影なき街角第17回
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ディック・プルマンは、とまどったように眉根を寄せ、喉(のど)を動かした。
軽く肩を揺すり、低い声で応じる。
「おれは仕事をするとき、殺す相手が武装してるかどうかなど、気にしないたちでね。機先を制しさえすれば、相手が何人いようと、しくじることはない。このオートマチック(自動拳銃)の弾数(たまかず)は、あんたたちの数よりも多い。全弾急所に当たらなくても、あとでとどめを刺すだけの余裕は、十分にあるのさ」
その口調には、強がりやはったりとは思えぬ、自信がこもっていた。
クリント・ボナーは、軽く肩をすくめた。
「いいか、プルマン。あまり、弾数や射撃の腕に自信を持ちすぎると、足元をすくわれるぞ。あんたが、どこのだれに雇われたかは、おおよそ見当がついている。たった今あんたが、われわれの側に寝返る気があるなら、その雇い主が約束した金の二倍を、払おうじゃないか。それも、今すぐにな。よく、考えてみろ」
プルマンが、ぴくりと眉を動かして、口元に薄笑いを浮かべる。
「最後の最後に、そういう提案を持ちかけられるのは、これが初めてじゃない。しかし、その手の話に乗ったことは、一度もないんだ。それが今日まで、この仕事を続けてこられた、最大の要因といってもいい」
ボナーが、また肩をすくめる。
「まあ、これまでは、そうだっただろうな。しかし今夜が、その打ち止めになるぞ。この街での、アープさんの存在と影響力は、あんたが考える以上に大きい。もし、アープさんに万一のことがあったら、あんたもこの店から生きたままでは、出られなくなる。かりに出られたにせよ、フリスコからは出られないよ。一歩譲っても、カリフォルニアからは出られないだろう。運よく出られたとしても、西海岸から東海岸へは逃げ出せないよ」
それを聞くと、プルマンの瞳が一瞬たじろいだように、かすかに揺れた。
「おしゃべりは、そこまでにしておけ」
そう言い捨てるなり、プルマンはハヤトの背後に回りこみ、上着の後ろ襟(えり)をぐいと、つかんだ。
ハヤトの背に、自動拳銃の銃口を無造作に食い込ませ、ボナーたちをにらみ返して、あとを続ける。
「あんたたちが、何も武器を持っていないとすれば、それは日ごろの用心が足りないからだ。おれだったら、たとえ無邪気なパーティに出るときでも、ディリンジャー(超小型拳銃)くらいは、ふところに入れておく。まあ、あんたたちだってどこかに、何か隠し持っているかもしれんから、油断はできないがね。おれがすぐに撃たないのは、あわてて的をはずさないように、用心しているからさ。妙な動きをしたら、躊躇(ちゅうちょ)なくこいつの背中に、弾をぶち込む。覚悟しておけ」
プルマンの口調に、はったりめいた色合いはない。こうと決めたら、瞬時も撃つのをためらうことはあるまい。
プルマンがハヤトに対して、すぐに引き金を引かないことには、理由があるだろう。撃ったあと、ほかの四人を立て続けに倒すことは、至難の業(わざ)だからだ。
そもそも、銃を突きつけているハヤトを最初に撃てば、肝腎の盾を失うことになる。四人のうちだれかが銃を持っていれば、撃ったとたんたちまち自分が反撃を受けるのは、火を見るよりも明らかなのだ。
ボナーは、考えを巡らした。
真っ先にハヤトを撃つとして、プルマンは瞬時に残る四人を立て続けに、しかも確実に、あの世へ送らなければならない。たとえ、握った拳銃が自動式の連発銃であっても、それはとうてい不可能な仕事だろう。
しかもプルマンとしては、まず向き合った相手四人を撃つ順序を、間違えないようにしなければなるまい。
その場合、明らかに拳銃を持っていないハヤトの順が、最後に回されることになるだろう。
しかしハヤトが、そのあいだ何もせずにじっとしている、とは考えられない。プルマンが、先にボナーら四人を撃とうとすれば、そのわずかな隙に確実に、ハヤトの反撃を受けることになる。しかもその反撃は、プルマンが今まで経験した覚えのない、意表をつくものになることは確かだ。
逆にそれを用心して、最初にハヤトの背に銃弾を撃ち込めば、プルマンはこちらの四人のうち、いずれかの拳銃でただちに撃ち殺されるかもしれない。
プルマン自身も、そのことは百も承知のはずだし、同じく厳しい選択を迫られていることは、明らかだった。だとすれば、むしろ進退きわまっているのは、プルマンの方といってよかろう。
プロの殺し屋を自称するこの男も、どれほど射撃の腕前にたけているにせよ、状況判断の面ではいささか、甘かったようだ。
Synopsisあらすじ
1911年、サンフランシスコ。ピンカートン探偵社支局長のクリストファ・スペンサーは捜査の途中、路地で不良少年たちに襲撃を受ける。窮地を救ったのは白い麻のスーツを着た長身の男。彼は名前を、ハメットと名乗った――。逢坂剛が敬愛する作家・ダシール・ハメットを題材に描く、新たな探偵小説、開幕!
Profile著者紹介
1943年東京生まれ。80年『暗殺者グラナダに死す』でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。86年に刊行した『カディスの赤い星』で直木賞、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2013年に日本ミステリー文学大賞、15年には『平蔵狩り』で吉川英治文学賞を受賞。「百舌」シリーズや「長谷川平蔵」シリーズなど著作多数。
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- 第18回2024.12.27