もぐら新章 波濤第一六回

第2章(続き)


10

 午後十時を回った頃、安里真栄はハンドルを握っていた。
 助手席には浦崎が乗っていた。ぐったりとシートにもたれている。
「栄信さん、飲み過ぎですよ」
「しょうがねえだろ。飲まなきゃやってられねえ」
 浦崎は少し大きな声で言い、酒臭い息を吐いた。
 安里は苦笑した。
 浦崎が飲んでしまうのも無理ないと思う。
 今日は、糸満市中心部の居酒屋で、真栄里周辺の農業関係者と会合を行なっていた。
 出荷予定や今後の生産計画を話し合うものだったが、その中で南部開発の話も出た。
 南部開発については一枚岩かと思いきや、実はそうでもない。
 中には、自分の畑を売ってもいいという者もいる。
 先祖代々受け継いだ土地は、島人(しまんちゅ)にとっては大事なものだ。一方で、沖縄でもご多分に漏れず、農業就労者の高齢化や後継者不足は深刻だった。
 そんな中、一部の農業従事者は、この機会に南部にも観光業を取り込んでもいいのではないかという意見も出始めている。
 安里たちのように、若手として、先祖の土地を守りながら農業を営んでいる者にとっては受け入れがたい意見ではあるが、自分たちが死ねば、結局、先祖代々の土地は荒れてしまい、それこそ申し訳が立たないとするおじーやおばーの気持ちも理解できないわけではない。
 そして、若手たちが、南部や島の風土や伝統を守り続ける有効な策を打ち出せていないのも現実だ。
「おまえ、よく飲まずにいられるな」
「車で来てるんだから、飲んじゃダメでしょう」
 安里が呆れて微笑む。
「このままじゃ、開発しようとする連中の思惑通りになっちまう。いいのか、それで! いいのか!」
 浦崎はろれつの回らない舌でまくし立てた。
「よくないですよ。だから、栄信さんと一緒に抗議運動したり、土地を手放そうとしているおじーたちを、共に説得してるんじゃないですか」
「そうだな......そうだったな......」
 浦崎がうなだれる。
「なあ、真栄。俺は間違ってるのかなあ」
「何がです?」
「俺はなんとか、島を、南部を守りたい。だが、そのせいで苦しい思いをする人もいる。何かを守るために、一部の人を苦しくさせるのは本末転倒なんだろうかなあ」
 浦崎がめずらしく弱音を吐いた。
 無理もない。
 最初は、真栄里や喜屋武の農家が一丸となって反対運動を行なっていたが、この頃はその熱も冷めつつある。
 若手の中に、おじーたちの話を聞いて、自分の将来を考える者も出始めたからだ。
 土地や伝統を守るのは大事だ。が、理想だけでは生きていけない。インバウンドで潤っている那覇市内や北谷のあたりの様子を知ると、迷いも出てくるのは当然のことだ。
 中には、土地の買取値段を吊り上げるために、反対運動に参加しているとみられる者もいる。
 地元選出の古城県議もなかなか動かない。
 浦崎の苛立ちと葛藤は、安里にも手に取るようにわかった。
「間違ってるかどうかじゃなくてですね。俺は島人だから、島の暮らしや伝統は守りたい。それだけです。その思いに正しいも間違いもないと思いますよ」
「そうだよなー。うん、そうだ」
 浦崎の上体が頷くたびに舟を漕ぐ。
 安里は横目で一瞥して微笑み、言った。
「そういう思いを持ってるウチナーもいるということは、声を上げなきゃ伝わらない。結果はどうなろうと、それでいいんじゃないですかね」
「そうだ! いいこと言った、真栄!」
 浦崎が二の腕をバシンと叩く。ハンドルが取られそうになり、車体が蛇行する。
「危ないなあ! 二人で事故るのはカンベンですよ」
 安里は車のふらつきを戻し、小波蔵交差点を右折した。
 真っ暗な県道を、安里たちの乗る車のヘッドライトだけが照らす。
「もうすぐですよ。寝ないでくださいね」
「わかってる! わかって......」
 言いながら、大あくびをする。
「寝ないでくださいって」
 安里は再度声をかけた。
 浦崎は一度眠ると、めったなことでは起きなくなる。
「栄信さん!」
 安里は左手で浦崎の二の腕を握り、揺すった。一瞬だけ、前方から視線が外れる。
 この時間、すれ違う車はめったにない。
 顔を前方へ向ける。
 と、いきなり、ヘッドライトが車体を捉(とら)えた。黒い車体がぬらりと光る。
 安里は驚き、ハンドルに手を戻して、ブレーキを踏み込んだ。滑るタイヤの音が闇に広がる畑に響く。
 こくりこくりしていた浦崎は、ダッシュボードに額を打ちつけた。顔をしかめる。
「何してんだ!」
 浦崎は目を覚まし、怒鳴った。
 車が停止する。
