北条氏康第二十六回

 暇を持て余し、四郎左(しろうざ)は小田原や、その周辺を歩き回る。金石斎(きんこくさい)の屋敷に泊まっているが、金石斎は早朝に出かけて、夜遅くまで帰ってこない。賓客として丁重にもてなされてはいるものの、手持ち無沙汰ですることがない。
 そもそも京から小田原にやって来たのは、来たるべき北条氏と扇谷(おうぎがやつ)上杉(うえすぎ)氏の戦いを間近で見学するためである。できることなら、戦支度の段階から、この戦いに関わりたいのだ。金石斎の屋敷にじっとしているのは時間の無駄である。
 よく知らない土地にやって来ると、何はともあれ、その土地を歩き回るというのは軍配者の習性のようなものである。地形を知り、民情を知り、自分が敵方ならば、その土地をどう攻めるかを思案し、自分が味方ならば、その土地をどう守るかを思案する。
 戦を控えた小田原の空気は、ピリピリしている。
 敵方の間者が入り込むのを警戒して、北条の武士や忍びが目を光らせているのだ。最も警戒されるのは見慣れぬ旅人である。商人や僧侶に扮して敵地に入り込むというのは間者の常套手段である。
 四郎左が一人歩きすると、たびたび呼び止められる。そういうときのために金石斎が通行手形を出して身分を保証してくれていたが、それを見せても疑いが晴れず、小田原城まで連行されたこともある。城に着くと、金石斎か小太郎(こたろう)が呼び出され、それでようやく疑いが晴れるのである。
「一人で出歩いてはダメですよ。言ってくれれば、わたしがついていきますから」
「おまえは忙しいじゃないか」
「何とか時間を作ります」
「無理するな」
 北条氏の軍法やしきたりなど、北条の軍配者になるのであれば必ず知っておかなければならないことを、金石斎は小太郎に教えようとしない。
 しかし、弟弟子の四郎左には、喜んで教えてくれる。金石斎自身がまとめた冊子があり、酒を酌み交わしながら、その冊子をもとに丁寧に講釈してくれるのだ。
 金石斎が酔い潰れて寝てしまうと、四郎左は、その冊子をせっせと筆写し、それを小太郎に渡す。読んだだけではわからないところは、金石斎の講釈を伝えた。
 筆写したものが増えるにつれ、小太郎は忙しくなった。病床の勝千代(かつちよ)に講義し、伊豆千代丸(ちよまる)の下調べを手伝い、外歩きの供もし、更に自分の勉強も続けなければならないのだから、いくら時間があっても足りないのだ。軍法やしきたりを頭に詰め込んで、その内容を理解するのは当たり前のことで、それだけならば大して面倒なことはない。後々、自分が軍配を振るようになったとき、自分が立案した作戦が、その軍法やしきたりに背くことがないように配慮する必要が出てくる。その工夫に時間がかかるのだ。大変な作業ではあるものの、軍配者にとっては、ごく当たり前の作業でもある。
 四郎左自身、軍配者になろうとしている身だから、小太郎の苦労がよくわかる。四郎左に付き合って、ふらふら出歩く暇がないこともわかっている。
 そんな事情で、たまに小太郎が付き合ってくれることはあるものの、大抵、四郎左は一人で小田原周辺を歩き回っている。
(ふうむ、なかなか守りにくい土地だのう)
 時折、足を止めては、懐の帳面を取り出して、周辺の地形を書き写したり、気になったことを書き留めたりする。
 小田原の西には箱根という天険がある。この天然の要害に拠れば、少数の兵で大軍を足止めすることができる。敵が西から攻めて来るのであれば、箱根に布陣した北条軍が敵を見下ろす格好になるから、敵は手も足も出ない。無理攻めすれば、箱根を攻め下る北条軍に粉砕されてしまうであろう。
 が......。
 北条氏の敵は西ではなく、東にいる。
 東の守りは弱い。
 小田原から武蔵まで平坦地が続いており、敵を食い止めるのに適した場所がない。北条氏は鎌倉の北に玉縄城(たまなわじょう)を置いて、武蔵方面の敵に睨みを利かせているが、ここを突破されてしまえば、小田原まで一気に攻め込まれる怖れがある。実際、宗瑞(そうずい)の時代、三浦氏と両上杉の連合軍に小田原城周辺にまで攻め込まれたことがある。
