影なき街角第7回

6

 クリス・スペンサーは、横目でダッシュ・ハメットの様子をうかがった。
 ハメットは、すわっても長身の目立つ高い肩を、窮屈そうにすくめた。
「すみません、生意気なことを言って」
 カウンターの向かいで、ワイアット・アープが人差し指を立て、軽く振ってみせる。
「謝ることはないよ、若いの。この町では、ギャングとでも関わらないかぎり、銃の撃ち合いに出くわすことなど、めったにない。しかし絶対にない、というわけではない。用心のために、銃を持ち歩くのも悪くはないだろう。悪用しないかぎりはな」
 ハメットが、興味をひかれたように乗り出す。
「すると、あなたも出歩くときは、拳銃を持ってらっしゃるんですか」
 あまりに、大胆でストレートな質問に、スペンサーはダッシュの肘(ひじ)をつついた。
「おい、いいかげんにしておけ。失礼だぞ」
 アープが、手を上げてそれをたしなめ、ハメットを見る。
「気にせんでいいよ、若いの。あんたの名前を、聞かせてくれんか」
「わたしはダシール・ハメット、といいます。ダッシュ、と呼んでください」
 スペンサーは、急いで口を挟んだ。
「ダッシュは近ぢか、わがピンカートン探偵社に、入社する予定でしてね。わたしは、ピンカートンのサンフランシスコ支局長の、クリス・スペンサーといいます」
 アープが、ぴくりと眉を動かして、二人を交互に見比べる。
「ほほう、ピンカートン探偵社か。そう言えば、三十年前のトゥムストンにも、小さなオフィスがあったな。トゥサンの支局から、ときどき局員が交替で来ていたのを、覚えとるよ」
「そのトゥサン支局で、当時わたしは見習い探偵をしていました。それで、ときどきトゥムストンへ、出向いたわけです。警護のために、ウェルズ・ファーゴの駅馬車に乗ってね。さいわい、強盗に襲われたことはありませんが」
 スペンサーが言うと、アープは目に興味の色を浮かべた。
「それは確かに、さいわいだったな。あの路線は、よく襲われたからな」
 スペンサーは、両手を広げてみせた。
「そんなこんなで、トゥムストンに行ったときに、あなたがたアープ兄弟とクラントン一味の銃撃戦に遭遇したわけです」
 アープは酒に口をつけ、一息ついておもむろに続ける。
「あんたはさっき、こう言ったな。わたしたちアープ兄弟が、クラントン一味と銃撃戦を演じたのは、ただ法を執行したにすぎない、と」
「ええ。少なくともわたしは、そのように解釈しています」
 アープは、じっとスペンサーを見つめた。
「中には、あれを保安官としての公務の執行ではなく、われわれアープ兄弟とクラントン一味のあいだの、パーソナル・ストライフ(私闘)だ、と言う者もあった。その意見を、きみはどう思うね」
 スペンサーは、少し考えるふりをした。
「見る者によって、受け取り方が異なることは、ままあるでしょう。両者のあいだに、根強い確執があったことは確かですが、クラントン一味は明らかに牛泥棒や、駅馬車強盗に手を染める、犯罪者でした。あなたがた兄弟が、保安官として犯罪に手を染めた者を逮捕するのは、正当な法の執行だと思います。相手側の抵抗にあって、射殺する結果になったことも含めて、ですが」
 アープが口を開く前に、ハメットが割り込んでくる。
「まあ、そこになにがしかの、個人的感情が加わったとしても、法の執行を不当とすることは、できないでしょうね」
 いくらか、皮肉めいたニュアンスがあった。
 アープが、開きかけた口を閉じて、ぐいを引き結ぶ。
 スペンサーは、急いで割り込んだ。
「個人的感情うんぬんは、言い過ぎだぞ、ダッシュ。アープさんは、クラントン一味の違法行為を目の当たりにして、職務を忠実に執行しようとしただけだ。戦端を開いたのは、アイクの弟のビリー・クラントンだぞ」
「あの混乱の中で、だれが最初に発砲したかを特定するのは、まず不可能ですよ。と言うより、無意味じゃありませんかね」
 ハメットの反論に、スペンサーが何か言い返そうとする。
 アープは、手を上げてそれを押しとどめ、あらためて口を開いた。
「あんたの言うとおりだよ、ダッシュ。クラントン一味は、ことあるごとにアープ兄弟に楯突き、挑発を繰り返してきた。逆に、われわれが法の執行官でなかったら、もっと早く衝突が起きていただろう。まあ、その場合も結果は同じだった、と思うがね」
「しかしその場合は、逮捕後の裁判でアープさんたち兄弟もドク・ホリデイも、無罪放免にはならなかったんじゃありませんか」
 ハメットが、歯に衣(きぬ)を着せず言いきったので、さすがのスペンサーも腹に据えかねた。「ダッシュ、もうやめておけ。現場にいもしなかったくせに、臆測でものを言うのは失礼だぞ」
 またアープが、割り込んでくる。
「かまわんよ、クリス。当時にしても、あれは私闘だったと声高に主張する者が、何人もいたんだからね」

影なき街角

Synopsisあらすじ

1911年、サンフランシスコ。ピンカートン探偵社支局長のクリストファ・スペンサーは捜査の途中、路地で不良少年たちに襲撃を受ける。窮地を救ったのは白い麻のスーツを着た長身の男。彼は名前を、ハメットと名乗った――。逢坂剛が敬愛する作家・ダシール・ハメットを題材に描く、新たな探偵小説、開幕!

Profile著者紹介

1943年東京生まれ。80年『暗殺者グラナダに死す』でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。86年に刊行した『カディスの赤い星』で直木賞、日本推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞。2013年に日本ミステリー文学大賞、15年には『平蔵狩り』で吉川英治文学賞を受賞。「百舌」シリーズや「長谷川平蔵」シリーズなど著作多数。

Newest issue最新話

Backnumberバックナンバー