北条氏康第四十三回

 軍議の一刻(二時間)ほど後......。
 氏綱の部屋に、大道寺盛昌、松田顕秀、伊奈十兵衛、根来(ねごろ)金石斎、風摩小太郎の五人が呼び集められた。
「御屋形さま」
 廊下から盛昌が声をかけると、床に広げた絵図面に見入っていた氏綱が顔を上げる。
「入るがよい。絵図面の周りに坐れ。堅苦しい儀礼は抜きだ。遠慮せず、あぐらでよい」
「は」
 五人が絵図面を囲んであぐらをかいて坐る。
「先程の話し合いで出陣と決まった。できるだけ早く、恐らく、八月の初めには武蔵に行くことになる。今度こそ扇谷上杉の息の根を止める覚悟だが、さて、具体的にどう攻めるべきか、その方らの考えを聞いておきたいのだ」
「河越城を目指して進撃し、一気に叩き潰せばよいではありませんか」
 盛昌が不思議そうな顔をする。
 古来、大軍に策なし、と言われる。北条氏は一万以上の兵を動員できるが、今の扇谷上杉氏の動員力は三千にも満たない。三倍以上の開きがある。これだけ兵力差があれば、細かい策など立てずとも、真正面から突き進むだけで容易に勝利を手にすることができる......それが兵法の常識である。
「野戦になれば、大道寺殿のおっしゃる通り、簡単に叩き潰すこともできようが、敵も馬鹿ではないから無謀な決戦などはするまい。となれば、籠城するに違いない。堅固なことで知られる河越城に籠もられてしまえば、どれほど兵力で上回っていても、そう簡単に落とすことはできますまい」
 顕秀が難しい顔で言う。
「ふうむ、籠城か......。そうよなあ、まともに戦えば負けるとわかっているのに、馬鹿正直に城から出て来るはずもない、か」
 盛昌がうなずく。
「岩付城のように調略で落とすことができれば一番いいが、さすがに向こうも警戒していて、今のところ、調略はうまくいっていない」
 氏綱が言う。
「籠城する敵を、どう攻めるか、という話になりましょうな。そうなると、いきなり河越城を囲むのは、よろしくないと存じます」
 金石斎が口を開く。
「では、どうするのだ?」
 氏綱が訊く。
「まず、毛呂城を奪い返します」
 河越城の西に位置する毛呂城を、金石斎が指差す。
「その上で、更に松山城を攻めます」
 松山城は河越城の北にある。
「なるほど、それがうまくいけば、岩付城、蕨城、毛呂城、松山城という四つの城で河越城を囲むことになるな」
 絵図面に視線を落としながら、氏綱がふむふむとうなずく。
「その上で、河越城を包囲すれば、まさに孤立無援、どこからも援軍が来る当てもなく、食糧を手に入れることもできませぬ。野外決戦をするには三千では足りぬでしょうが、籠城するのに三千は多すぎます。日々、三千の兵が飯を食い続けるのですから、ひと月もすれば、食糧蔵は空になりましょう。われらが手を下さずとも、飢餓が扇谷上杉を締め上げてくれるはずです」
 金石斎がすらすらと自説を語る。この場で思いついたわけではなく、いかにして河越城を攻めるか、前々から思案を重ねていたに違いない。
「小太郎、どう思う?」
 氏綱が小太郎に水を向ける。
「......」
 金石斎がじろりと小太郎を睨む。反対意見を口にすることを警戒している表情だ。
 しかし、
「よき策であると存じます」
 と、小太郎が言ったので、金石斎は意外そうな顔になる。
「もちろん、敵が野戦を受け入れれば、それが一番だと思いますが、そうはならぬでしょう。籠城し、われらが根負けして引き揚げるのを待つはずです。毛呂城や松山城を放置すれば、三つの城が助け合い、籠城が長引く怖れもあります。最初にふたつの城を落としてしまえば、河越城に籠もる者たちの士気も落ち、籠城に嫌気が差すでしょう。そうなれば、調略に乗ってくる者が現れるかもしれません」
「城の外から攻めずとも、内側で勝手に崩れてくれるというわけか。悪くないように思うが......どうだ?」
 氏綱が大道寺盛昌と松田顕秀に顔を向ける。
「よき策であると存じます」
 二人がうなずく。
「さっきから黙っているが、その方の考えは? 言いたいことがあれば申すがよい」
 十兵衛に水を向ける。
「城を攻めるのも、調略も苦手ですから、皆様のお考えに従うのみでございます」
「ふふふっ、十兵衛が得意なのは野戦だからのう」
 氏綱が笑うと、それにつられて皆も笑い声を上げる。
「よし、策は決まった。支度が調い次第、出陣するぞ」
「は」
 五人が頭を垂れる。