(上杉と戦うには、こちらから武蔵に攻め込むしかない)
 つまり、先制攻撃しなければならないということである。敵軍に相模に攻め込まれてしまっては、戦の成り行き次第では防戦一方になりかねない。そんなことにならぬよう、戦いは自国ではなく敵国で行う必要がある。
(陣触れを発して小田原を出陣したら、迅速に武蔵に攻め込み、できれば、一日か二日で江戸城を落とさねばならぬな......)
 江戸城を拠点として、扇谷上杉軍との決戦に臨むのである。戦が長引けば、北条氏の勢力拡大を望まない山内(やまのうち)上杉氏や武田氏あたりが扇谷上杉氏に肩入れするに違いないからだ。
(北条の戦い方は、はっきりしている。では、扇谷上杉は、どう戦えばいいのだ? 勝ち目はないのか......)
 ぶつぶつ独り言を言いながら歩いていると、いきなり二人の男に両腕を取られた。
「おい、何をする」
 抵抗しようとすると、三人目の男が正面に立ち、四郎左の鳩尾(みぞおち)に拳を叩き込む。うげっ、と声を発し、四郎左が体を丸める。そのまま左右の男たちに引きずられ、森に連れ込まれる。
(こいつら、物取りか?)
 もはや逆らう気は失せている。腕力には、まるで自信がない。刃物の扱いも苦手だ。下手に逆らえば、相手を怒らせて殺されてしまいかねない。奪われて惜しいようなものなど身に付けていない。懐に財布があるが、何枚かの銭と金の小粒がふたつくらい入っているだけだ。ほしければくれてやる。
(違うかな?)
 物取りならば、財布を奪って、さっさと逃げればいい。わざわざ人気(ひとけ)のない森の中に連れて行こうとする理由がわからない。若い女であれば、よってたかって手込めにされるかもしれないが、四郎左にその心配はない。
(おとなしくしていれば、命までは奪われまい)
 物心ついてから、何度となく修羅場をかいくぐり、生と死の境界を綱渡りのように歩いてきたせいか、土壇場に追い込まれると、かえって腹が据わるらしい。好きにしろ、と開き直った。
 不意に突き飛ばされ、四郎左は地面に転がる。顔を上げると、正面に若い男がいる。大きな石に腰を下ろして、四郎左をじろじろ見ている。
「おまえ......」
 四郎左が体を起こす。
「慎吾(しんご)だな?」
「ん? おれを知っているのか」
「ふんっ、忘れたか。四年前、おまえは小太郎を殺そうとした。わしと養玉(ようぎょく)が止めたんだ」
「四年前......。ああ、そう言えば、そんなことがあった。あのときの男か。道理で、その不細工な面(つら)に見覚えがあるはずだな」
 ふふふっ、と慎吾が笑う。
「今度は、わしの命を狙ったのか?」
「狙ったわけではない。おまえなど、簡単に殺すことができる。おまえが敵の間者であれば、小太郎の友だとか、金石斎の弟弟子だとか、そんなことに関わりなく死んでもらう」
「わしは間者などではない」
「バカめ。自分から間者だと名乗るような者はおらぬわ。ここ数日、おまえは小田原を歩き回って、怪しげな振る舞いをしていたな。何をしていた?」
「気になったことを書き留めていただけだ」
「......」
 慎吾が顎をしゃくると、四郎左を殴った男が四郎左の懐から帳面を取り出そうとする。咄嗟(とっさ)に帳面を守ろうとすると、容赦なく顎を殴られる。その男が慎吾に帳面を渡す。
「ふうむ......」
 慎吾が帳面をぱらぱらめくる。
 次第に顔色が険しくなる。
 当然であろう。
 帳面には小田原周辺の地形が描かれており、地形図の余白には、どこから攻め込めばいいか、どうすれば小田原城を攻め落とすことができるか、ということまで書かれている。
「これでも間者ではないというのか?」
 慎吾が四郎左を睨む。
「違う。わしは間者ではなく、軍配者だ。軍配者ならば、誰でも同じことをする。小田原に来たからといって特別なことをしたわけではない。江戸に行っても河越(かわごえ)に行っても同じことをする。駿府(すんぷ)でも同じことをした」
「......」
 慎吾が改めて帳面をめくる。確かに、前の方のページには駿府周辺の地形図と、駿府を攻めるにはどうすればいいか、駿府を守るにはどうすればいいか、ということが書かれている。
