持続可能な魂の利用第10回

 わたしたちはバレーボールを楽しんだ。
 先週までの「女子高生になってみる」週間も無事に終わり、みんなすっかり解放感に溢れていた。
 年齢的に、そして性別的に、かつてだったら、わたしたちは「女子高生」と分類されていたらしい。
 体験型学習として、すたれた伝統に習ってみるのも意義深いだろうということで、わたしたちは一週間の間、「女子高生」として過ごした。
 実際、ある国では、歴史で学ぶ時代や人物に合わせて、「コスプレ」をして授業を受ける教育を取り入れていたこともあったらしい。そのほうが、楽しく、臨場感を持って学べたからだ。
 どこから出してきたのか、配布された埃くさい「制服」は、ブレザーやスカートの生地がごわごわしていて着心地が悪いし、スカートでなければいけない必然性が感じられなかった。ブレザーを着て腕を伸ばしてみたり、ぶんぶん振り回したりしてみたが、ひきつれる感じがして、不快だと思った。
 これが「制服」か。
 わたしたちは、「制服」を着た自分たちの姿を見回した。
 誰もが微妙な表情を浮かべていた。
 以前、「着物」や「浴衣」を着る機会があった時でさえ、こんな困惑はしなかった。
「制服」は、一度は純粋に「制服」であった時もあったはずだ。しかし、それはやがて勝手に意味を押し付けられ、手垢にまみれた。いつから「制服」は「制服」ではなくなったのか。
 これを強制的に着て、毎日学校に通っていた「女子高生」の気持ちをわたしたちは想像してみた。
 かわいそう。
 真っ先に頭に浮かんだのがそれだった。
 不自由でかわいそう。
 気になったのは、単に着心地のことだけではない。わたしたちは、歴史的に「女子高生」の「制服」がどういう意味を持っていたのか、すでに学んでいた。
「女子高生」、そして彼女たちの「制服」は、性的なものとして考えられていた。
 はじめてそう習った時、わたしたちは驚きで言葉を失った。重い沈黙がわたしたちの間にあった。
 たとえば、わたしたちが今ただこうしているだけで、道を歩いたりしているだけで、性的な存在とされるなんて、普通に考えて意味が通らない。理解できない。
 歴史には、戦争や侵略など恐ろしい出来事がちりばめられていて、その恐ろしい出来事には常に性的に搾取される女性たちの存在が付き物だった。
 でも、この「女子高生」の時代に、日本では戦争は行われていなかったはずだ。
 それでも「女子高生」と彼女たちの「制服」は、性的なものとして捉えられ、搾取されていたらしい。性的搾取が日常化していた。つまり、その時代は、恐ろしい時代だったってことだ。
 不思議なのは、恐ろしい時代であることを、人々が極力気づかないようにして暮らしていた気配があることだ。彼らは何にそんなに怯えていたのか。あまりにも不可解なので、記録には残されていない、見えない戦争があったのかもしれないと、わたしたちはその不可解さを心に留めた。もう少し、調べてみる必要がある。
「制服」を身につけたわたしたちは歴史の重みに少しばかりの畏怖を抱き、自分たちの姿に怯えに近いものを感じたが、持ち前の好奇心と探究心とを持って、この課題に取り組むことにした。
 アーカイブでこれまでに得た「女子高生」や時代の情報をフル稼働させて、わたしたちなりの「女子高生」をつくり上げた。
 わたしたちのグループは、お互いを、
 チヨ
 ミカ
 フミコ
 ユキエ
 アカネ
 と呼び合うことにした。「女子高生」らしい名前に違いないと思ったからだ。
 でも、なにぶん慣れていないので、何度も呼び間違えたし、自分に割り当てられた名前をうっかり忘れてしまったりした。
 名前って不思議だ。
 そもそも、わたしたちは、名前は自分でつけていいし、好きなタイミングで変更していいことになっていた。
 名前は別になくてもよかった。
 かつては必須だったという名字は廃止されていた。
 一説によると、名字は、「おじさん」と結びついてきたものだからだそうだ。
 女性の旧姓というものについてもわたしたちは学んでいたが、それも結局「おじさん」のものだから、どちらにしても「おじさん」に属することになる。女性はほとんどの場合、婚姻の際に自分の名字を失ったが、それまで保有していた名字も、厳密に言えば、女性のものではなかった。女性には、女性だけの名字がなかった。
 びっくりしたのは、子どもの名前を、産んだ女性じゃなくて、その家系のえらい「おじさん」が名付けることも少なくなかったことだ。「おじさん」は産んでいないのに。「おじさん」は産む能力を持っていなかったのに。どうして何もしていない「おじさん」がしゃしゃり出てくるのが普通のこととして、受け入れられていたんだろう。
