もぐら新章 波濤第七回

第2章


 竜星は、自分の部屋で三線を弾いていた。
 マットレスには、真昌が寝転んでいる。真昌は手のひらに頭を乗せ、三線を弾く竜星を見ていた。
 竜星の演奏が終わる。真昌が起き上がった。
「やっぱ、うまいなあ、おまえ」
「そうでもないよ。まだ、緩急がしっくりきてないし」
「何言ってんだ。唐船(とうしん)ドーイは弾けるだけですごいさ」
「弾くだけなら、誰でもできるよ」
「そりゃ、オレに対する嫌味か?」
 真昌が睨む。
「おまえは太鼓がうまいじゃないか」
「テークーは叩くだけでいいからな」
「町内会のエイサーで大太鼓叩いてたじゃないか。あれはなかなかできないよ」
「ガキの頃から締太鼓やってたから、慣れてるだけさ。三線のほうがよっぽど難しいさ。指動かねえし、チンダミできねーし、バチも使えねえし」
「チューナーがあれば、調弦は難しくないよ。つめ(バチ)も慣れれば、自分の指みたいに動くし。左手は練習するしかないけどな」
「それも才能あってのことだって」
 真昌は言い、ため息をついた。
 三線は十四世紀末、琉球王国時代に中国より持ち込まれた三絃を原型とする弦楽器だ。十五世紀、当時の琉球王・尚真(しょうしん)が士族の教養として奨励したことをきっかけに広がり、のちに大和に渡り、三味線として普及した。
 構造は三味線とほぼ同じで、蛇皮を張った胴から棹が伸び、三本の弦をカラクイと呼ばれるポンチのような形をした糸巻きに取り付け、調弦をする。
 三線のバチは爪(ちみ)とも言われ、三味線のそれとはまったく異なる。大きな鉤爪のようなものを人差し指に付け、先端で押さえるように弾いて演奏する。
 また、楽譜は工工四(くんくんしー)という独特の記譜法で表記される。
 竜星が練習していた〈唐船ドーイ〉という曲は、カチャーシーと言われるテンポの速い踊りに使われ、祝いの席や宴席のトリで演奏されることが多い。
 高校の卒業イベントで、卒業生たちが演奏するので、時間を見つけては練習していた。
「いいよなあ、おまえはいろいろ才能があって」
 真昌がぼやく。
「なんだよ、いろいろって」
「頭はいいし、ケンカは強(つえ)えし、楽器もできるし、イケメンだし。一つくらい、オレに分けろよ」
「おまえだって、いい男じゃないか」
「どこが?」
「それはな。えーと......」
「ほら」
 真昌がふてくされ、さんぴん茶を飲む。
「悪い悪い。おまえの熱くなれるところとか、友達思いなところとかは好きだぞ。正直、うらやましい」
「うらやましいって、なんだよ」
「僕は、真昌みたいに感情を出すのが苦手なんだ。こないだの松山の件でも、おまえは一も二もなく駆けつけてくれただろう? ああいうの、ほんと、すごいなと思う」
「おまえだって、逆の立場なら、駆けつけてくれただろ?」
「たぶん、な」
「たぶんって......。見捨てる気か?」
 真昌が苦笑する。
「わからないんだ。そうなってみないと」
 竜星は指に付けたバチを見つめた。
 真昌はふっと微笑んだ。
「おまえはきっと飛んでくるよ。おまえの母ちゃんとか巌さんを助けに行った時、何も考えていなかっただろ?」
「そうだけどな」
 竜星はバチを握り締めた。
「おまえにも熱いところはある。オレが一番よく知ってる」
 真昌は竜星の背中を叩いた。
 竜星は微笑み、顔を上げた。
「そういやあ、おばあから聞いたけどさ。おまえ、東京の大学には行かないんだって?」
 真昌が訊いた。
「そのつもりだけど」
「なんでだよ。おまえ、昔から、一度島を出るつもりだと言ってたじゃないか」
「そうなんだけどな......」
「金か?」
 ストレートに問う。
 竜星はもう一度、手元に目を落とした。
「もったいねえなあ、金のことくらいで」
「大事なことだ」
 竜星が小声で言う。
「いや、もったいねえ。おまえなら、いい大学出て、いいところに就職できる。そうすれば、金なんて簡単に返せる」
「気楽に言うなよ」
 竜星は顔を起こして、苦笑いをした。
「バカ、本気で言ってんだ。オレは、島で何か仕事探すくらいしかねえんだから。才能あるヤツは、島にくすぶってちゃいけねえよ」
「おまえ、親父さんの畑を継ぐんだろ?」
 竜星が訊いた。
「そのつもりだったんだけど、なんだか雲行き怪しくなってきてなあ」
「親父さんとケンカでもしたのか?」
「そんなのじゃねえんだよ」
 真昌は渋面をして、ため息をつき、話を続けた。
「なんか、親父の畑とか周りの畑、開発されるんじゃねえかって話になっててな」
「喜屋武の周辺を?」
 聞き返した竜星の言葉に、真昌が頷く。
「正確には、真栄里のエージナ島周辺を開発するって話なんだけどな。そこが開発されたら、喜屋武も観光地にされて畑が潰されるってんで、親父らが小波蔵(こはぐら)あたりの農家と一緒になって、抗議運動をやってんだ」
「なんか、嫌な話になってんな」
「まったくだよ。よその人間に荒らされて、喜屋武が国際通りみてえになっちまうのは耐えられねえ」
 真昌が拳を握る。
「でも、エージナ島あたりとか喜屋武は、戦跡国定公園になってるから、大丈夫じゃないか?」
「そう思うんだけどな。親父も詳しくは話してくれねえからわからないんだけど、結構な騒ぎになってるから、なんかあるんじゃねえかな」
 真昌は拳を開いて、太腿をパンと打った。
「まあ、オレの話はいいんだよ。おまえはいっぺん、島を出なきゃいけねえ男だ。金の心配とかしてんじゃねえよ。それとも、ビビってんのか?」
「なんだ、それ」
 竜星が苦笑する。
「おまえはオレの希望の星。内地でデカくなって、自慢させてくれ」
「おまえのためにがんばれってか?」
「そう。オレのために行ってこい」
 真昌が腕を組んで、鼻から息を吐いた。
 竜星は真昌の勝手な言い分に笑いつつ、なんとか自分の背中を押そうとしてくれている友に、心の中で感謝した。

もぐら新章 波濤

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。ひょんなことから、暴力団組織・座間味組が手がける犯罪に巻き込まれ、かつて父・竜司とともに数々の難事件にあたってきた仲間たちとともに事件解決に乗り出した竜星は、度重なる危機の中で亡き父から受け継いだ「最強の血」を覚醒させる。(『もぐら新章 血脈』2018年3月刊)

座間味組を解散に追い込んで一年余、高校三年生の竜星は平穏な日々を送っていた。ところがそこに、かつて座間味組の武闘派グループを率いていた最凶の男・綱村啓道が刑務所から出所しようとしていた……

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が100万部を突破しブレイクした。他の著書に、「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「カミカゼ 警視庁公安0課」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー