男じゃない 女じゃない 仏じゃない第17回

「不増不減(ふぞうふげん)で自慰(じい)をしよう」
 目標を明確に定めた私は、自室の真ん中に正座をして背筋をピンと正した。ゆっくりと息を吐いた後、鼻から空気を深く吸い込む。深呼吸を繰り返すうちに、心に一時(いっとき)の平穏が訪れる。深呼吸といえば、最初に息を吸い込むイメージが強いが、しっかりと息を吐いた後で空気を吸いこむのが正しい呼吸法なのだという。先日、住職から教えてもらった。「まず体の中を空っぽにしてから、新しい空気を自然界より頂く」という考えに基づいているとのことだ。また、「人間とは生まれるときに息を吐き、死ぬときは息を吸う」といわれていることからも、「吐いて吸う」という順番で息をすることは大切らしい。だが、生粋の天邪鬼(あまのじゃく)である私は、己のいまわのきわには、息を吐きまくってあの世に行くつもりだ。人生の最期まで住職の教えに歯向かって死ねるのなら本望である。
 呼吸を整えた私は、両目を閉じて合掌。静かに目を開け、読み仮名がふられている音読用の紙を手に取り、おぼつかない声で般若心経(はんにゃしんぎょう)を唱えはじめる。漫画本とDVDが溢れている汚い部屋の中に流れる下手糞なお経。これはこれで、なかなか趣深いものがある。
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経(ぶっせつまかはんにゃはらみたしんぎょう)......」
 子供の頃、葬式やら法事で何回か口にした記憶がある般若心経。住職にアドバイスされた通り、うまく唱えることは考えず、己の邪念を言葉に乗せて外に放り出す感覚で最後まで読み終えた。

「よし」
 右手に筆ペンを握りしめた私は、お手本が薄く印字されている写経用紙と向かい合う。般若心経の文字数は約三百字、落ち着いて一文字一文字丁寧に書いていく。思っていたよりも精神力が必要とされる作業に挫けそうになったが、目標である「不増不減」までは筆を進めなくてはいけない。そう、そこまで書けば自慰ができるのだから。
 思い返せば、高校、大学受験のときも同じだった。集中力が一時間と持続しない私は、独自の勉強法を開発した。その勉強法とは、参考書や問題集に付箋をつけ、そこまで勉強を進めたら、自分へのご褒美として自慰をするというものだ。付箋には「雛形あきこ」「酒井若菜」「夕樹舞子」というオカズに使わせて頂く女性の名前を書き、「あと2ページで雛形あきこ!」と声に出しながら日夜勉学に勤しんだのはいい思い出である。どうやら大人になった今も、私はあの頃から何も成長していないようだ。
 最初の目標であった「不増不減」まで筆を進めた私は、心おきなく森光子で自慰を済ませた。晴れ晴れとした気持ちで、再び写経用紙に向き直る。次のチェックポイントは「菩提薩埵(ぼだいさった)」くらいにしておこうか。そして次のオカズは吉行和子だ。「キィーキキ......キキキ......」と、モズの鳴き声が響き渡る秋の好日、私は一人きりの部屋で自慰と写経をひたすら繰り返していた。

 結局、午前中の三時間をかけて、般若心経三回分の写経を終わらせることができた。人生初の写経としてはまずまずといったところか。三回書き終えるまでに要した自慰の回数は八回。最後の方は放たれる精も枯れ、陰茎が痙攣しているだけだった。己の中に巣食う悪意が精子と共に消滅したことを祈るだけである。
 二〇一三年、東京。「物書きになる」という夢をもって上京して早十年余り。いまだに書き上げた作品はゼロ。ただ日々を生きることに必死で、インプットもアウトプットもできない自堕落な日々が続いていた。このままではダメだと住職に相談したところ、「なんでもいいので書く習慣をつけることが必要ですね」と、写経を勧められたわけである。いかにも坊主が考えそうなベタなことを提案してきたなと思ったが、いざやってみると、これがなかなかに楽しかった。久しぶりに何かを成し遂げた達成感で胸がいっぱいになった私は、百点満点の答案を親に見せたくてはしゃぐ子供のように、駆け足で住職のもとへと向かった。「よく頑張りましたね」と、喜ぶ住職の顔が早く見たい。

