モンスターシューター第23回
応接室か社長室があるのだろう。
ほどなくして、緑と黄色のチェック柄のジャケットに白縁の伊達眼鏡をかけた中年男性......松本が不機嫌そうな顔で現れた。
「なんだよ、忙しいのに。送り主は誰だよ?」
ぶっきら棒に言いながら、松本が送り状を覗き込んできた。
「少し、つき合ってもらえるか? 騒ぐとジャケットに赤色が加わるぜ。いいか?」
冴木は隠し持っていたナイフを、背後で働くスタッフには見えないように松本の左胸に突きつけた。
松本が蒼白な顔で頷いた。
「もう一つ大きめの荷物が届いてますので、確認していただけますか?」
冴木はスタッフに聞こえるように言いながら、後ろ手でドアを開けて松本を促した。
「か、金か? い、いくらほしいんだ?」
外に出るなり、松本が震える声で訊ねてきた。
「俺は強盗じゃねえ」
「じゃあ、あんたは誰......」
「ついてこい」
冴木は段ボール箱の陰で松本の脇腹にナイフの切っ先を当て、非常階段に促した。
「ど、どこに行くんだ......?」
「すぐわかるから、黙ってろ」
冴木は吐き捨て、ビルのエントランスを出た。
路肩に停めていたバンのセカンドシートに松本を押し込み、冴木も乗り込んだ。
このバンは、ターゲットを拉致監禁するときのために、不良債務者の車を差し押さえた闇金業者から流れてきたものなので、ナンバーなどから冴木を追うことはできない。
「さあ、始めようか」
冴木はスマートフォンの動画を回しながら言った。
「な、なにを始めるんだ?」
松本が恐怖に引き攣った顔を冴木に向けた。
「お前のボスに向けたメッセージ動画だ」
「ボス? ボスって、誰のことだ?」
「赤尾豊斎様に決まってんじゃねえか」
冴木が言うと、松本の瞳が泳ぎ始めた。
「赤尾のことを、知らねえと言わせねえぞ。浅木千穂のセックス動画で脅して、お前んとこの事務所に移籍させようとした張本人だからよ」
冴木は片側の口角を吊り上げた。
「ど、どうして、それを? あんた、誰なんだ?」
明らかに松本は動揺していた。
「『真相出版』の近江の暴露動画は観たか?」
冴木はニヤつきながら訊ねた。
「まさか......」
松本が息を呑んだ。
「そう、製作者は俺様だ」
冴木がウインクすると、松本が絶句した。
「これからお前にインタビューする。正直に答えれば、近江みたいにゃしねえことを約束する。だが、赤尾に忖度しやがったら、そのたびに顔面を殴ってセラミックの前歯全部折ってやるからな!」
冴木が怒声を浴びせると、松本の顔がいっそう蒼白になった。
「ちょ......ちょっと待ってくれ。近江さんみたいにベラベラ喋ったら、どんな目にあわされるか......」
「ベラベラ喋らねえと、俺にどんな目にあわされるかわからねえぞ。赤尾に関しちゃ、この撮影が終わってすぐにどこかに飛べば逃げ切れる可能性があるが、俺に関しちゃそうはいかねえ。お前は確実にひどい目にあう。いいか? 数百万の前歯を台無しにしたくなかったら、正直に答えろや!」
冴木の恫喝に、松本は弾かれたように頷いた。
「いい子だ。じゃあ、これを読めや」
冴木は用意してきたスケッチブックのカンペを掲げながら言った。
「こ、これを読むのか......」
松本の顔色がさらに蒼褪めた。
「先のことより、いま言う通りにしねえとどうなるかを考えろや。行くぞ。五、四、三、二......」
冴木は目顔でゴーサインを出した。
「わ、私は、ウェルカムプロという芸能プロダクションの代表の松本と言います。ウェルカムプロは『極東芸音協会』の系列です。先日、SNSで、極東芸音協会の赤尾豊斎会長の指示により、某国民的女優のセックス動画を盗撮した真相出版の近江代表が、移籍させようとしていたのが私の事務所です。つまり、赤尾会長は、近江代表と私を使い卑劣な手段で、某国民的女優を極東芸音協会系列の所属タレントにしようとしたのです。彼の極悪非道なやりかたについていけなくなった私は、危険を顧みずに真実を告発しようと決意しました。いままで赤尾のやりかたに苦しめられ、強制的に犯罪に手を染めさせられ、自責の念に苦しめられてきた芸能関係者のみなさん、いまこそ立ち上がりましょう。赤尾豊斎の悪事を、SNSで晒しましょう。みんなで一斉に立ち上がれば、怖くありません」
冴木は松本に合図を送り、撮影を止めた。
「よっしゃ、上出来だ。なかなかやるじゃねえか。最初だけで、あとは嚙まなかったしな」
「もう、終わりだ......」
松本が頭を抱え、震える声で呟いた。
「この世の終わりみてえな顔をしてんじゃねえよ。この動画をウェルカムプロのホームページにUPしたら、お前は自由だ。フィリピンでもタイでも、好きなとこに飛べ......」
手にしていたスマートフォンが震えた。
ディスプレイには、光の名前が表示されていた。
「なんだ? いま、取り込み中だ」
『もし......もし......冴木さん......』
受話口から、うわずり、切れ切れの光の声が流れてきた。
「てめえ、セックスの最中にかけてきてんじゃねえだろうな?」
冴木は軽口を飛ばした。
光からリアクションは返ってこずに、荒い呼吸だけが聞こえた。
「おい、どうした? なんかあったのか!?」
冴木の胸に、不吉な予感が広がった。
『男達に襲撃されて......杏樹が......』
光の声が途切れた。
「杏樹がどうした!? おいっ、杏樹がどうしたんだ!?」
冴木は送話口に向かって叫んだ。
『さらわれ......ました......』
「なっ......」
冴木は絶句した。
電話越しに、光の苦悶の声が聞こえてきた。
「光っ、お前、どこをやられた!?」
『僕は......たいしたことないです......それより......杏樹が......』
光が激しく咳き込んだ。
もしかしたら、吐血しているのかもしれない。
「待ってろ! すぐに戻る!」
冴木は言い残し、電話を切った。
「ほら......だから言わんこっちゃない。あの人に逆らえば皆殺し......」
冴木は松本の顔面を鷲掴みにした。
「人の心配してねえで、高飛びのチケットでも手配してろ!」
冴木はスライドドアを開け、松本を突き落とすとドライバーズシートに移動した。
頼むっ、頼むっ......もう、誰も連れて行かないでくれ......もし、一人でも連れて行ったら、たとえあんたでも俺が殺す!
冴木はイグニッションキーを回し、心で神に警告した。
Synopsisあらすじ
ポニーテールにした髪、ハーフに間違われる彫りの深い顔立ち、カラーコンタクトで彩られたグレーの瞳、筋肉の鎧に覆われた褐色の肌――一日数時間のトレーニングを日課にする冴木徹は、潰れたジムを居抜きで借り、トラブルシューティングの事務所を構えている。その名は「MST」。モンスターシューターの略だ。
Profile著者紹介
大阪生まれ。金融会社勤務、コンサルタント業を経て、1998年「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞し作家デビュー。以後エンターテインメント小説を縦横に執筆する。著書に『#刑事の娘は何してる?』『血』『少年は死になさい…美しく』『ホームズ四世』『無間地獄』『忘れ雪』『紙のピアノ』『枕女王』『動物警察24時』『虹の橋からきた犬』など多数。映像化された作品も多い。
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