影なき街角第14回

 
アープは、一度言葉を切ってから、なおも続けた。
「どちらにせよ、スティルウェルの一味ときたら、やることが中途半端なやつばかりだ。どだい明るいところで、正々堂々と撃ち合う根性を、持ち合わせていないのさ」
 そう言い捨てて、ブランデーを一口飲んだ。
 軽くげっぷをして、さらに言葉を継ぐ。
「ちなみにスペンサー氏は、ドク・ホリデイとわたしがトゥムストンで、例のクラントン一味と撃ち合ったとき、たまたまOKコラルのすぐ近くに、いたらしいよ。三十年前のことだが」
 それを聞くと、ボナーはもたれた椅子の中で、軽く体を揺すった。
「ほほう、それはまた奇遇だな。実はわたしも、その前後にトゥムストンにいたのだ」
 スペンサーは驚いて、ボナーに目を向けた。
「すると、わたしたち二人は偶然にも、その決闘の場に居合わせた、というわけですね」 ボナーが、肩をすくめる。
「そういうことに、なりますかな。もっともあんたは、そのころ若かっただろうし、わたしはもう四十半ばに近かった。出会っていても、分からなかっただろう」
 スペンサーは口をつぐみ、ボナーの顔を見つめた。
 ボナーも黙ったまま、じっと見返してくる。
 スペンサーは、先に首を振った。
「思い出せないな。あなただけじゃなくて、わたしはそのころ年長の男と遊んだ覚えが、ほとんどないのでね」
 ボナーが、小さく肩をすくめる。
「それはともかく、あんたがそのときトゥムストンにいた、ということに意味がある。なんといっても、決闘はざっと三十年も前の出来事だし、当時のあんたはまだケツの青い若造だったからな」
 にわかに、くだけた口調になったので、スペンサーは少したじろいだ。
 アープは口をつぐんだままで、別にボナーをとがめようとはしない。
 スペンサーは、わざとらしく苦笑してみせた。
「確かにまだ十代でしたが、もう洟は垂らしていませんでしたよ、ボナーさん。それに、当時わたしはすでにピンカートンで、探偵の見習いをしていましたしね」
 ボナーが瞬きして、ブランデーに軽く口をつけ、感心したように言う。
「ほう。十代のときから早ばやと、ピンカートンで仕事をしていた、とね。根っからの探偵、というわけですな」
 いくらか、皮肉めいた口調だった。
「当時は、ピンカートンのトゥサン支局で、下働きをしていたんです。たまたま、仕事でトゥムストンへ出向いたとき、あの銃撃戦に遭遇したわけです。もちろん、撃ち合いの場に居合わせたのは、OKコラルが最初でもなければ、最後というわけでもありません。しかし、あれ以上のすさまじい銃撃戦は、あとにも先にも経験したことがない。実際には、たった三十秒ほどの撃ち合いだったそうですが、わたしの記憶の中では最低でも三分、へたをすると五分くらいにも、感じられた。とにかく、すさまじい撃ち合いでした。ボードウォーク(板張り歩道)にうずくまって、頭を抱えていたのを覚えていますよ。今思い出しても、身震いが出るくらいだ」
 スペンサーが長広舌をふるうと、アープはたいしたことではないというように、軽く肩をすくめて口を開いた。
「あとで確かめたんだが、その三十秒のあいだに発射された弾は、全部で三十発だったらしい。つまり、一秒に一発という勘定になるな」
 スペンサーは、ごくりと生唾をのんだ。
「わたしも、そのように聞いています。撃ち合いの結果、アープさんの側は二人のご兄弟と、ドク・ホリデイが軽傷を負っただけで、アープさんご自身は無傷でしたね、確か。一方のクラントン側は、当のアイク・クラントンが、いち早く逃げ出して、命拾いをした。しかし、アイクの弟のビリー・クラントンと、一緒にいたフランクとトムのマクローリー兄弟が、死んだと記憶しています」
 アープが、感心したように小さく、首を振る。
「そのとおりだよ、クリス。よく覚えていたな」
「忘れられるわけが、ありませんよ。あの時代の西部では、喧嘩口論は日常茶飯事でしたが、OKコラルの決闘ほどすさまじい撃ち合いは、ほかに思い当たりません」
 スペンサーが言い切ると、アープの目に一瞬かすかながら、満足げな色がよぎった。
 ボナーが、口を開く。
「あんたの言うとおりだ、クリス。わたしも若いころ、何人ものお尋ね者と銃撃戦を経験したが、あれほど息もつかせぬ撃ち合いは、一度もなかった。あの決闘は今でも、それから今後も、長く語り継がれる銃撃戦だった」
 スペンサーは思わず、ボナーの顔を見直した。
 すると、まるで機先を制するように、隣にすわったハメットが突然、ボナーに言った。「あなたの口ぶりから察すると、ボナーさんはよほど近くから、決闘を目撃されたように、聞こえますが」
 ボナーが、一瞬虚をつかれた体(てい)で、ハメットの顔を見返す。
 腰を浮かせてすわり直し、あらためて口を開いた。
「いかにも、きみの言うとおりさ。わたしは銃撃戦が始まったとき、フレモント通りの現場の向かいにある、サンディ・ボブという男の家にいた。その男から、追跡中のあるお尋ね者の情報を、聞き出そうとしていたのだ。それが終わらないうちに、外の通りですごい撃ち合いが、始まったわけさ。銃撃戦が続いているあいだ、わたしは流れ弾が当たらないように、床に伏せていた。さいわい弾は一発も、飛び込んでこなかった。ただ、終わったときには、サンディ・ボブの姿はどこにもなかった。ボブはそれきりもどらずに、トゥムストンから姿を消してしまった、とあとで聞かされたよ」
 そう言い捨てて、くすくすと笑った。
 スペンサーが、ゆっくりと息を吐く。

影なき街角

Synopsisあらすじ

1911年、サンフランシスコ。ピンカートン探偵社支局長のクリストファ・スペンサーは捜査の途中、路地で不良少年たちに襲撃を受ける。窮地を救ったのは白い麻のスーツを着た長身の男。彼は名前を、ハメットと名乗った――。逢坂剛が敬愛する作家・ダシール・ハメットを題材に描く、新たな探偵小説、開幕!

Profile著者紹介

1943年東京生まれ。80年『暗殺者グラナダに死す』でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。86年に刊行した『カディスの赤い星』で直木賞、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2013年に日本ミステリー文学大賞、15年には『平蔵狩り』で吉川英治文学賞を受賞。「百舌」シリーズや「長谷川平蔵」シリーズなど著作多数。

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