 私を待っていたのは、これでもかと眉間に皺を寄せた住職のしかめっ面だった。
「字の上手下手は関係ないのですが、字体にムラがあり過ぎますね。気持ちが乱れているといいますか」
「......」
「字の書き終わりに集中力が切れているのか、最後のはらいの部分が雑になっています」
「住職、銀色夏生という作家のいい言葉があるんですよ」
「はい」
「それは『冷たくするなら最初から 優しくするなら最後まで』という人付き合いに関する言葉です」
「よい言葉ですね。はい」
「それを踏まえた上でお願いします。私には優しくしてください。住職、出会った頃は優しかったのに、最近ちょっと冷たくないですか」
「あなたも最初はこんなに馴れ馴れしくなかったですよ」
「人にこんなに字を書かせといて酷評するとか悪魔ですか」
「......そこまで言うのなら褒めましょう。この文字とか、ああ、これも非常に素晴らしい出来栄えですね」
「ああ......」
「どうしましたか?」
「それは抜いた後に書いた文字ですね......」
「え? 抜いたとは? どういうことですか?」
「住職、怒らずに聞いてくださいね......」
 台風が過ぎ去った後のように気持ちよく晴れ渡った秋空の下、私の下品な説明は続いた。

「本来、写経とは雑念を取り払い無我の境地を目指すものなのですが......」
「私の場合は下衆(げす)な気持ちが写経を続ける原動力になっていますね」
「そこまで分かっているのなら、ちゃんと写経をされたらいいのに」
「住職、私は子供のような純粋な気持ちで自慰をしたいと思っているのに、それもよこしまな気持ちになるのでしょうか」
「いや、だから、無の境地を目指すのですよ。純粋な気持ちも、よこしまな気持ちもなにもない境地です」
「なるほど」
「仏教用語で三昧(さんまい)と呼ばれるものがあります。雑念がまったくない状態でひとつの物事に集中し、心の安定を得ることを指します。あなたもいつか三昧の境地に達してください」
「もしかして、釣り三昧とか、すしざんまいというような言葉に使われているものと同じですか?」
「そうですね。あれらの言葉も三昧の意味が入っています」
「でも、すしざんまいの社長は、無の境地に達した人の顔じゃないですね」
「......」
「あ、でも、パチンコを打っている時の住職は三昧の境地に入ってますよ。めちゃくちゃ集中してますもん。さすが厳しい修行を積んだ人は違いますね」
「いや、まぁ、はい、うん」
 軽い嫌味を言ってにやりと笑う私の頬を、さわやかな秋風が気持ちよく撫でていく。とりあえずはもう少しだけ写経を続けてみよう。精神の鍛練とか何よりも、自分の書いた物を誰かが添削してくれることが嬉しい。しかも、その人が住職なのだから、いっそう嬉しい。
「あなたのよこしまな気持ちが入ったものですから、一回おはらいでもしてからお寺に納めさせて頂きます」
 ひどい憎まれ口を叩きながらも、私の写経をちゃんと受け取ってくれる住職。「ありがとうございます」と私は合掌。住職もニッコリと微笑んで合掌を返してくれる。いつもの見慣れた光景だが、なんとも言えない幸せを感じる。今年の秋もいい秋になりそうだ。

