もぐら新章 波濤第一三回

第2章(続き)


 前島交差点近くの古びたビルの一室に、仲屋光喜(みつよし)が経営する〈アイランドウェーブ〉のオフィスはあった。
 松山に出店したキャバクラ三店舗は売り上げもよく、そこそこ羽振りはいい。今、四店舗目の出店も計画している。
「こんなにうまくいくとは、思わなかったなあ」
 仲屋はハイバックの革張りの椅子に仰け反って脚を組み、窓の向こうを走るゆいレールを見つめた。
 座間味組が解散した後、仲屋は沖縄を出た。そして、東京にいる知り合い宅を転々としつつ、今後どうするかを思案していた。
 身を寄せた友人に誘われ、彼が働いているキャバクラのボーイとして働き始めた。
 人に使われるのは面倒だったが、いつまでもふらふらしているわけにもいかない。
 渋々働いていた時、店でトラブルが起こった。
 慣れない都会暮らしの疲弊や、素人上司に使われている苛立ちも相まって、仲屋は騒ぐ客を外に連れ出し、暴行を加えた上で金を回収した。
 組にいた頃やっていた仕事のようなものなので、特に罪悪感もなかった。
 以降、ちょっとしたトラブルが起こるたびに、処理を頼まれるようになった。
 働き始めて一カ月が経った頃、仲屋はオーナーの沢田俊平に呼び出された。
 やりすぎたか......と気にしつつも、そろそろ辞めたい頃だったのでちょうどいいかと思い、歌舞伎町にある沢田の事務所に出向いた。
 沢田は四十代前半で、都内各地にキャバクラを五店舗経営するやり手だった。
 小ぎれいなスーツに身を包み、柔和な笑みを覗かせるその様は、六本木ヒルズにいそうな若手経営者にしか見えない。
 が、仲屋は実態を聞かされ、驚いた。
 沢田は座間味組とも関係のあった波島組の企業舎弟で、組が縮小した後も財政を支えているという。
 ヤクザに関わること自体はたいした話ではなかったが、構成員として所属するつもりはなかった。
 末端の構成員がどうなるかは、身に染みて知っている。
 看板があれば威勢を張れるが、落ち目になればたちまち敵対する組員から狙われ、看板がなくなれば人間扱いされず、社会からはじき出されておしまい。
 沢田の舎弟になれと言われれば、一も二もなく断るつもりだった。
 が、沢田が持ち出した話は意外なものだった。
 組には所属せず、沢田の会社とも関係なく、仲屋の会社として、松山にキャバクラを運営する会社を設立してほしいという話だ。
 経営ノウハウは教えるし、女の子も沢田の会社でスカウトした者を回すという。
 それでいて、上がりはいらないということだった。
 あまりに条件の良すぎる話なので、初めは断わった。
 が、二度、三度と呼び出されては話を向けられ、断わりづらくなってきた。
 そこで、沢田に真意を訊ねた。
 沢田は重い口を開いた。
 波島組は座間味組と結託し、松山の飲食店の利権拡大を目論んでいた。
 しかし、その矢先、座間味組が潰される事態に陥った。
 沖縄への足掛かりを失った波島組は、組の縮小もあり、一度は撤退したが、再び沖縄へ乗り出す機会をひそかに狙っていたという。
 その先鋒として、仲屋に沖縄へ戻ってほしいという趣旨だった。
 組には属さないが、それではフロント企業と変わりない。何かあれば、矢面に立たされるのは仲屋自身でもある。
 真意を聞き、ますます固辞しようと思ったが、最後は脅された。
 断われば、東京湾が墓場になる、と──。
 ヤクザの本質は知っている。沢田がそこまで口にした以上、退くことはない。
 仲屋は渋々引き受けざるを得なくなった。
 沢田は、アドバイザーとして、桑原一也という三十代の男を付けた。
 アドバイザーという名目の監視役だ。わかってはいるが、拒否する権限はない。
 仲屋は桑原を連れ、島に戻った。
 桑原はさっそく、不動産屋を回って契約を済ませ、一カ月で内装工事を終え、一店舗目の〈ゴールドラッシュ〉を開店した。
 仲屋は何もしなかった。いや、できなかったと言った方がいいか。桑原は、それほど手際よく事を進め、あっという間に店を開いてみせた。
