 安里が男を見上げる。
 男は安里の顎を蹴り上げた。安里が口から血を吐き出し、真後ろに倒れた。後頭部を打ちつけ、意識が朦朧とする。体が動かなくなった。
 もう一人の男がそろりそろりと浦崎の背後ににじり寄る。
「や......め......」
 安里は声を絞り出した。が、男には届かない。
 男がバットを振り上げ、浦崎の背中を殴った。
 しかし、浦崎はびくともしなかった。振り向きざま、拳を握った左腕を水平に振った。
 男はバットを握った両腕をとっさに顔の前に立てた。が、浦崎は男を腕ごと弾き飛ばした。
 男は後方へ飛び、ガードレールに腰からぶつかった。勢い余り、腰を支点にして、男の体が半回転した。
 男の後頭部がアスファルトに叩きつけられた。鈍い音と呻(うめ)きが聞こえる。男はガードレールに足を引っかけたまま、仰向けになり、動かなくなった。
「やー!」
 もう一人の男が〝おまえ!〟と叫び、バットを立て、向かっていく。
 浦崎が振り向いた。男がバットを振り下ろす。それを、浦崎は左手一つで受け止めた。
 金属バットが潰れそうなほどの握力だ。男は動けなくなった。
 浦崎が右腕を引いた。拳を固め、突き出す。
 男の顎に拳がめり込んだ。男は奇妙な呻き声を漏らした。首が折れたかと思うほど、顔が前に傾いた。
 バットから手を離した男は、そのままストンと両膝から落ちた。
 浦崎はバットのグリップを握った。振り上げる。
 栄信さん、いけない!
 掠れそうな意識の中で、安里が叫ぶ。しかし、届かない。
 浦崎は容赦なく、両膝を突いた男の頭部に振り下ろした。
 ごっ......と鈍い音がした。男はそのままゆっくりと前のめりに倒れた。目出し帽からにじみ出た血が、アスファルトにあふれる。
 浦崎は振り向いて、残った男を見た。
 あまりの強さにおののき、SUVの後方にまで下がっている。
 浦崎はSUVに歩み寄った。
「おまえら、よく覚えとけ。車を破壊する時は、こうやるんだ」
 言うなり、バットを振り回した。
 一発でフロントガラスは砕けた。衝撃でエアバッグも開いた。
 浦崎はボンネットを叩いた。天板が歪み、開く。ひたすら叩き続け、エンジンが粉々に破壊されていく。
 助手席のドアを開いた。そのまま揺さぶり、ドアを剥(は)ぎ取る。ガランと音を立て、壊れたドアが路上に転がった。
 そこからまた、車の前後あらゆるところを、バットで叩き回す。
 ガンガンと金属音と破壊音が響く中、気がつけば、残った男は仲間を残して、消えていた。
 浦崎は大きく肩を上下させて一つ息をつき、曲がったバットを投げ捨てた。
 安里に歩み寄る。片膝をついて、安里を抱え、肩に乗せた。
「栄信......さん......」
「心配するな。手加減した。殺しちゃいねえ」
「警察に......」
「先に病院だ。どうせ、こいつら動けねえよ」
 そう言って笑みを見せ、歩き出した。

11

 ガードレールの向こうに落ちた豊崎は、意識を取り戻して体を起こした。
 座り込んで目出し帽を脱ぎ、頭を振る。口の中に鉄の味を感じる。唾を吐き出すと、血混じりの唾液と共に折れた歯が飛び出した。
「あいつ、バケモンか......」
 もう一度、頭を振り、立ち上がった。
 路上を見る。
 目出し帽の男が一人、倒れていた。
 豊崎は浦崎たちがいないことを確認して、路上に駆け出た。
 突っ伏した男の脇に片膝をついて、仰向けに返す。目出し帽を取る。熱田だった。
「おい、熱田! 大丈夫か!」
 声をかける。
 顎が潰れ、顔が短くなっていた。口元と頭部からはおびただしい血があふれていて、目出し帽は血を含んで重くなっていた。
「おい! おい!」
 腕を叩いてみる。が、ピクリとも反応しない。
「マジか......」
 死んでいると思った。
 途端、全身に鳥肌が立ち、震えが来る。
「冗談じゃねえぞ......」
 豊崎は立ち上がった。
「知らねえぞ。俺は知らねえぞ」
 熱田を見つめたまま、少しずつ後退りをする。
 そして、踵を返し、走りだした。

もぐら新章 波濤

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。ひょんなことから、暴力団組織・座間味組が手がける犯罪に巻き込まれ、かつて父・竜司とともに数々の難事件にあたってきた仲間たちとともに事件解決に乗り出した竜星は、度重なる危機の中で亡き父から受け継いだ「最強の血」を覚醒させる。(『もぐら新章 血脈』2018年3月刊)

座間味組を解散に追い込んで一年余、高校三年生の竜星は平穏な日々を送っていた。ところがそこに、かつて座間味組の武闘派グループを率いていた最凶の男・綱村啓道が刑務所から出所しようとしていた……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が100万部を突破しブレイクした。他の著書に、「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「カミカゼ 警視庁公安0課」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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