北条氏康第二十一回

二十一

 数日後、小田原城の大広間で重臣会議が開かれた。
 議題は、来たるべき武蔵(むさし)侵攻作戦である。この作戦には、二万という空前の大軍を動員することが計画されている。今まで、これほどの軍勢を動かしたことはない。北条氏の持てる力をすべて注ぎ込む作戦なのだ。
 それだけの大軍が武蔵に攻め込めば、伊豆と相模(さがみ)は空き家同然になる。隣国の今川が悪巧みをすれば、易々と征服することが可能であろう。
 それ故、武蔵侵攻に際しては、今川から中立を守るという約束を取り付けることが絶対必要条件だった。それがうまくいったので、いよいよ武蔵侵攻作戦を実行することになった。
 失敗することのできない作戦である。失敗すれば北条氏は滅亡するしかない。
「金石斎(きんこくさい)、出陣はいつがよいか?」
 氏綱(うじつな)が問う。
「年が明けて、正月十一日が出陣にふさわしいと存じます」
 金石斎が答えると、
「一がきれいに並んだ日に出陣するとはめでたい」
 と重臣たちがどよめく。
「但(ただ)し......」
 金石斎が言葉を継ぐ。
「先鋒の大道寺(だいどうじ)さまや松田さまにとって十一日は吉日でございますが、御屋形(おやかた)さまにとっては、そうではありません。御屋形さまが出陣なさるのにふさわしい日は十三日なのです」
「わからぬことを言う。それならば、皆で十三日に出陣すればよいではないか。なぜ、兵を二手に分ける必要があるのだ?」
 大道寺盛昌(もりまさ)が首を捻(ひね)る。
「残念ながら、十三日は大道寺さまにとっては吉日ではございませぬ。更に......」
 金石斎が口籠もる。
「何だ、遠慮なく申すがよい」
 氏綱が促す。
「十三日に御屋形さまがすべての兵を率いて出陣すれば、武田が南下して相模に攻め込む心配をしなければなりませぬ。二手に分かれれば、その心配がなくなります」
「ふうむ、武田か......」
 氏綱が渋い顔になる。武田には今川ほどの実力はないが、当主の信虎(のぶとら)は好戦的な野心家で、二千や三千の兵を動かすことはできる。それだけの兵力があれば、空き家同然の相模に攻め込んで大規模な略奪をすることは不可能ではない。
「なるほど、日をずらして二手に分かれて出陣すれば、武田の心配をしなくても済むのう」
 重臣たちがうなずく。
「扇谷(おうぎがやつ)上杉方の軍勢は、せいぜい一万くらいのようですし、恐らく、その一万を国境沿いに分散して配置するでしょう。それなら、わたしだけでも十分に戦うことができると思います」
 盛昌が言う。
「ならば、それがよい」
 重臣たちが口々に賛同するので、盛昌と並ぶ重臣筆頭の位置にある松田顕秀(あきひで)が、
「御屋形さま」
 最終的な決断を求めて氏綱に顔を向ける。
「うむ」
 と、うなずきはするものの、氏綱は黙り込んでしまう。自分の出陣が先鋒の出陣の二日後になるのが釈然としないらしい。重臣たちの顔をぐるりと見回して、ふと、大広間の末席に控えている小太郎(こたろう)が怪訝な顔をしているのに気が付く。
「小太郎よ、何か言いたいことがあるのか?」
「......」
 氏綱に声をかけられて、小太郎は驚いたようにびくっと体を震わせる。
 重臣たちが一斉に小太郎に顔を向ける。その視線の強さにたじろいで小太郎が身を縮める。宗瑞(そうずい)や氏綱と共に幾多の合戦を経験してきた百戦錬磨の老臣たちから見れば、小太郎など、ただの小僧に過ぎない。
「遠慮はいらぬ。思うところがあれば申せ」
 氏綱が促すと、小太郎はごくりと生唾を飲み込み、背筋をぴんと伸ばしてから、
「では、申し上げます。『孫子』に兵勢という言葉があります。勢いに乗った兵は、あたかも引き絞った弓から放たれた矢の如く敵にぶつかることで、普段の二倍、三倍の力を発揮することができるという意味です。二万の兵が一丸となって武蔵に攻め込んで扇谷上杉氏と戦えば、その二万は四万、五万の力を出して、扇谷上杉氏を易々と打ち砕くでしょう。また『孫子』には虚実という教えもございます。その極意は、謀(はかりごと)によって敵の兵力を分散させ、こちらは兵力を集中させよ、ということです。敵が一万の兵を二分するのであれば、わが方は分散した五千の敵を順番に破ればよいのです。一万の兵を国境沿いの砦(とりで)に細かく分散させるのであれば、こちらは二万の兵で敵の砦をひとつずつ踏み潰せばよいのです。そうすれば、たやすく勝利できるでしょう。なぜ、二万の兵をわざわざふたつに分けようとするのか、わたしにはわかりません。兵の勢いを削(そ)ぎ、敵を利するだけのように思われます」
「若者よ、なかなか勇ましい考えだな。気に入ったぞ。わしがもっと若く、血の気の多い頃であれば、その考えに賛成したであろうな。だが、年を取ると知恵がつく。小田原を空(から)にするような恐ろしい真似はできぬわい。留守をしている間に武田に母屋を盗み取られてはたまらぬ」
 氏綱の側近・遠山直景(とおやまなおかげ)が笑いながら言う。小太郎の大胆さを面白がっているらしい。