 資金もフロアレディーもすべて、沢田の会社がダミー会社を経由して提供した。
 一店舗目は、内地のきれいどころが揃っていると評判になり、たちまち人気店となった。
 桑原はすぐさま二店舗目の開店に着手した。
 今度は、沖縄県内のきれいどころを破格の時給と歩合で集めた。それもまた評判になり、成功した。
 わずか三カ月で、仲屋が代表を務める〈アイランドウェーブ〉は、松山でも指折りの店を展開する有名企業となった。
 当然、昔からいる者たちは面白くない。その中には、座間味組に代わって、街を仕切ろうとしている組織もある。
 様子を見ていた連中がゴールドラッシュに乗り込んできたのは、三カ月経ってすぐのことだった。
 どこかの組の依頼を請けた半グレが五人ほど、金属バットを持って店に押し入り、破壊を始めた。
 黒服は従業員と女の子を逃がし、半グレたちを店内に閉じ込めた。
 連絡を受けた仲屋と桑原は、急いで駆けつけた。
 仲屋は内心、面倒なことになったと色を失っていたが、桑原は笑って言った。
 仲屋社長、いい機会ですよ、と。
 店に到着し、中へ入ると、五人の男は黒服に囲まれ、フロアの中央に集められていた。破れた服は血だらけで、顔はわからないほど傷つき腫れている。中には手足が折れ、フロアに転がっている者もいた。
 あまりに凄惨な現場を目の当たりにし、仲屋は立ち尽くした。
 しかし、それで終わりではなかった。
 桑原は、すっかり戦意を喪失している男たちにさらなる暴行を加えた。
 その時、桑原はこう怒鳴り続けた。
「この街で仲屋さんに逆らったら、てめえら全員地獄に送んぞ、こら!」
 ふるう金属バットに付いた血糊は飛散し、壁やフロアを赤く染める。
 半数はもう意識がなく、かろうじて意識のある二人も朦朧としていた。
 その後、店を襲った五人は、県内の北から南まで各地で傷ついた状況で発見され、病院に収容された。
 傷害事件として捜査が入ったが、桑原の息のかかった黒服の一人が自首をし、店を急襲されてやむなく反撃したと言い通した。
 もちろん、他の従業員や現場を目撃していた客も口裏を合わせた。
 暴行を受けた男たちも報復を恐れ、桑原や仲屋のことは語らなかった。
 以来、裏の界隈では、仲屋に逆らうと半殺しにされるというコンセンサスができあがり、今では仲屋が顔を出すだけで騒動が収まるようになった。
 仲屋は何もしない。顔を出し、やめろと言うだけ。それでも騒ぐ者は、桑原が連れてきた黒服が〝別室〟で話をつける。
 今では、街を歩いていても、仲屋に因縁を付けるような昔からの知り合いもいなくなった。
 正直、力を持ったようで心地はいい。一方で、それはすべて借りものだということも重々承知している。
 桑原には、堂々としていてください、と言われているものの、調子に乗って威勢を張っている時に、もし桑原たちが手を退いたら、それこそ二度と島には戻れなくなる。
 今の身分を謳歌したいが、後ろ盾を失ったヤクザの末路はみじめだ。
 仲屋は、仕事は仕事としてこなしつつも、なるべく敵対する者に目を付けられないよう、派手な言動や遊興は慎んでいた。
 それが落ち着きを演出し、かえって大物然とした空気を生み出していた。
 とりあえず、あと二、三年はこのまま社長業を引き受け、金が貯まったら後進に譲ろうと目論んでいた。
 ドアがノックされた。
「なんだ」
 返事をする。
 ドアが開いた。桑原が顔を出す。
「社長、お客さんです」
「誰だ?」
 ドア口に目を向ける。
 と、桑原を押しのけるようにスーツ姿の男が姿を現わした。
「あ、沢田さん!」
 組んでいた脚を解き、あわてて立ち上がった。
「おー、元気そうだ。店はうまくいっているみたいだな」
「おかげさまで。どうぞ」
 執務机の前にあるソファーを手で指した。
 桑原が案内する。沢田は二人掛けソファーの真ん中に腰を下ろした。
「どうしたんですか? 来るなら連絡をくだされば、迎えに行かせたんですが」
「急に沖縄へ来ることになったんだ。せっかくなんで、たまには、ゆいレールに乗ってみようと思ってな」
「どうでした、ゆいレール?」
