男じゃない 女じゃない 仏じゃない第5回

 
 ロマンチックに生きるつもりなどさらさらないのに、よりによって月が綺麗な夜に引っ越してしまった。
 まだカーテンが付いていない窓から潤沢な月の光が差し込んでくる。秋の名月に照らされた床が銀色の砂漠のようだ。長年連れ添った恋人と別れ、彼女との思い出が染みついた住処(すみか)を抜け出し、ようやくたどり着いた安息の地。通り過ぎる電車の音がやかましくて仕方なかった線路沿いの部屋から、閑静(かんせい)な住宅街にあるのどかなアパートへ。失恋で傷ついた心を癒すには、これぐらいの静けさがちょうどいい。
 古来より、月光を浴びすぎると人間は正気を失うと言われているが、今の私の心は波ひとつない海のように穏やかだ。若干強さを増した午前零時の月明かりが室内をさらに輝かせる。青白いスポットライトに照らし出された私は、一糸まとわぬ姿で自分の一物(いちもつ)を強く握りしめていた。
「こんなに落ち着いた気持ちで自慰をできるのはいつ以来だろうか」
 思わずそんなひとりごとを言いそうになってしまうぐらい素敵な夜。
 かの藤原道長(ふじわらのみちなが)は、何もかも自分の思うがままにできる世を月にたとえて一句詠んだ。
「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」
 道長よ、申し訳ないが、自慰をしている今この時だけは世界は私のものだ。

 昔から、人生の節目における自慰を大切にしてきた自負がある。新年最初の自慰を誰でおこなうのかで一年の運勢が決まると考え、毎年元旦には頭を悩ませる。親元を離れて一人暮らしをはじめた時は、武士が立志の誓いを立てるかのごとく厳(おごそ)かに執りおこなったものだ。人生最大の失恋を乗り越え、新しい一歩を踏み出すこの部屋での最初の自慰。間違いなく私の人生において非常に大切な儀式となる。
 先日、懇意にしているお寺の住職に、座禅と瞑想(めいそう)の違いを学んだ。座禅は悟りを開くための行為であり、決められた姿勢でおこなう必要がある。半目と言ってうっすらと目を開けた状態でおこなうのが一般的だそうだ。かたや瞑想は、心を落ち着けたり、集中力を高めたりする個人的な目的でおこなわれることが多い。姿勢に関しては、寝転がっても座ってもどんな体勢でおこなってもよいらしい。世間で流行しているヨガもこれにあたる。目をしっかりとつぶっておこなうことが重要とのことだ。今までの方法はどちらかと言えば瞑想に近い形式だったので、この引っ越しを機に座禅式自慰に変更することにした。このやり方のほうが少しだけ高尚な行為のように思えるからだ。
 さっそく目を半目にして、ぼんやりした世界で自慰に耽(ふけ)ろうとした瞬間、あることを閃いた。今にもうなりを上げようとしていた己が右手を鞘(さや)に納め、今日のところはおとなしく床に就くことにする。新居での記念すべき最初の自慰は明日にお預けだ。焦ることなど何もない。

 翌朝、十月の空を見上げれば、秋風にたなびくうろこ雲が空一面に広がっている。その空の下に境内を掃除する坊主が一人。見た目は夏服とまったく同じだが、少し厚手の冬服に衣替えをした住職が笑顔で私を出迎えてくれた。
「おはようございます。引っ越しは無事に終わりましたかね」
「住職、おはようございます。前に住んでた場所から一駅しか動いてないから楽でした」
「それは何よりでございますねぇ」
「今日は住職に教えて頂きたいことがあるんです」
「この前の座禅と瞑想のことといい、最近はやけに勉強熱心ですねぇ。はてさて、今日は何を?」
「仏像には菩薩(ぼさつ)や如来などいろいろと種類がありますが、何が違うんでしょうか」
「ほう、今度は仏像に興味をお持ちですか?」
「ええ......まぁ」
「結構。お教えしましょう」と住職は満足そうに言葉を続ける。
「では如来から。如来はすでに悟りを開いた者ですね。俗にまみれておりませんので、余計な装飾品が付いていない質素な像が多いです。髪型が螺髪(らほつ)というパーマのようになっておるのも特徴ですね」
「簡単に言えばパンチパーマですね」
「......次に菩薩ですが、これはまだ悟りには至っていない者です。悟りに達するために修行している最中ですね。なので少し人間に近い姿をしていたり、首飾りのような装飾物を付けたりしています。如来よりは色気がある像が多いかもしれませんね」
「なるほど、そんな違いが......」
「悟りを開こうとしていれば菩薩と位置づけますので、あなたがその道を志せば、あなたもある意味で菩薩と言えますね」
 その理論で言えば、座禅式で自慰をしようとしているふとどき者も菩薩になるのだが、仏よ、それでいいのか。
「住職、勉強になりました。ありがとうございます」
「もっと深く学びたくなったらいつでも仰ってください」
 お寺からの帰り道、うろこ雲の隙間を縫うように空を飛ぶ鳥を見つめながら、住職に言えなかった決意を口にする。
「住職、私は菩薩でいきます」
 菩薩で抜くことから新しい生活をはじめよう。