 八月の初め、氏綱は伊豆と西相模の兵、八千を率いて小田原城から出陣した。行軍はいつになくゆっくりしたものだったが、それは東相模の豪族たちを軍勢に加えながら進んだからである。小田原から江戸まで四日もかけたのだから、どれほどゆっくりした行軍だったかわかろうというものだ。
 相模から武蔵に入る頃には軍勢は一万を超えていた。江戸城には南武蔵の豪族たちが兵を率いて集まっていたから、それを加えると一万五千という大軍になった。この当時の北条氏の力からすれば、これは最大限の動員を行ったと言っていい。それは、すなわち、この戦いで河越城を落とし、扇谷上杉氏を滅ぼすのだという氏綱の決意の表れでもあった。
 作戦は決まっている。
 河越城に籠城するであろう朝興を相手にせず、まずは毛呂城と松山城を落とす。その上で、河越城を包囲し、相手が音を上げるのを待つのだ。
 氏綱が出陣したことは、当然、朝興の耳にも入っているはずである。大慌てで籠城準備をしているに違いない、と氏綱は考えた。
 が......。
 河越城の様子を探っている風間党の報告では、籠城の気配はないという。それどころか出陣の支度をしているようだ、というのである。
「馬鹿な」
 氏綱は信じなかった。
 朝興の兵力は、予想していたよりも多かったが、それでも三千そこそこに過ぎない。氏綱の五分の一だ。その程度の兵力で野戦を挑むはずがない。
「もっとしっかり探らぬか」
 氏綱は珍しく苛立ちを露わにした。
 しかし、風間党の報告に変わりはない。やはり出陣の支度をしているようだ、というのである。
 八月二十一日、その報告を裏付けることが起こった。朝興が河越城を出て、蕨城を攻めたのだ。
 この数ヶ月、扇谷上杉軍は何度となく蕨城を攻めている。そのたびに北条軍にはね返され、尻尾を巻いて河越城に逃げ帰ったのだ。
「何と意気地(いくじ)のない弱い奴らだ」
 北条の兵は臆病な敵を嘲笑った。
 実際、笑われても仕方のないようなだらしのなさであった。
 その扇谷上杉軍がまた蕨城に攻めかかったという。
 今までと違うのは、朝興自身が出陣してきたことと、これまでよりも兵の数が多いことである。
「どうせ、われらが出て行けば、今までと同じように河越城に逃げ帰るつもりなのでしょう」
 軍議の場で大道寺盛昌が言う。
「わたしもそう思います。敵が河越城に逃げ戻ったら、こちらは予定通り、毛呂城を攻めればよろしいかと存じます」
 松田顕秀がうなずく。
「その方の考えは?」
 氏綱が金石斎に顔を向ける。
「大道寺さまと松田さまのおっしゃる通りでございましょう」
「汝(なんじ)も同じ考えか?」
 氏綱が小太郎に訊く。
「はい」
 小太郎がうなずくと、
「明日の朝、出陣する。まずは蕨城に向かい、敵が逃げたら、それを追いつつ毛呂城を攻めるとしよう」
 氏綱が言う。