「武田信虎は強欲で抜け目のない男だ。小田原を空にすれば、きっと相模に兵を入れる。今川と事を構えている最中だから、それほどの大軍を動かすことはできまいが、万が一にも扇谷上杉氏と呼応して、わしらの軍勢が挟み撃ちにされるようなことになれば一大事だ。小田原に御屋形さまが残っておられれば、挟み撃ちにされる怖れはない。われらの先鋒が敵をひと叩きし、それから御屋形さまが全軍を率いて止(とど)めを刺す。そうすれば武田の出る幕もなかろう」
 家臣の中の長老格・多目元興(ためもとおき)が口を開く。宗瑞の幼馴染みで、宗瑞とは半世紀以上にわたって苦楽を共にしてきた。氏綱ですら、元興には一目置いているほどだ。その元興の発言だけに重みがある。
「その二日が無駄ではないでしょうか」
「無駄と申すか。なぜだ?」
 多目元興が気色ばむ。
「今川を警戒しなければならないのであれば、小田原に留守役を残し、五千くらいの兵を預けなければならぬと存じます。駿河(するが)からは伊豆にも相模にも易々と攻め込むことができるからです。しかし、武田を警戒するだけならば、五千もの兵を小田原に残すのは無駄というものです」
「ならば、三千ほどでよいか」
「いいえ、五百も残せば十分でしょう」
「たった五百では戦にならぬぞ」
「その五百が戦をする必要はありません。甲斐(かい)と相模の間には険しい山々がありますから、武田もそう簡単に相模に攻め込むことはできません。街道に見張りを置き、武田に動きがあれば御屋形さまに知らせる手筈(てはず)を整えておけば、直ちに軍を返して武田を迎え撃つことができます。小田原に残す五百の役割は戦うことではなく、武田の動きを見張ることです。五百もいれば十分すぎるほどでしょう」
「さすが足利(あしかが)学校で学んだ者は面白いことを考える。わしらの田舎頭では思いつかぬことよ」
 はははっ、と多目元興が笑う。
「面白い考えだとは思うが、御屋形さまが十一日に出陣なさるのは縁起が悪いと金石斎が申しておる。そうであったな、金石斎?」
 遠山直景が金石斎に訊く。
「さようでございます。戦というのは、頭で考えた通りになるものではありませぬ。上杉も必死に戦うでしょうし、数が多いからといって相手を甘く見たり、神仏の思(おぼ)し召(め)しを軽んじたりすると、手痛いしっぺ返しを食うものです」
「それよ、それ」
 多目元興が膝をぽんと叩く。
「実際に戦を経験したことのない若輩者は理屈で戦を考えようとする。いかに足利学校で学んだ秀才とはいえ、金石斎とは経験が違いすぎる。ここは金石斎の言うように、神仏の思し召しに逆らわず、こちらに運が傾いているときに出陣するべきであろう。何を好んで、わざわざ縁起の悪い日に出陣する必要があろう。神仏の加護に唾(つば)するようなものではないか」
「おっしゃる通りです」
 わが意を得たりと金石斎がほくそ笑む。
「なれど......」
 それまで一度も口を利かず、ずっと目を瞑っていた十兵衛(じゅうべえ)が口を開いたから、その場にいた誰もが驚いた。今日に限らず、重臣会議で十兵衛が発言することなど、ほとんどないのだ。
「早雲庵さまは占いを重んじ、神仏を尊びましたが、だからといって、それに縛られることはありませんでした。多目さまや遠山さまならば、よくご存じのはず」
「軍配者の反対を押し切って、厄日に出陣したこともある」
 遠山直景がうなずく。
「しかしながら、伊奈(いな)殿」
 風向きが悪くなってきたのを敏感に感じ取った金石斎が反論しようとしたとき、
「もう、よい」
 氏綱が手を挙げて金石斎の発言を制する。
「小太郎の考えは、よくわかった。しかし、今回は金石斎の申したように進める。先鋒の出陣は一月十一日、わしは十三日に出陣する。話を進めよ」
「は」
 重臣たちが話し合い、一月十一日に松田顕秀が第一陣の二千を率いて小田原を出陣、第二陣として大道寺盛昌が一千五百の兵を率いて続く。そんな風に出陣の段取りが決められていく。武器や食糧、飼い葉の運搬と補給についても打ち合わせが為(な)される。
 打ち合わせは淡々と進み、それから一刻(二時間)ほどで終わった。
 重臣会議の後は酒肴が用意されるのが習わしになっている。酒の飲めない小太郎は、氏綱に断って、大広間から出て行く。

北条氏康

画・森美夏

Synopsisあらすじ

伊豆・相模を制し、梟雄と呼ばれた祖父・北条早雲がついに逝ったのは、伊豆千代丸(のちの北条氏康)が五歳の夏だった。家督を継いだ父・氏綱は小田原を本拠に、関東への版図拡大を画している。早雲は孫の治世を見越し、ある手を打っていた……。軍配者シリーズ、北条早雲シリーズに連なる〈北条サーガ〉最終章が、ついに始動!

Profile著者紹介

1961年、北海道生まれ。98年に第4回歴史群像大賞を受賞した『修羅の跫』でデビュー。

「SRO 警視庁広域捜査専任特別調査室」「生活安全課0係」シリーズを始めとする警察小説から、『早雲の軍配者』『信玄の軍配者』『謙信の軍配者』の「軍配者」シリーズや『北条早雲』全5巻などの時代・歴史小説まで、幅広いジャンルで活躍している。

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