もぐら新章 3第四回

第一章

 コロナウイルスの災禍に見舞われた二〇二〇年もあと二十日余りで終わろうとしている。
 安達竜星(あだちりゅうせい)は、自室で、翌年一月半ばに行なわれる大学入学共通テストに向け、自宅で勉強していた。
 高校はコロナの影響で、十二月に入ってすぐ、オンライン授業に切り替わっていた。そのまま冬休みに入る予定だ。
 まあ、受験生にとっては、もうこの時期は自分のウィークポイントをチェックして追い込むだけなので、登校しなくていいのはむしろありがたい。
 今年度の新入大学生は、結局、一度もキャンパスに行くことなく、一年を終えるそうだ。
 来年もどうなるかわからないが、竜星は自分の未来のために淡々と自己学習を進めていた。
 竜星の部屋には、安里真昌(あさとしんしょう)もいた。
 竜星のベッドに寝転がり、テキストを握りしめ、難しい顔で唸っている。
「うーん......。竜星、ちょっといいか?」
「何?」
 竜星が振り向く。
 真昌はむっくりと起きだして、竜星の脇に寄った。
「これ、なんて読むんだ?」
 真昌が指さす。
「これは暫定。ザンテイな」
「こっちは?」
「隔てる。へだが漢字で、てるが送り」
 竜星は面倒がらずに答えた。
「すらすらと答えられるとは。やっぱ、おまえ、すげーな」
「習ってるはずだぞ、おまえも」
「悪いが、そんな記憶はない!」
 恥ずかしげもなく、真顔で答える。
 竜星は苦笑した。
「どうやったら、覚えられるんだよ」
「漢字の読み書きは、書きまくって覚えるのが一番だな。覚えるのもそうだけど、手書きに慣れてないと、試験の時に汚い字になって、せっかく正解してるのに、バツをもらうこともあるからな。書き慣れる意味でも、書きまくった方がいいよ」
「あんまさいー」
 面倒くさいとつぶやき、ため息をつく。が、気合を入れ直すように強く息を吐いた。
「よっしゃ! いっちょ、やったるか!」
 自分に言い聞かせるように声を張ると、ベッド脇にあるサイドテーブルにノートとテキストを広げ、猛然と鉛筆を走らせ始めた。
 竜星は微笑み、自分の勉強に戻った。
 警察官になりたいという真昌の思いは本物だった。
 さっそく、その勢いのまま、沖縄県警の採用試験に挑むつもりだったが、決意した頃にはもう、申込期限を過ぎていた。
 意気消沈していた真昌の下に、楢山(ならやま)を通じて、益尾(ますお)からの提案が伝えられた。
 警視庁の警察官3類試験ならまだ間に合うから受けてみてはどうか、というものだった。
 いきなり警視庁と聞いて、当初は臆していたが、何よりも、自分に警察官という希望を与えてくれた益尾からの提案。ギリギリまで悩み、受けてみることにした。
 その日から、学校には行かず、公務員試験の問題集をリュック一つ分買い込んで安達家に入り浸り、唸りながら勉強を続けていた。
 真昌が、勉強が苦手なことは、はた目から見ても明らかだ。しかし、頭髪を掻きむしりながらもあきらめない真昌の姿勢は、竜星にも励みになっていた。

(続く)

もぐら新章 3

Synopsisあらすじ

最強のトラブルシューター「もぐら」こと影野竜司の死から十年余。生前の父を知らぬ息子・竜星は沖縄で高校生になっていた。
竜司のかつての戦友・楢山とともに、沖縄の暴力団組織「座間味組」や、沖縄の開発利権を狙う東京の「波島組」との戦闘を乗り越えた竜星だったが、親友の安達真昌とともに己の生きる道を模索していた。(もぐら新章『血脈』『波濤』)

そして今、沖縄随一の歓楽街に、不意の真空状態が生じていた。松山・前島エリアに根を張っていた座間味組は解散し、そのシマを手中に収めようとした波島組も壊滅状態。その空隙を狙うように、城間尚亮が、那覇の半グレたちの畏怖の対象だった渡久地巌の名を担ぎ出して、動き出したのであった……。

Profile著者紹介

1964年兵庫県生まれ。文芸誌編集などを経て、小説家へ転向。「もぐら」シリーズ(小社刊)が110万部を突破した。他の著書に「リンクス」シリーズ、「D1」シリーズ、「ACT」シリーズ、「警視庁公安0課 カミカゼ」シリーズ、『コンダクター』『リターン』『AIO民間刑務所』などがある。

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