 三枚写経したうちの一枚を住職にもらい、私はオカマバーのカウンターにそれを広げていた。もちろんトリケラさんに自慢をするためである。オカマに写経を自慢したところでなんにもならないが、私はそういう無意味な時間を大切にしていきたい。案の定「汚ねえ字だな!」と私の字を罵倒して、楽しそうに笑うトリケラさん。なんだかオカマが笑っている間は、この世の時間が止まっているような不思議な錯覚に陥ってしまう。いつまでもこのぬるま湯のような居心地のいい時間に浸っていたいと思うが、それが叶わない夢なのは痛いほど分かっている。少し空しい。今夜もそんなセンチメンタルな気持ちを、可もなく不可もない味がする梅酒ロックに溶かして一気に飲み干すことにしよう。
「坊主が写経を勧めたのなら、オカマも何か勧めようかね」
「ひとつよろしくお願い致します」
「そうね、じゃあ遺言書を書きなさい。遺言書」
「遺言書って、あの死ぬときに書くやつ?」
「それ以外に何があるんだよ。タコ」
「俺はまだ死にたくないし、誰かに分けるような財産もないよ。タコ」
「服とか本も立派な財産じゃない。あとは金になるものは全部金に換えて、どっかに寄付するなり、大切な人にあげてくださいとか書けばいいじゃないのよ。このボケナスが」
「そんなの書いてて楽しいのかな」
「楽しいわよ。自分が死んだ後の世界がどうなるかを考えることで想像力もつくじゃない。作家を目指してるなら必要な力でしょ」
「うん、確かにね」
「自分にとって大切な人が誰なのかも分かるしね。いざ死ぬってなった時に、心に浮かぶ人ってそんなにいないわよ」
「トリケラさんも書いてるの?」
「もちろん書いてるわよ。しかも毎年書き直してるの」
「うへ、そんなに死ぬことばかり考えてるの?」
「違うったら。ただのお遊び。去年の遺言書と今年の遺言書を読み比べるのが楽しいの。この一年で自分の中のなにが変わって、なにが変わらなかったのかがよく分かるわよ」
「面白そう。書いてみるよ」
「私はオカマになってから毎年書いてるからさ、家に遺言書が溢れるぐらいあるの。なんか捨てられないのよね。自分が生きてきた証みたいでさ。ちなみに最新版の遺言書には、お前の名前も書いてるよ」
「え! そうなのか。なんだか嬉しいな」
「バカ、何を嬉しがってるんだよ」
「へへへ」
「もっといい男にならないと、次の遺言書で名前消すからな」
「分かった、消えないように頑張るよ」
「お前も早く書きな。それで遺言書の見せ合いっこしようぜ」
「俺もトリケラさんの名前を書くからね」
「おうおう、書け書け、どんと書け」

 翌日、生まれて初めての遺言書を書いてみることにした。小説は書かないくせに写経に遺言書にと最近書き仕事が忙しい。不思議なもので、ちょっとした遊びのつもりのはずが、いざ書こうとすると全然筆が進まない。子供の頃から、自分は四十歳ぐらいで死ぬのがちょうどいいなと思っていたので、他人より「生」に執着はない人間だった。そう、そのはずなのに、どうやら私はまだ死にたくないらしい。やかましいオカマとギャンブル中毒の坊主に囲まれた今の生活を失いたくない。そのことを自覚した瞬間、嬉しくて泣いているのか悲しくて泣いるのかよく分からない涙が目に溢れてきた。
「まだ死にたくねえなぁ」
 何度も口にしてつぶやいてみる。
 また泣けてきた。

 ひとしきり泣いた後で大きく背伸びをひとつ。遺言書の件はひとまず置いておこう。とくにやることもないし写経でもしよう。たまには住職の言いつけを守って真面目にやってみるか。いや、待てよ。途中でシコるからダメなんだよな。じゃあ写経の前に沢山シコって、性欲をゼロにしておけばいいんじゃないか。住職も「まずは己の中にある邪念を空っぽにしろ」と言ってたしな。そうと決まれば話は簡単だ。私は自分の陰茎を力強く握りしめた。

 その日のお昼過ぎ、朝から何回も自慰をした疲れで横になっている私はぽつりとつぶやいた。
「ああ、死にてぇ、誰か殺してくれぇ」

男じゃない 女じゃない 仏じゃない

Synopsisあらすじ

6年間同棲した彼女と別れ、仕事も辞めた著者。孤独な日々の中で出会ったのは、由緒あるお寺のお坊さんと、オカマバー勤務の筋骨隆々なオカマだった。歩む道は違えど信頼できる2人に、著者は人生相談を持ちかける……。仏の教えとオカマの人生経験。2人のアドバイスに振り回される著者は、本当に悩みを解決できるのか!? 『死にたい夜にかぎって』著者による元気をくれるエッセイ。

Profile著者紹介

つめ・きりお

1979年生まれ。2014年『夫のちんぽが入らない』のこだま氏とユニットを組み、同人誌即売会・文学フリマに参加。2018年、webサイト「日刊SPA!」で驚異的なPVを誇った連載をまとめたエッセイ『死にたい夜にかぎって』でデビュー。自身の恋愛と苦い人生経験をポジティブに綴った本作はネットを中心に話題沸騰。以来、書店イベントから夏フェスまで多種多様なイベントに出演し、注目を集める。

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