(この時代を調べると、何らかの原因で子どもを産むことのできない女性を、産めない体としてないがしろにしたとも言われている。でも、そもそも産めない体は「おじさん」のほうだ)
「母がつけた名前だったら、自分の名前をもっと好きになれていたかも」
 このことについて学んだ時、「先生」は代々語り継がれてきたというある女性の言葉をわたしたちに教えてくれた。
 それが関係するのかどうなのか、わたしたちは名前に関しては、好きにしていいことになっている。
 最終的に、わたしたちのグループは課題をなんとかやり遂げたし、××への理解も深まったように感じられた。
 発表で褒められたわたしたちは、
「えらい」
「えらい」
「えらい」
「えらい」
「えらい」
 と、お互いを飽きることなく褒め称えた。真顔で言うのがポイントだった。
 今回の課題を通して、「女子高生」は自尊心が低くなるよう教育されていたのだという、胸が痛くなるような事実を知るに至ったので、今この瞬間は「女子高生」であるわたしたちは、意地のように「えらい」「えらい」と繰り返した。そうしていると、なんだか目頭が熱くなってきた。
 わたしたちも生まれる時代が違えば、「女子高生」になっていたのだ。そう考えると、足元がぐらつくような心地がした。
 そして、「制服」が回収された。
 チヨ
 ミカ
 フミコ
 ユキエ
 アカネ
 から解放されたわたしたちは、しばらくは名無しの気分だねと言い合い、「女子高生になってみる」週間最終日のアクティビティであるバレーボールの最中も、名前を呼び合わずに黙々とこなす戦法を選んだ。四方から聞こえてくる荒い息遣いが、わたしたちの確かな存在証明だった。ストイックな雰囲気にぞくぞくした。
 けれど、だんだんと熱くなってきたわたしたちは、黙っていることに我慢ができなくなり、お互いのナイスプレーには、賛辞の言葉を浴びせまくることにした。
 また自然と、
「えらい」
「えらい」
「えらい」
「えらい」
「えらい」
 と声をかけ合っているわたしたちがいた。まるで「女子高生」についてリサーチしている間に感じた理不尽さを、悲しみを、振り払おうとしているみたいだった。
 あと、悔しさを。そう、わたしたちは、悔しかったのだ。「女子高生」がこんな目に遭っていたことが。
 相手グループは昔の文献オタクが集まっていたので、
「そなた!」
「頼んだ、貴様!」
「わらわに任せて!」
「朕もサーブ打ちたい!」
 などと叫びながら、プレーをしていた。それも楽しそうだった。
 ゲームは、僅差で相手チームの勝利に終わった。
 でも、わたしたちの気分は爽快だった。
 チヨ
 ミカ
 フミコ
 ユキエ
 アカネ
 ではなくなったわたしたちは、一週間前までに使っていた自分たちの名前もすっかり忘れてしまっていて、名前のないわたしたちは、これからどんな名前をつけてもいいわたしたちは、お互いにもたれかかるように倒れこみ、首元を流れる汗を心地よく感じていた。

持続可能な魂の利用

写真:岩倉しおり

Synopsisあらすじ

ある日、カナダから帰ってきた敬子は気づいてしまった。日本の女の子たちが〝最弱な生き物〟であることに――!「アンデル 小さな文芸誌」にて連載された、松田青子による「持続可能な魂の利用」がWebBOCにお引っ越し&再スタート。日本にはびこる悪しき因習に切り込み、世界を呼吸のしやすい場所にする。人生を楽しくパワフルに変身させる物語の誕生です。

Profile著者紹介

松田青子(まつだ・あおこ)

1979年、兵庫県生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。著書に『スタッキング可能』『英子の森』『ワイルドフラワーの見えない一年』(以上、河出書房新社)、『おばちゃんたちのいるところ』(中央公論新社)、翻訳書に『狼少女たちの聖ルーシー寮』『レモン畑の吸血鬼』(以上、カレン・ラッセル/河出書房新社)、『AM/PM』(アメリア・グレイ/河出書房新社)『問題だらけの女性たち』(ジャッキー・フレミング/河出書房新社)、エッセイ集に『読めよ、さらば憂いなし』(河出書房新社)、『ロマンティックあげない』(新潮社)などがある。

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