「心配なら、それは小田原殿に進呈しよう。それを読めば、小田原の弱点がわかる。どこをどう補強すればいいかもわかる。駿府を攻める気持ちがあるのなら、少しは役に立つだろうしな」
「バカめ。敵は東にいる。西ではない」
「素人が見れば、驚くことかもしれないが、そこに書いてあるのは大したことではない。軍配者になる修業をした者であれば、誰でも気が付くことばかりだ。恐らく、小太郎もわかっているはずだ。金石斎だって、わかっているだろう」
「そんな話は聞いたことがない」
「まあ、そうだろう。そこに書いてあることは実際には無駄だからな。役には立たぬ」
「どういうことだ?」
「この相模という国は実に守りにくいのだ。西からの敵だけは箱根があるから容易に防ぐことができるが、東や北からの敵を防ぐのは難しい。どこからでも攻め込むことができるからな。だから、そもそも小田原を守ろうという発想が間違っている。敵が攻め込んできたら北条は負けるのだ」
「では、どうすればいい?」
「簡単な話だ。相模に攻め込んできそうな敵を、こっちから先に攻め潰してしまうのだ。武蔵や甲斐を領国にしてしまえば、もはや相模が攻められる心配はない。それ故、小田原の守りを固めようとするのではなく、武蔵や甲斐を攻め滅ぼす算段をする方がいいのだ」
「口で言うほど簡単ではない」
「そうか? それがわかっているから小田原殿は武蔵に攻め込んで扇谷上杉を滅ぼそうとしているのではないのか?」
「......」
「武田も剣呑な敵だが、甲斐と相模の間には山がある。大軍が相模に攻め込むには時間がかかる。だが、武蔵からは時間もかからない。江戸から小田原まで一昼夜もかかるまい。小田原周辺を強固にしても何の守りにもならぬ。江戸城を奪い、江戸城と玉縄城で東の国境を守らなければどうにもならぬのだ。わかるか?」
「いや......」
 慎吾が小首を傾げる。
 四郎左が話したのは、個々の戦術ではなく、戦略である。北条氏がどういう国を作っていけば安全を確保できるかという雄大な構想なのである。ひとつの城をどう攻めるか、どう守るか、という程度の話であれば、慎吾にも理解できるが、国作りという話など規模が大きすぎてよくわからない。
 ただ、この不細工な男は、どうやら敵の間者ではないらしい、ということは納得した。
「ふんっ」
 慎吾が帳面を四郎左に向かって放り投げる。
「返してくれるのか?」
「そんなものを持ち歩いて、人目に付くようなことをするな。血の気の多い武士に咎(とが)められたら、その場で叩き殺されるかもしれぬぞ」
「忠告してくれるのか?」
「無用の騒ぎを起こしてほしくないだけだ」
 慎吾が腰を上げる。
「おまえを信用したわけではない。おかしな真似をしたら決して許さぬ。用心することだ」
 慎吾と男たちが森の中に消える。
 あとには四郎左一人が残される。
 地面から帳面を拾い上げ、泥を手で払うと懐にしまう。
「胸クソの悪い奴だ。あんな奴が青渓(せいげい)と血が繋がっているとは信じられぬ。さて、今日のところは帰るか。何だか疲れた」
 ぶつくさ言いながら、のろのろと立ち上がる。

北条氏康

画・森美夏

Synopsisあらすじ

伊豆・相模を制し、梟雄と呼ばれた祖父・北条早雲がついに逝ったのは、伊豆千代丸(のちの北条氏康)が五歳の夏だった。家督を継いだ父・氏綱は小田原を本拠に、関東への版図拡大を画している。早雲は孫の治世を見越し、ある手を打っていた……。軍配者シリーズ、北条早雲シリーズに連なる〈北条サーガ〉最終章が、ついに始動!

Profile著者紹介

1961年、北海道生まれ。98年に第4回歴史群像大賞を受賞した『修羅の跫』でデビュー。

「SRO 警視庁広域捜査専任特別調査室」「生活安全課0係」シリーズを始めとする警察小説から、『早雲の軍配者』『信玄の軍配者』『謙信の軍配者』の「軍配者」シリーズや『北条早雲』全5巻などの時代・歴史小説まで、幅広いジャンルで活躍している。

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