「いや、車があったもんで」
 安里はフロントガラスの先を見やった。浦崎も顔を上げる。
 黒いSUVが道路を塞ぐように横向きに停まっていた。ライトは点いていない。窓にはスモークが貼られていて、中の様子もわからない。
「誰だ、こんなところに車停めてんのは」
 浦崎が前を睨む。
 と、後部ドアが開いた。
「なんだ......?」
 安里は目を凝らした。
 するといきなり、男二人が走ってきた。目出し帽をかぶっている。手にバットを握っているのが見えた。
 安里はバックギアを入れようと、左手をシフトレバーに伸ばした。
 が、その前に男たちが突っ込んできた。ボンネットで左右に分かれ、バットを振り下ろしてくる。
 フロントガラスにひびが入った。浦崎と安里は両腕を上げ、顔をガードした。
 男たちはバットを振り回した。ドアガラスが割れた。粉々になったガラスが、二人の頭や顔に降り注ぐ。
「なんなんだ、こいつら!」
 安里が叫ぶ。
 男たちは狂ったように、バットでガラスやボディーを叩きまくる。リアガラスも割れた。
「真栄! 踏め!」
 浦崎が声を張った。
「何を!」
「アクセルを踏め!」
「ドライブですよ!」
「かまわん! 踏め!」
 浦崎が怒鳴った。
 安里はハンドルを握り、アクセルを踏み込んだ。スキール音が響いた。
 車が急発進する。フロントが黒いSUVの横腹に突っ込んだ。
 SUVが浮き上がるほどの衝撃だ。ひびの入っていたフロントガラスが砕け散り、エアバッグが飛び出した。
 安里と浦崎は、顔面を弾かれ、後頭部をシートに打ちつけた。エンジンルームから白い煙が上がる。
 二人はドアを蹴った。シートベルトを外し、外へ転がり出る。
 バットを持った二人の男は、呆然と突っ立っていた。まさか、自分たちの車に突っ込むとは思っていなかったようだ。
 安里は車体に手をかけ、立ち上がった。エアバッグの衝撃で口辺が切れ、血が滲んでいる。
 反対側で浦崎が立ち上がった。浦崎はバットを持った男たちを睨んだ。眉が吊り上がり、鬼のような形相になっている。
「おまえら、何もんだ!」
 野太い声が闇に響く。
 男たちはたじろいだ。
「こんな真似して、ただで済むと思うなよ!」
 浦崎はさらに吠えた。
 男たちが後(あと)退(ずさ)りをする。穴に覗く男たちの目はあきらかに怯えている。それでも逃げようとしない。
 おかしいな......。
 安里が違和感を感じた時だった。
 目の端に影がよぎった。浦崎の方を見やる。背後に人影があった。手に持ったバットを振り上げている。
「栄信さん!」
 声を張る。
 浦崎も気配に気づき、振り向こうとした。その頭上にバットを振り下ろした。
 鈍い音がした。側頭部が割れた。血が噴き出し、左眼のあたりを赤く染める。
 男は跳ね上がったバットを真横に振った。浦崎の頬にバットがめり込んだ。男がバットを振り抜く。
 浦崎はよろけて、路上に倒れた。
「栄信さん!」
 安里はボンネットに飛び乗った。
「何するんだ、おまえは!」
 駆けだし、飛び蹴りを放つ。男は後ろに飛(と)び退(の)いた。
 安里の蹴りは空を切った。そのまま、浦崎の下に駆け寄る。路上には、浦崎の歯と血糊がこぼれていた。
「大丈夫ですか!」
 抱き起こそうとする。
 浦崎はその腕を払った。安里の顔にあたり、尻もちをつく。
 浦崎は、ゆらりと立ち上がった。

もぐら新章 波濤

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。ひょんなことから、暴力団組織・座間味組が手がける犯罪に巻き込まれ、かつて父・竜司とともに数々の難事件にあたってきた仲間たちとともに事件解決に乗り出した竜星は、度重なる危機の中で亡き父から受け継いだ「最強の血」を覚醒させる。(『もぐら新章 血脈』2018年3月刊)

座間味組を解散に追い込んで一年余、高校三年生の竜星は平穏な日々を送っていた。ところがそこに、かつて座間味組の武闘派グループを率いていた最凶の男・綱村啓道が刑務所から出所しようとしていた……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が100万部を突破しブレイクした。他の著書に、「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「カミカゼ 警視庁公安0課」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー