北条氏康第四十二回

第四部 白子原

「近(ちこ)う寄れ。そのように遠くにいるのでは顔もよく見えぬではないか」
 朝興が嬉しそうに声をかける。
「は」
 はるか下座に控えていた曾我冬之助(そがふゆのすけ)が、頭を垂れたまま、朝興のいる上座に向かってにじり寄る。
 朝興と冬之助の間には冬之助の祖父・曾我兵庫(ひょうご)と父・祐重(すけしげ)がいる。兵庫は七十四歳、祐重は四十八歳、冬之助は二十二歳である。
「よう戻ってくれた。怪我はよくなったのか?」
「何とか普通に動くことができるようになりましてございます。ご迷惑をおかけしました」
「うむうむ。待ちかねておったぞ」
 朝興の目にはうっすらと涙まで滲んでいる。それほどまでに冬之助が戻るのを待ちわびていたのだ。
 無理もない。
 去年の一月、北条軍が武蔵に攻め込んできたとき、兵力で劣る扇谷上杉軍を縦横無尽に動かし、高輪(たかなわ)の戦いで北条軍を撃破した立役者が冬之助なのである。
 だが、太田三兄弟の裏切りで江戸城を奪われ、形勢は逆転、江戸城奪還の戦いの最中、冬之助は重傷を負った。命も危ぶまれるほど深刻な怪我で、かろうじて命は助かったものの、一年以上の療養生活を余儀なくされた。
 その間に北条氏は着々と武蔵に足場を固め、扇谷上杉氏は次々に城を奪われた。今では本拠の河越城すら安全ではなくなっている。日々、北条氏の圧迫は強まっており、これまで扇谷上杉氏に従ってきた豪族たちも次々と北条氏に寝返っている。手をこまねいていれば自滅しかないと朝興もわかっているものの、合戦で氏綱に勝つ自信はない。地団駄踏みながら、河越城に籠もっているしかないのだ。
 頼みの綱の憲房は死んでしまい、信虎も国内情勢が不安定なため、なかなか出兵要請に応じてくれない。情勢は悪化するばかりで、朝興は実に心細く不安な毎日を送っている。そこに、
「孫が戻りましてございます」
 と、曾我兵庫が告げた。
 それを聞いた朝興は、
「おおっ!」
 と跳び上がった。
 軍神が降臨したかのような気がした。窮地に陥った自分を救うために、天が冬之助を遣わせてくれたのだ、と信じた。
 いや、信じたかった。
「早速でございますが、孫から申し上げたいことがある由にございます」
 曾我兵庫が言う。
「うむ、何なりと申すがよい」
 朝興がうなずく。
「北条は河越城に攻め寄せる機会を窺っております。山内の御屋形さまが亡くなったことで、機は熟したと考えているに違いありませぬ」
「そうかもしれぬ」
 それくらいのことは朝興にもわかっている。
 だが、打つ手がないのだ。
「北条が押し寄せてきたら、どうなさいますか?」
「どうするといっても......とりあえず、籠城するしかあるまいよ。今の北条ならば、易々と一万くらいの兵を動かすことができるであろうが、われらが集められるのは、せいぜい、三千。とても歯が立たぬからのう」
 朝興が暗い顔で溜息をつく。
「援軍の当てがあってこその籠城でございます。山内や武田から援軍が来ましょうか?」
「山内は代替わりしたばかりだから、すぐに兵を動かすのは難しいかもしれぬのう。武田は......何とも言えぬ」
 朝興の表情が更に暗くなる。
「援軍の当てもないまま籠城すれば、北条に城を囲まれているうちに水も食糧も尽き、最後には降伏せざるを得ないことになりましょう。つまり、籠城すれば負けるということで、御当家は北条に平伏すか、さもなければ滅びるしかありませぬ」
「......」
「山内や武田が動かないであろうと見越して、北条は攻めて来るのです。それ故、われらも山内や武田を当てにしてはならぬと存じます」
「そうは言っても、どうしようもないではないか」
「残る道はひとつしかございませぬ」
「申せ」
「援軍を当てにすることができず、籠城もできぬのですから、われら扇谷の兵だけで、北条と野外決戦するのです」
「何だと?」
 朝興が怪訝な顔になる。こいつ、いきなり何を言い出すのだ、それができるくらいなら、とっくにそうしている、それができないから困り果てているのではないか......そんな顔である。
「われらには、ひとつだけ有利なことがございます」
「何があるというのだ?」
「北条の油断でございます」
「北条の油断だと?」
「岩付城と葛西城を落とし、しかも、山内の御屋形さままで亡くなったとなれば、すぐにでも河越城に攻めかかってもおかしくないはず。それをしないのは、武田の出方を窺っているからでございましょう。つまり、北条が気にしているのは武田や山内の動きだけで、われらなど歯牙にもかけていないということなのです。武田や山内の助けがなければ、扇谷を責め潰すことなどたやすいと甘く見ているのです」
「それが北条の油断なのか?」
「はい」
「そうだとして、わしらに何ができるというのだ?」
「その油断を利用して、一気に野外決戦で北条を打ち破ることができます」
「信じられぬ......」
 朝興が首を振る。
「殿、高輪の合戦をお忘れではございますまい。冬之助は口先だけの軍配者ではありませぬ。冬之助ができるというのであれば、わたしはその言葉を信じます」
 兵庫が言う。祐重もうなずく。
「わしとて信じたい。今となっては冬之助の知略だけが頼りなのだからな。しかし、野外決戦といっても、まともにぶつかったのでは勝ち目はあるまい」
「それ故、今よりももっと北条を油断させる仕掛けを施さなければなりませぬ」
「仕掛けとは何だ?」
「扇谷の兵がどれほど弱いか、北条に教えてやるということです」
 冬之助がにやりと笑う。

