北条氏康第三十八回

「よくやってくれた」
 氏綱は、小太郎と慎吾にねぎらいの言葉をかける。
 よほど喜びが大きいのか、言葉をかけるだけでなく、太刀や銭、銀まで与えた。
 それも当然であろう。
 岩付城が北条方に寝返ったのだ。天険を利した難攻不落と呼ばれる名城である。力攻めしたら、どれほどの費用がかかり、どれほどの人的損害を被(こうむ)ったかわからない。その城を、小太郎と慎吾が口先ひとつで落としたようなものであった。
 裏切りの見返りは、これまで通り、太田資頼に岩付城を任せること、北条軍が蕨城を落としたら、渋江三郎を蕨城の城主にすること、そのふたつだけである。
 しかも、蕨城を落としてもすぐに渋江一族に与えるのではなく、河越城を落としたら、という条件付きである。
 氏綱にとっては悪くない取引と言っていい。氏綱の最大の狙いは、扇谷上杉氏の本拠・河越城を落とすことだ。それが成功すれば、武蔵全域を北条氏の支配下に置くことができる。
 だからこそ、扇谷上杉氏も必死だ。北条軍の侵攻に備え、着々と戦支度を進めている。
 そんなときに、岩付太田氏と渋江氏が寝返れば、扇谷上杉氏の戦力は低下し、その分だけ北条氏の戦力が大きくなる。
 岩付城と江戸城を南北に結ぶ強固な防衛線ができたことで河越城は東側から強く圧迫されることになるし、河越城の前線基地という位置にある蕨城は孤立を余儀なくされる。蕨城を守るために、朝興が河越城から出て来れば、それこそ氏綱の思う壺である。城攻めをするより、野外決戦する方が、北条軍にとっては有利だからだ。
「どういうやり方で彦六殿を説得したのだ?」
 氏綱が訊く。
「はい......」
 資頼本人の説得は難しいと考え、資頼を支える渋江一族を懐柔することで、結果的に資頼に寝返りを承知させたのだ、と小太郎が説明する。
 そのために陣内掃部介を討ち取り、資頼を後戻りできないように追い込んだことも話した。掃部介が率いてきた二百人の兵のうち、岩付城に留まることを望んだのは三十人ほどで、残りの者たちは丸腰で城から出した。彼らは城から一里ほどのところで、森に身を潜めていた城兵たちによって、ことごとく討ち取られた。
「そこまでやったか」
 うむうむ、と氏綱が険しい表情でうなずく。
「足利学校の先輩だという周徳が考え出した策なのか?」
「いいえ、わたしが考えて、周徳さまに耳打ちいたしました」
「そうか。掃部助を討ち取ったのはよい。だが、二百人の兵たちは何も言わずに城から出すべきだったろう」
「確かに城から出た者たちを討ち取るのは非情なやり方ではないかと迷いました。何もせずに河越城に帰すべきだったでしょうか?」
「いや、そうではない」
 氏綱が首を振る。
「と、おっしゃいますと?」
「わしは城に残った三十人が気になるのだ。なるほど、最初は本心から彦六殿に仕える気持ちだったかもしれぬ。しかし、他の者たちが城外で成敗されたことを知れば、どう思うかな? 彦六殿は腹黒い御方よ、心から信じることはできぬ、いずれ自分たちも殺されるのではないか、と疑うのではないかな?」
「全員討ち取るべきだったということでしょうか?」
「わしなら、そうしただろう。中途半端に情けをかけると、思わぬしっぺ返しを食うことがある。わしの思い過ごしであればよいが」

 岩付城を手に入れた氏綱は、三月初め、満を持して蕨城攻略の軍を進めた。
 朝興が河越城から出てくることを警戒し、五千という大軍を率いたが、扇谷上杉軍に動きはなかった。
 そうなると、蕨城のような小さな城が北条軍に独力で抵抗することもできず、わずか数日で城は落ちた。
 四月になると、氏綱は毛呂城を攻めた。河越城の西側にある城である。この城も氏綱はあっさり落とした。
 河越城にいる朝興は追い込まれた。東側の岩付城と蕨城、西側の毛呂城という三つの城に包囲される格好になったからである。万が一、北側の松山城まで落とされる事態になれば、河越城は完全に袋の鼠になってしまう。
(解せぬ)
 氏綱が首を捻るのも無理はない。
 たとえ野外決戦が扇谷上杉軍にとって不利だとしても、援軍も出さずに知らん顔を決め込み、指をくわえて蕨城と毛呂城が陥落するのを眺めている理由がわからないのである。
 自分が朝興の立場にいたら、どれほど劣勢だとしても、味方の城を見捨てるようなことはしないだろうと思うのだ。
(なぜだ?)
 朝興が凡庸な男だということはわかっている。朝興一人の考えであれば不思議はないが、朝興の周囲にいるのは無能な者ばかりではない。だからこそ、氏綱は高輪の戦いで苦杯を嘗(な)めたのだ。
 にもかかわらず、なぜ、蕨城と毛呂城を必死に守ろうとしなかったのか、それが不思議なのである。何か罠でも仕掛けているのかと疑ったが、城ふたつを犠牲にしてまで、いったい何をしようというのか、氏綱には想像もできない。単純に、今の扇谷上杉氏には河越城を守る力しかないのだ、と考えるべきかもしれなかった。

北条氏康

画・森美夏

Synopsisあらすじ

伊豆・相模を制し、梟雄と呼ばれた祖父・北条早雲がついに逝ったのは、伊豆千代丸(のちの北条氏康)が五歳の夏だった。家督を継いだ父・氏綱は小田原を本拠に、関東への版図拡大を画している。早雲は孫の治世を見越し、ある手を打っていた……。軍配者シリーズ、北条早雲シリーズに連なる〈北条サーガ〉最終章が、ついに始動!

Profile著者紹介

1961年、北海道生まれ。98年に第4回歴史群像大賞を受賞した『修羅の跫』でデビュー。

「SRO 警視庁広域捜査専任特別調査室」「生活安全課0係」シリーズを始めとする警察小説から、『早雲の軍配者』『信玄の軍配者』『謙信の軍配者』の「軍配者」シリーズや『北条早雲』全5巻などの時代・歴史小説まで、幅広いジャンルで活躍している。

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