 その頃、朝興と冬之助、それに曾我兵庫の三人は丘の上から蕨城を眺めている。
「こうして眺めると小さな城よのう。城と言うより砦(とりで)と言った方がいいかもしれぬ。空堀もさして深くはないし、力攻めすれば、一気に落とせるような気がするぞ」
 朝興が言う。
「あれは大切な餌でございますれば、そう簡単に攻め落としてはならぬのです」
 冬之助が言う。
「餌のう......」
 朝興が自信のなさそうな顔になる。
「くどいようだが本当にうまくいくか?」
「はい。そのために時間をかけて、われらの弱さを北条に知らしめたのです」
「それは、わかるが......」
 この何ヶ月か、執拗に蕨城を攻め、北条軍が来るとすぐに逃げ出したのは、扇谷上杉軍が弱いと北条軍に思わせ、彼らの心に侮りと驕(おご)りを生じさせるためである。そういう仕掛けをしておかなければ、冬之助が考えた作戦はうまくいかないのだ。
「わしは何もしないでいいのだな?」
「はい」
「何もせず、ただ、じっとしていればよい、と?」
「さようにございます」
「ううむ......」
 朝興が難しい表情になる。
 無理もない。
 冬之助が朝興に求めているのは、北条が攻めかかってきたら、その場から決して動かないでほしい、ということなのだ。何があろうと、ひたすら、北条軍の猛攻に耐えてほしい、というのである。
 口で言うのは簡単だが、それを実行するのは容易ではない。北条軍が一万五千という途方もない大軍だということは朝興も知っているのだ。
 朝興の方は、蕨城を攻めている扇谷上杉軍は三千で、北条軍と決戦するときは冬之助に一千の兵を預けることになっているから、朝興の手許に残るのは二千に過ぎない。わずか二千の兵で一万五千の北条軍の攻撃にどれくらい耐えられるものか......あれこれ考えると、朝興の胸中には不安の黒雲がむくむくと湧き上がってくる。
「今になって、こういうのもどうかと思うが......」
「籠城した方がよい、とおっしゃるのですか?」
 冬之助が訊く。
「河越城ならば守りが堅いしのう」
「何度もお話ししたはずです。籠城の道を選べば、当家は滅びまする。いかに守りが堅いとはいえ、一万五千もの敵に囲まれたら、どうにもなりませぬ」
「わからぬではないが......」
「御屋形さま」
 曾我兵庫が口を開く。
「捨て身でかからねば、この窮地から脱することはできませぬぞ。今こそ背水の陣を敷くときです。山内上杉にも武田にも頼らず、われら扇谷上杉だけの力で北条に一泡吹かせてやるのです。万が一のときは冥土のお供をいたします」
「もちろん、わたしも、その覚悟です。自分だけが生き残ろうなどとは考えておりませぬ」
「わかった。その方らの気持ち、嬉しく思うぞ。わしも覚悟を決めねばなるまいな。この命、おまえに預けるぞ、冬之助」
「大切に預からせていただきまする」
 冬之助が恭(うやうや)しく頭を下げる。

北条氏康

画・森美夏

Synopsisあらすじ

伊豆・相模を制し、梟雄と呼ばれた祖父・北条早雲がついに逝ったのは、伊豆千代丸(のちの北条氏康)が五歳の夏だった。家督を継いだ父・氏綱は小田原を本拠に、関東への版図拡大を画している。早雲は孫の治世を見越し、ある手を打っていた……。軍配者シリーズ、北条早雲シリーズに連なる〈北条サーガ〉最終章が、ついに始動!

Profile著者紹介

1961年、北海道生まれ。98年に第4回歴史群像大賞を受賞した『修羅の跫』でデビュー。

「SRO 警視庁広域捜査専任特別調査室」「生活安全課0係」シリーズを始めとする警察小説から、『早雲の軍配者』『信玄の軍配者』『謙信の軍配者』の「軍配者」シリーズや『北条早雲』全5巻などの時代・歴史小説まで、幅広いジャンルで活躍している。

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