 七月下旬、各地から重臣たちが呼び集められ、小田原城で大がかりな軍議が開かれた。伊豆や相模の豪族だけでなく、江戸城から城代の遠山直景(とおやまなおかげ)が、岩付城からは渋江三郎が呼ばれた。渋江一族の軍配者・周徳も随行した。
 大広間にずらりと重臣たちが居並ぶ。
 小太郎も下座に連なっている。
 氏綱が入ってくると、皆が一斉に平伏する。
「面(おもて)を上げよ」
 腰を下ろすと、氏綱が言う。
 氏綱に最も近い位置には大道寺盛昌(だいどうじもりまさ)と松田顕秀(あきひで)が控えている。
「扇谷上杉を討つときが来た、とわしは思う。皆の考えを聞きたい」
 氏綱が言う。
「まず、武蔵で直に扇谷上杉と対峙している遠山殿の考えを聞くべきかと存じます」
 大道寺盛昌が言うと、氏綱が、うむとうなずいて遠山直景に顔を向ける。
「御屋形さまには事細かくお知らせしてありますが、三ヶ月ほど前から扇谷上杉の兵が盛んに蕨城周辺に出没しております。その数は五百くらいで、多いときでも一千くらいのものです。蕨城には、それほど多くの兵を入れているわけではないので、知らせを受けると、江戸城から兵を送ります。扇谷上杉の兵は腰が引けており、われらが着くと、すぐに逃げてしまいます。ほとんど戦いにはなりませぬ」
 遠山直景が説明する。
「本気で蕨城を奪い返すつもりがないということかな?」
 松田顕秀が訊く。
「もちろん、本気なのでしょう」
「だが、五百や一千の兵で蕨城を落とせるはずがない。なぜ、もっと多くの兵を出さぬのだ?」
「出さぬというより、出せぬ、というのが正しいのではないでしょうか」
「と言うと?」
「日々、扇谷上杉の勢いは衰えております。三月に山内上杉の御屋形さまが亡くなった頃から、北条に味方したいと申し入れる豪族が増えております。逆に考えれば、扇谷上杉の味方が減っているということです。今年の初めであれば、扇谷上杉は三千から四千の兵をすぐに動かすことができたでしょうが、今はかなり減っているはずです。もう三千も集められないでしょう。さすがに二千ということはないでしょうが、せいぜい、二千五百くらいかと......。それらの兵も常に河越城にいるわけではありませんから、蕨城攻めに五百、がんばっても一千ほどの兵しか差し向けられないのではないか、と思うのです」
「それでもしつこく攻めて来るのか?」
「いずれ河越城が攻められるとわかっているでしょうから、小田原から大軍がやって来る前に少しでも失った土地や城を取り返したいのではないでしょうか」
「なるほどのう」
 大道寺盛昌がうなずく。
「渋江殿は、いかがかな?」
「二月に城を奪い返して以来、岩付に扇谷上杉の兵は姿を見せておりませぬ。蕨城に比べて城を守る兵の数も多く、守りも堅いからではないかと思います。河越城とは距離も近く、河越と岩付を行き来する商人や農民も多いので、いろいろな噂が耳には入ってまいります」
「どのような噂かな?」