「できた頃は物珍しさもあってそこそこ楽しめたが、今はもう、普通に県民の足になってしまったんだな。内地の電車と変わらない」
「もう十五年以上になりますからね。観光客が多い時は、東京の満員電車かと思うほど込んでますし」
 話しながら、仲屋は沢田の対面に浅く腰かけた。
「桑原、一番高い酒、持って来い」
 仲屋が命じる。
 桑原が頭を軽く下げ、部屋を出ようとする。
「あー、酒はあとでいい。桑原。おまえもいてくれ」
「はい」
 桑原は仲屋の隣に座った。
 沢田は二人を交互に見やった。桑原は平然としていたが、仲屋の顔はやや硬くなった。
「実はな。少し頼まれてほしいことがあるんだ」
「なんです?」
 桑原が訊く。
 沢田はスマートフォンを出した。指先で操作し、画面に写真を表示する。
「この男を痛めつけてほしい」
 テーブルに置く。
 二人は覗き込んだ。髭面で濃い顔の男が映っていた。
「誰ですか、これは?」
 仲屋が訊いた。
「浦崎栄信という男だ。うちの親父が沖縄の南部開発計画に絡んでるんだが、その反対運動の先頭に立っているヤツだ」
「南部とは、糸満とか喜屋武のことですか?」
「そうだ」
「喜屋武ですか......」
 仲屋は渋い表情を浮かべ、うつむいた。
「怖いか?」
 沢田が問う。
「正直......あそこはあまり手を出したくないですね。ちょっと特殊というか、違いますから、このあたりとは......」
「親父も同じことを言っていたが、やらねえと話が進まないんだ。やってくれるよな?」
 沢田は仲屋を見つめた。
 仲屋はうつむいたまま、返事ができない。
「俺がやりますよ」
 桑原が言う。
「いや、親父の話じゃ、地元の人間じゃねえとダメだって話なんだ。どういうわけか知らないが、親の言うことは絶対だからな。頼めねえか、仲屋」
「顔を隠してやっちまえばいいんですよ、社長」
 桑原は言った。
「相手は一人でしょう? うちで働いてる島の人間を二人くらい連れて、三人で襲えば、社長がやられることもないですよ」
「そうだな。殺すことはねえんだ、仲屋。ビビらせてくれりゃあいい。どうだ?」
 沢田は直視する。
 仲屋は上目遣いにちらりと沢田の顔を見た。顔は笑っているが、目は笑っていない。
 仲屋は深くうつむいて、拳を握り締めた。震える。
 しかし、沢田が親父と呼ぶ波島組の組長から向けられた話。断わる選択肢はなかった。
 仲屋はやおら顔を起こした。
「わかりました。やります」
「さすが、俺が見込んだ男だ」
 沢田は笑みを濃くして、深くもたれた。
「いつまでですか?」
「早い方がいい。俺は三、四日、こっちで遊んでいくから、その間にやってくれるか?」
「わかりました」
 実行を見届けるということか──。
 仲屋は逃げられないと悟り、身震いした。

もぐら新章 波濤

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。ひょんなことから、暴力団組織・座間味組が手がける犯罪に巻き込まれ、かつて父・竜司とともに数々の難事件にあたってきた仲間たちとともに事件解決に乗り出した竜星は、度重なる危機の中で亡き父から受け継いだ「最強の血」を覚醒させる。(『もぐら新章 血脈』2018年3月刊)

座間味組を解散に追い込んで一年余、高校三年生の竜星は平穏な日々を送っていた。ところがそこに、かつて座間味組の武闘派グループを率いていた最凶の男・綱村啓道が刑務所から出所しようとしていた……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が100万部を突破しブレイクした。他の著書に、「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「カミカゼ 警視庁公安0課」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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