 坊主は衣替えをしたが、オカマの衣替えはまだ先らしい。胸元が大きくはだけた茶色のドレスを身に纏い、トリケラさんは今夜も怪しく輝いている。
「はい、ファジーネーブルのおかわりね」
「ありがとう、トリケラさん」
「仏の世界もいろいろあるのね~」
「ね、座禅と瞑想に菩薩と如来、似ているようで全然違うのが面白い」
「でも分かるわ~、私達の世界もそういうのあるから」
「ゲイとニューハーフとオカマの違いとかだよね」
「そうそう、言葉の意味を調べもせずに使ってる人が多くて嫌になっちゃう」
「僕も最初の頃はよく分かってなかったなぁ」
「それでアタシが一回怒ったしね。あの時はヒールの踵で叩き殺してやろうかと思ったけど」
「あの時は怖かったなぁ」
「本当の殺意ってものを教えてあげたんだから感謝しなさい」
「はい」
「......ふん」
「変な言い方だけど......僕はトリケラさんがオカマでもなんでもいいんですよ」
「あん?」
「オカマと話したいからこの店に来てるんじゃない。トリケラさんという人間に会いたいから来てますから」
「どうしたの? 今日はえらい情熱的ね」
「ちょっと酔っぱらってるんですよ」
「ファジーネーブルは酔っぱらう酒じゃないわよ」
「......」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど......今のあんたじゃまだ無理ね~」
「ふん、本気で言ってないし」
「あら、生意気だこと」
「......」
「......」
 二人の間になんだか良いムードが漂い始める。ちょっと照れた感じでトリケラさんはスマートフォンをいじり出す。
「あんたのオカズ探してあげるわ。アタシの美的センスで最高にエロい菩薩を見つけてあげる」
「如来にもエロい如来がいるかもしれないですよ」
「いないって! あんなのスーパーで見かける変なパーマかけてるおばちゃんと一緒じゃない」
「そう言われたらそうだな......」
「それにひきかえ菩薩はいいわね~。派手なアクセサリー付けてるし、髪の毛も可愛いわ。如来がおばちゃんなら菩薩はギャルね。ギャル」
「この菩薩とか良かった時の浜崎あゆみに似てる気がする」
「あゆはいつだって全盛期なの! あゆに悪い時期なんてないの!」
「なんだそりゃ......」
「アタシ、無性にあゆが聴きたくなったわ」
 浜崎あゆみの『SEASONS』が鳴り響く店内、二人で可愛い菩薩を探す。最初のうちは和気あいあいとやっていたが、それぞれの推し菩薩をめぐって言い争いが勃発した。さっきまでの良いムードが嘘のようだ。でも、こうやって喧嘩している時が何より楽しい。
 くびれを重視する私は、平等院鳳凰堂(びょうどういんほうおうどう)にいらっしゃる満月菩薩(まんげつぼさつ)のなめらかなボディラインがお気に入りだった。だが、さすがトリケラさんは一枚上手で、チベット仏教の白多羅菩薩(しろたらぼさつ)というめちゃくちゃエロい菩薩を見つけてきた。胸とお尻はプリンと実り、お腹はキュッとへこんだセクシーダイナマイト。男を誘う娼婦(しょうふ)のような魅惑的な微笑み。満月菩薩にはない大人の色気に、私は全面降伏であった。白多羅菩薩の虜になった私を見て「やっぱり洋物よね」とトリケラさんは満足そうに笑った。
 さあ、早く家に帰って白多羅菩薩で自慰をしてぐっすり寝よう。明日は新しい部屋によく似合うカーテンを買いに行くつもりだ。帰りにお寺に寄って、チベットにエロい菩薩がいることを住職に教えてあげなければ。住職はどういう反応をするだろうか。

男じゃない 女じゃない 仏じゃない

Synopsisあらすじ

6年間同棲した彼女と別れ、仕事も辞めた著者。孤独な日々の中で出会ったのは、由緒あるお寺のお坊さんと、オカマバー勤務の筋骨隆々なオカマだった。歩む道は違えど信頼できる2人に、著者は人生相談を持ちかける……。仏の教えとオカマの人生経験。2人のアドバイスに振り回される著者は、本当に悩みを解決できるのか!? 『死にたい夜にかぎって』著者による元気をくれるエッセイ。

Profile著者紹介

つめ・きりお

1979年生まれ。2014年『夫のちんぽが入らない』のこだま氏とユニットを組み、同人誌即売会・文学フリマに参加。2018年、webサイト「日刊SPA!」で驚異的なPVを誇った連載をまとめたエッセイ『死にたい夜にかぎって』でデビュー。自身の恋愛と苦い人生経験をポジティブに綴った本作はネットを中心に話題沸騰。以来、書店イベントから夏フェスまで多種多様なイベントに出演し、注目を集める。

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