「山内上杉の先代の御屋形さまが亡くなった直後には、新しい御屋形さまに何とか援軍を送ってくれるように懇願していたそうですが、この頃は違う頼みをしているというのです」
「違う頼みとは?」
「万が一、河越城が落とされるようなことになれば、扇谷上杉の兵を鉢形(はちがた)城に入れてくれ、と」
「何と」
 大道寺盛昌が驚く。
「毛呂(もろ)城や松山城に移るのではなく、いきなり山内上杉の城に入るというのか?」
「ただの噂で、どこまで本当なのかわからないのですが......」
「本当だとすれば、よほど追い詰められているということなのでしょうなあ。容易には信じられぬ話ですが......」
 大道寺盛昌が氏綱を見る。
「うむ」
 氏綱が大きくうなずく。
 支配地や動員できる兵力を比べれば、山内上杉は扇谷上杉を凌駕している。
 とは言え、どちらも名門であり、規模が違うと言っても、どちらも自立した大名である。
 しかし、本拠である河越城を奪われた朝興が山内上杉の鉢形城に逃げ込んで、山内上杉の新たな当主・憲寛に頭(こうべ)を垂れれば、それは、もはや対等の関係ではなく、朝興が憲寛の支配下に入ることを意味する。朝興にとって、それ以上の屈辱はないはずであり、もし氏綱が朝興の立場にいれば、憲寛に膝を屈するよりは死を選ぶであろう。
 遠山直景、渋江三郎の話を聞いた後、重臣たちが順繰りに意見を述べたが、誰もが、扇谷上杉は怖れるに足らず、今こそ河越城に大軍を送って攻め落とすべきだ、という考えだった。
 いつも慎重な小太郎でさえ、氏綱に意見を求められたとき、
「できるだけ早く兵を出すべきかと存じます」
 と即答した。
 今ならば山内上杉も武田も出て来ることはない。
 だが、秋になって収穫が終わり、農作業が暇になれば、武田が援軍の呼びかけに応じるかもしれない。皆が言うように、今こそ扇谷上杉を滅ぼし、武蔵全域を支配下に収める千載一遇の好機なのかもしれないと思った。
「用意が調い次第、武蔵に兵を出す。各々方、領地に戻って出陣の支度をしてもらいたい」
 氏綱が言うと、ははあっ、と一同が声を合わせて平伏する。

北条氏康

画・森美夏

Synopsisあらすじ

伊豆・相模を制し、梟雄と呼ばれた祖父・北条早雲がついに逝ったのは、伊豆千代丸(のちの北条氏康)が五歳の夏だった。家督を継いだ父・氏綱は小田原を本拠に、関東への版図拡大を画している。早雲は孫の治世を見越し、ある手を打っていた……。軍配者シリーズ、北条早雲シリーズに連なる〈北条サーガ〉最終章が、ついに始動!

Profile著者紹介

1961年、北海道生まれ。98年に第4回歴史群像大賞を受賞した『修羅の跫』でデビュー。

「SRO 警視庁広域捜査専任特別調査室」「生活安全課0係」シリーズを始めとする警察小説から、『早雲の軍配者』『信玄の軍配者』『謙信の軍配者』の「軍配者」シリーズや『北条早雲』全5巻などの時代・歴史小説まで、幅広いジャンルで活躍している。

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